とある令嬢の物語
長くなった。とある令嬢の物語のあらすじを細かく説明しただけの話になってしまったなぁ。
いつからだろう、父にいない者のように扱われ、母には叱責ばかりを受け、妹には嘲笑されるようになったのは。
「こんなことも出来ないの、情けない。」
答案用紙の紙束で頭を叩かれた。これもいつものこと。
「申し訳ありません、次回こそ精進いたします。」
自分の年齢では到底答えることの出来ないような問題を母は家庭教師に出させる。
家庭教師はわざとであることを知っていて答えられない私を鞭で叩く。
叩かれるのは痛い。
いつからか、この状況を受け入れた。これほどの知識を私に身に付けさせて一体どうするつもりなのか、聞いてみたいものだが、余計な一言は墓穴を掘るだけだから、何も言わない。
この世界の、特に貴族は魔法が使える。普通なら、鞭で打たれても効果に差はあれど魔法による治癒で傷を癒すことが出来る。だけど、私は魔法が使えない。父母の、特に母の方針で七歳の時に魔封じの腕輪を嵌められたから。
だから、背中や手の甲に受けた鞭の傷を治すことは出来ない。自然治癒する間に新たな傷を付けられるから、キリがない。
「お姉様、素敵でしょ?」
目の前でキラキラの笑顔で新しいドレスを身に纏った妹が言う。
白のドレスはフリルとレースがふんだんに使われている彼女のデビュタント用のドレスだ。心の隅でいいなと呟く私がいる。私はマナーがなっていないと言う理由でデビュタントは辞退させられた。
本の中でしか知らないデビュタントに少し憧れていた私は思わず不満を漏らした。
その発言を拾った母に屋敷の地下牢へと入れられ2日飲まず食わずで過ごした。
私を助けてくれた家令は、長年我が家に仕える忠臣で2日間は幾ら何でもやり過ぎだと忠言してくれていたらしい。
しかし、その彼も年齢を理由に引退し、領地にある別荘の管理人に左遷された。
それ以来、屋敷の使用人達は私に関わってこない。父母に何をされるのか分からないからだろう。
いつか、この家を出る。それだけを心に秘めてひたすら勉強をした。私が12歳の時、一時父が屋敷に帰ってこなくなったことがあった。愛人が出来たらしい。母の怒りはそのまま私へと向かい、妹も私を殊更バカにした。
その頃には、(たぶん、私は父の愛人の子なんだろうな。)と思うことで耐えるようになっていた。
ある日のことだ。
珍しく外出を許された日があった。家庭教師に出される問題が難し過ぎてさすがに屋敷の書庫では資料がなかった。
家庭教師と母に拝み倒して、書物で得た土下座と言うものまでして、王立の図書館へ行かせてくれと頼んだ。
「お前は、本当に強欲だわね。」
母は、その日、父が五日ぶりに帰宅したことで機嫌がよく私の最初で最後だろうお願いは叶えられた。
領地の治水事業に関する提案書を完成させるため他国の事情も知りたくなったのだ。
許されている時間は3時間。私は5冊ほど分厚い本を腕に抱え机に置いた。
母から命じられて私を見張っている侍女は手伝うつもりはないらしく、少し離れた所にある喫茶コーナーから此方を見ていた。
「よしっ!」
あくまでも小声で気合いを入れる。書き写すのに邪魔な袖を肘近くまで上げた。
それから一時間程経った時、視線を感じ顔を上げると紫水晶のような瞳と淡い金髪の美しい青年が此方を見ていた。
外出の条件として他人と話をしてはいけないと命じられていた私は彼を気にせず再び資料へと視線を落とした。
「ねぇ、君は何で魔封じの腕輪をしているの?」
ドキッとして再び顔を上げた。
「それは、罪人に付けるモノだよ、」
えっ?と思った。出来の悪い子供の躾として付けられるものではないの?
「付けられて五年以上は経ってるね、効果が切れかけてる。あまり日の光に当たってないからか、よくもったほうだね。」
腕輪をマジマジと見つめた。所々錆びている。七年前から四六時中付けているのだ。刻まれている呪文も薄れてきているようだ。
腕輪を目の前で見つめている私に青年は更に言う。
「その腕の痣は生まれつき?」
袖を捲っていたから前腕の中程にある流れ星のような痣。
醜いと晒してはいけないと命じられていた痣だった。
思わず掌で隠す。
「母上、」
青年が声をかける方向を振り向くと美しい夫人が立っていた。青年と同じ紫水晶のような瞳。淡い金髪。見ればわかる親子だろう。
いいなと思った。
私は、父母のどちらとも似ていない濃い金髪に黒に近い青とも紫ともつかぬ色の瞳をしている。母も妹もピンクブロンドに青い瞳だから、本当に私は、父の愛人か拾われてきたのだろうと思ったのだ。
「あなた、御名前は?」
優しい声だと思った。
しかし、その声に被さるように見張りの侍女がやって来た。
「お嬢様、お時間です。屋敷に帰りますよ。」
まだ後二時間はあったはずだ。
「さ、早く、本を戻してきな、お茶にも飽きたよ、」
目の前の夫人と青年が見えていないような侍女。そうか、あの喫茶コーナーからは死角になる。
でも、相手は恐らく上位貴族。大丈夫かしら、割り込むようなことして……。
やっと夫人と青年の姿が見えたのだろう、侍女はギョッとした顔を見せた。
「あなたは、このご令嬢の侍女かしら?」
夫人の言葉。さっきまでの優しさはない。
侍女は、ギョッとして慌てて頭を下げた。
「は、はい!」
彼女はたぶん、焦っている。
「じゃあ、あなたが本を片付けてらっしゃい。」
「えっ?」
侍女を追い払うような仕草を見せる夫人。青年が次々に分厚い本を侍女に持たせていく。
「では、もう一度。あなたの名前は?」
どうしよう……そうか、書けばいいんじゃない?
私は、持っていた紙切れ(ノートは勿体ないと安物の紙の束を持たされていた。)に名前を書く。
「……そう、ワイルダー侯爵家の、どう?外せそう?」
何を?と思っていたら青年が私の腕輪に触れていた。
「抵抗もさほどないので。」
パリンっと高い音を立てて腕輪が机の上に落ちた。
その瞬間、体の内側から何かが湧き水のように私の中を満たしていく。
「あぁ、何てことなの!」
思わず立ち上がった私を夫人は抱き締めてきた。夫人から流れてくる魔力なのか、とても優しい波動のようなものが伝わってきた。
どうして、泣いているの?
青年も一瞬、夫人ごと私を抱き締めたが、声を張り上げた。
「そこの侍女を捕らえよ!ランカスター公爵令嬢誘拐犯だ!」
視界の端で、恐らく夫人の護衛騎士が侍女を後手に捕まえていた。
ランカスター公爵家?あの王弟閣下の?
侍女の喚く声が聞こえる。
溢れてくる魔力の波に耐えられず私は、意識を失った。
目覚めると見知らぬ天井があった。
「お目覚めですか?」
見たことのない顔の女性がにこりと笑う。
「直ぐに、御主人様とお医者様にに知らせて参ります。」
見知らぬ人、場所なのに怖くないなと感じた。
私に微笑みかけてくれた女性が後ろにいたメイド服の少女に声をかけ部屋を出ていくとマチルダと名乗った女性が体を起こすのを助けてくれて背中に柔らかいピローやクッションを敷き詰めてくれた。
「お水を飲みますか?」
そう言えば喉が張り付いて上手く声が出しにくい。コクりと頷くと水の入ったコップを差し出された。
「あ、ありがと……。」
まだぎこちない言葉にマチルダさんは再びの笑みを浮かべてくれた。
暫くして部屋に現れたのは図書館で声を掛けてくれた夫人と青年、そして、たぶん夫人の夫……と言うことは公爵閣下!そして、これまた閣下に似た青年と少年。
マチルダさんを始めとした使用人の方々が部屋を整えていく。
先に部屋に通されていた夫人はお医者様から私の状態を聞き暫く静養していれば問題ないと言われた後、閣下を始めとした皆さんが入ってきた。
「まずは、無事で何より。」
閣下の言葉。閣下の瞳は潤んでいて言葉も僅かに震えている。夫人はそんな閣下に身を寄せて泣いている。
「あーと、この二人はちょっと感極まっているから、俺が説明しよう。」
図書館で会った青年。
「まず、俺の名前はグリフィス・ランカスター、ランカスター公爵家の次男。そっちが父のダグラスと母のアルディージャ。長男のネスティアス、末っ子のセイデン。そして、君は……2歳の時、園遊会会場から姿を消したランカスター公爵家の令嬢、ディアラリエ・ランカスター、俺の妹だ。」
次々と出た言葉にあんぐりと口が開いたままになっていた。
「証拠は、その腕にある流れ星の痣と、魔力の質、そして、ランカスター公爵家の色を纏った姿だ。」
色と言われて初めて自分の髪に触れる。
「えっ?」
魔力を封じられてから、無駄に長くなっていた髪は淡い金髪に変化していた。
「君は知っているだろうか。赤子の魔力はある程度の年齢にならなければ特徴が出にくいことを。」
ネスティアスと呼ばれた青年が告げる言葉に頷く。
「魔力は、その人なりを、自分が誰であるのかを示すもの。けれど、それは7、8歳にならなければ固定されない。君がランカスター公爵家の人間であることの証拠を奴等は、封じていたんだ。俺が壊した腕輪でね。」
本に書いてあった言葉を思い出し、既に外された腕輪が嵌められていた腕に視線を移した。長年、共にいた腕輪…。
「……あの腕輪は躾のためではなく、私の魔力を隠すため?私には大した魔力はないから、封じられた方が生きやすいと言われたんです……。」
魔力は人によっては毒である。上手く馴染まなければ人の体を内側から破壊する。平民の中で希に魔力を持って生まれる者がいるが、平民は魔力コントロールを学ばないために崩壊しやすい。
数年前に魔力持ちの平民を保護する法律が出来たがそれまでは魔力を封じることが一般的だった。魔力、魔法は貴族のものだと言う驕りから貴族階級の一部の人間は魔力を持つ平民に腕輪を付けさせ、魔力を封じ、腕輪に貯めた魔力を自身に変換し使っていたと言う黒歴史がある。その黒歴史を終わらせたのが今の国王陛下と王妃陛下、そして、ランカスター公爵だと本で読んだ。
「本当は、本で学んで、あれが魔力封じの腕輪だと知っていたけれど、何処かで、魔力の少ない私への愛情なのだと思っていました。」
母親だと言う夫人が抱き締めてきた。
暖かいなと思った。
「あなたがもうすぐ2歳と言う時、王城で園遊会が開かれたの。ランカスター家にとって初めての女の子として、お義兄様とお姉様に御披露目する機会だったの。あの時、あなたのおしめを交換するためにあなたと侍女のミランダ、護衛騎士が控え室へと向かったの。その部屋には、同じような年頃の赤ちゃんと数人の乳母が居てとても和やかな雰囲気だったそうだけど、突然、転移の魔法陣が展開して赤ちゃん達だけが消えてしまったの。」
涙を流す夫人。
「王城に魔法陣を仕掛けるなんて今までは考えられないことだった。けれど、総勢4人の赤子が姿を消したのは事実。魔法陣の威力に巻き込まれてミランダは重症を負った。」
反対側からベッドに腰掛けたのは父親だと言う公爵。
「魔法陣は、異国のもので、前もって部屋に仕掛けられていた。高位貴族の赤子が狙われたと言うことで、国王陛下は、秘匿魔法でもある時見の魔法を使い、金を詰まれた王城の侍女が手引きしたと導き出した。」
侍女は、誰からの依頼か知らなかった。ただ、魔力の保有量が多いであろう赤子は高く売れる。組織的な犯罪として大々的な捜査が行われ隣国の関与も疑われたが同じ頃隣国でも貴族の子供が集団拉致される事件が起こっていたこともあり、隣国の国王は、我が国と協力して、犯罪組織の撲滅に成功した。しかし、私だけが行方不明のままだった。
「アルディージャが君は必ず生きている、そう言ってね。ずっと探していたんだ。」
「グリフィスは、あなたの双子の兄でね、ここ1、2年前から君の存在を認知するようになったんだ。」
「たぶん、あの腕輪の効力が薄れてきていたからかな。攫われた妹の存在を感じられたのは、母上の存在が大きいよ。けれど、確かにディアラリエのことは存在していると分かるのに正確な位置が掴めなかった。あの日初めてディアラリエ、君の居場所が分かった。騎士の訓練なんかほっぽり出して屋敷に戻って母上に報告したんだ。」
居場所が王立図書館だと分かったが、王立の場所に転移するのは憚られたため、馬車はかなりのスピードを出していたらしい。事故らなくてよかったよ。と兄が笑う。
「図書館の一角で、夢中で書き取りをしている君を見つけた。母上は、もう興奮してへまをしそうだったから、マチルダに言って、飛び出して来ないよう押さえるのが大変だったよ。」
まぁ失礼なと、母が可愛らしく頬を膨らます。
「腕の痣、漏れ出てくる魔力。本物のディアラリエだと確信した。効果の切れかかってる腕輪などただの飾りだ。」
私の腕に長年あったそれは、もうない。
後に聞いた話。
ワイルダー侯爵夫人ドロテアは、育児ノイローゼだった。彼女が勝手にライバル視していたアルディージャが子育てにかなり積極的に参加していると知り負けたくなかった。しかし、育児は夫人が思っている以上に大変で、ある日、彼女は娘を屋敷の部屋から投げ捨て殺してしまった。夫人も側付きの侍女も回復魔法は使えたが、当時の現場には夫人しか居らず、お茶を運んできた侍女はブツブツと何かを呟き動かないドロテアを落ち着かせることを重視し、赤子が部屋に居ないことに気付いた時には時既に遅く、ドロテアが正気に戻って最初に感じたのは、ワイルダー侯爵家にとって初めての子供を殺してしまったとなれば、侯爵からどんな目に合わされるかと言うことだった。赤子の亡骸を抱え実家に帰ったドロテアは、父親に相談をした。幸運かワイルダー侯爵は領地視察に出掛けて不在。そんな折、王城で園遊会が開かれることを知り、あらゆるツテを使い魔力のある貴族の子供を闇取引している組織に辿り着いた。
夫人は組織に言った。
「ランカスター公爵家の娘が欲しい。」
同じ時代、同じ年代で当時の王太子の婚約者候補同士だったアルディージャとドロテア。アルディージャは伯爵令嬢でドロテアは侯爵令嬢だった。表面上は仲良くしていたがプライドの高いドロテアは共に候補から外れた時、アルディージャよりも高位の貴族に嫁ぐことを目標にしていた。成人になって早々にランカスター公爵家となった元第二王子のダグラスは夫人の第一候補だったが、彼は全く靡かなかった。ならばと、資産家でもあった現在のワイルダー侯爵に嫁いだ。しかし、ワイルダー侯爵との婚約発表数日後にランカスター公爵家ダグラスとアルディージャの婚約及び、貴族としては醜聞であるはずの超最短距離での結婚式の日取りまで発表された。
ランカスター公爵だけでなく、兄である王太子までもが、ダグラスのアルディージャへの愛情の深さを周囲に話し、彼自身もアルディージャへの愛情を惜しみ無く表していた。鉄面皮とさえ言われていたダグラスの愛情表現に人々は表立っては何も言えないでいた。
アルディージャが第一子を生んだ。時期を考えると候補者から外れた頃だ。ドロテアは後にアルディージャを妻にしたいダグラスが余計な縁談が来ないよう王太子妃候補に彼女を一旦置いていた事実を知る。この事柄は、夫人の心に傷を与えた。婚姻前に孕むことはかなりの醜聞であったが、生まれたのが嫡男たる男子で1年後に生まれた王女との婚約が成されると誰もが祝辞をのべた。アルディージャに遅れること1年後ワイルダー侯爵夫人となったドロテアは1年経っても懐妊せず、ワイルダー前侯爵夫妻から多大なるプレッシャーを掛けられた。夫は味方にはなってくれず、ようやく生まれたのが女子。同い年の王子殿下が生まれてなければ何と言われていたか。夫は娘イザベラをことの他可愛がるようになった。自分より娘を気にかけていることもドロテアの心に傷を付けた。そんな状況から数ヶ月後にアルディージャが双子の男女を生んだ。
王女が降嫁することが決まっているランカスター家に王子との縁談は持ち込めぬだろうとの見方がされたが、ドロテアはアルディージャが子育てに積極的に取り組んでいるとの噂を耳にした。
アルディージャへのライバル心に燃えていたドロテアも娘の育児に取り組もうとしたが、結果ストレスが積み重なり娘を殺してしまう。
幸運か否か娘の死を知っているのは実家から連れてきた侍女だけだった。ドロテアは、実家であるパブロフ侯爵家に救いを求め、娘を溺愛していた父侯爵は、侍女からワイルダー侯爵家の実情を知り、このままでは、ドロテアは離縁されてしまうと考えた。
父侯爵は、裏組織に手を回しドロテアの願いを叶えさせるために動くよう動いた。
その結果、ディアラは拉致されたのだが、2年後にドロテアは再び懐妊し娘を、そのまた1年後に嫡男を生んだ。
自分の子供が可愛いと思うのは仕方ないことだが、ドロテアは、懐妊したことが分かるとイザベラ(ディアラリエ)を虐げるようになった。攫ってきたのはいいものの魔力が不安定な赤子。ワイルダー、パブロフ両侯爵家の色を纏っていないイザベラに疑惑の目が向けられるのは堪らないと、ドロテアの実父は、組織の魔法使いに命じて色替えの術を施させたが馴染まず、ランカスター公爵家の色を纏う髪は邪魔だったドロテアは、夫や親族を騙すため、頭皮に爛れができたとイザベラの髪を常に丸刈りにし、伸びてくると常に帽子を被らされた。特徴的だと言われる瞳。子供の瞳の色は魔力が安定するまで様々な色に変化すると言われているため誤魔化せた。自分の子供はうんと可愛がり、大切に育てようと決意したドロテアは、イザベラを侯爵家の使用人にして一生飼い殺す予定だった。
ワイルダー侯爵は、イザベラが7歳の時、魔力封じの腕輪を付けさせた。彼女が我が子ではなく、何処かの貴族から攫ってきたのが分かったからだ。ドロテアを叱責することもなかった。彼女が跡取りを生んでいたからだ。しかも、イザベラの頭の良さは侯爵家の役に立つ。このまま彼女を侯爵家に縛り付けておこうと考えた。取り調べの中で彼はランカスター公爵家縁の令嬢だとは思っていなかったと言ったが、何処かの貴族階級の娘だとは考えていたのなら同罪だとして領地を減らされ子爵となった。夫人との離縁は許されず何がいけなかったのか夫人への教育を施すこと、また、夫人が事の本質を理解するまで、子爵家、及び子爵家に繋がる者全てに段階を経た魔力封じの腕輪が嵌められた。当初無関係を装っていたドロテアの実家である侯爵家の面々は抗議したが、ドロテアの浅ましさは若い頃から知られており、そのように教育したのは実家であるとして許さず、ドロテアの娘イライザの再教育を命じられた。
イライザを普通の令嬢に教育を命じられたのはディアラの家庭教師達だった。魔力を封じられた貴族令嬢に対する体罰は許されるものではなく、罪を軽減する条件としてイライザの再教育を命じられたのだ。成果が得られなければ、家庭教師としてのランクを三段階下げることとした。ディアラリエの教育をしていた家庭教師は、国内では上級家庭教師とされ、自身も貴族の出であったため、教える対象は上位貴族に限られていた。それが三段階に下がるとなれば相手は庶民となる。商家や地主が相手だとしても上位貴族とでは給金が違うし、家庭教師としてのランクを考えると庶民に教えるなどあり得ないことなのだ。免許のない者は人を教えることはできない。無免許で人に教育が出来るのは家庭教師協会に許可を得た学生か、教会で暮らす孤児に勉強を教えるボランティアだけだ。無免許で報酬を受け取っていたことがバレると事情によってはペナルティが与えられ、貴族階級家庭での仕事は出来なくなる。そのために家庭教師は必死になってイライザの教育に当たっているが成績は芳しくなく、マナーも身についていないらしい。
ある程度体力が戻ると私は、ワイルダー侯爵家に行きたいと希望した。それはとある日のディナーで誘拐された日にディアラリエに持たされていたブローチのことを聞いたからだ。そのブローチに私は心当たりがあった。
私が10歳の時に、引き出しの奥に挟まったグリップを取るために外した奥に貼り付けられていたアレ。
何だろうこれは?と思ってたら、部屋に突撃してきたイライザ幼い頃に取り上げられたものだが、飽きっぽい彼女のことだ、きっと、彼女の言う所のイザベラガラクタコレクションの中にあるはずだ。
そのブローチはランカスター公爵家の家紋入りのもので、誘拐された時のおくるみに付けていたものだった。
何故、ランカスター公爵家のものを処分しなかったのだろうと今は思うが、当時のワイルダー侯爵家の執事が浚われてきた赤子の正体にいち早く気付き、ドロテアにブローチの処分を頼まれた時に密かに隠していたらしい。と父がいっていた、あくまでも推測であると言うことだけど、その後すぐに執事は辞職したそうだが、既に鬼籍に入っており、ブローチを隠した真意は不明のままとなった。
封じられていた魔力が戻り、私の体に残っていた傷も消えていった。
「あなたの幸せが、私達の幸せなのよ。」
母の言葉に涙が流れた。厳しく、辛いワイルダー家での教育はやり方はどうであれ私を公爵家に相応しい淑女に導いてくれていたようだった。
行方不明になっていた私のことを諦めず、見つけ出してくれた家族。これから私は優しい両親と兄弟に囲まれて幸せになっていく。
まだまだ続く私の物語はここから始まるのだ。
おしまい。