追放
「......キーボ・ケイリーブ! 貴様を正式に我が一族、ひいては帝国からの追放に処す!」
そう口にしたのはこのクロリア帝国の宰相であり俺の父、ブチョ・ケイリーブであった。父の背後の檀上にふんぞり返り座るは国王、カール・フォン・クロリアとその妻ペトラである。
俺は今、王の間の真ん中にいる。周囲には王族やそれに連なる一族が並んでいる。兄弟や親族の姿もあり、みな一様に汚物を見るような目、薄ら笑う者、あるいは退屈そうにしていた。
「父上、私はまだ頑張れます! もっと努力します! ですから......」
「貴様は無能だ。才能もない。スキルも使えぬ。そしてその忌々しい黒髪、帝国王族の恥だ。末席にすら置いておけぬ!」
実際その通りだった。俺は王族なら一人一つ以上はもつ天賦のスキル【簿記】を全く扱えていない。このスキルに関する情報が全くないのも理由だったが、それでもたいていのスキルもちは10歳にはスキルを自然と行使できるようになる。
努力は人一倍した。毎朝毎晩剣を振り、魔術の訓練をした。しかし15歳になっても剣は一般庶民並み、魔術に関してはほとんど使えなかった。
「し、しかし......」
「黙れぇ! 以後ケイリーブを名乗ることを許さぬ。速やかに国を立ち去れ......王室会議は以上だ」
俺は言葉を失った。全身から力が抜けて膝を地面についた。王宮の大理石は固く冷たかった。周囲ではぞろそろと王の間を後にする足跡が響く。クスクスと笑う声や、舌打ちの音も混じっていた。
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場所は変わって王宮の一角、ケイリーブ家の敷地。
俺は自室で旅支度をしていた。王宮の中の部屋といっても屋根裏部屋のようなところである。十数人の兄弟はもちろんメイドすらも立ち寄らず、静かな空間でお気に入りの場所だった。ここなら誰にも何も言われない。
唯一、妹のアナに本を読み聞かせていた時期もあったが、ここ3年は全く会えていない。アナは生まれつき盲目であった。それゆえ日の目を見ないでいたが、【予言】という貴重なスキルを発現してからはクロリア帝国になくてはならない存在になった。
「アナ、元気にやっていればいいな」
もう会えないだろうということを思うと胸が苦しい気もしたが、それはアナの未来が明るいということも同時なのだと納得できた。
『ドンドン、ドンドンドン!』
戸を叩く音が響く。掃除係のハスキンの戸の叩き方だ。誰かが俺を呼ぶときは、メイド、さらに他のメイドを通して最後にハスキンが俺のところに来る。
「ハスキンか。どうした」
「坊ちゃん。呼んでる。ザッソンの間」
内容と場所という簡潔な返事を残しハスキンは静かに立ち去った。俺はまとめた荷物を持ち、部屋を後にした。
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ザッソンの間にはケイリーブ家の兄弟のほとんどがいた。俺はこの一族の四男という立場だが、弟たちにも馬鹿にされている。みな物好きなやつらだ。俺が帝国を立ち去る日までコケにするつもりらしい。
「おいキーボ・ケイリーブ。いや、ただのキーボかぁ。なぁ今どんな気分だ? ククク......」
こいつはケイリーブ家次男、ジチョ・ケイリーブだ。槍術に長けた生粋の武人としてクロリア帝国でも有名である。次代の将軍と噂されているが、残忍でひねくれた面があることはあまり知られていない。
「ジチョ兄さま、おひさしゅうございます」
「あん? そんなしゃれこうべいらねぇんだよ?どんな気分かきいてるんだよぉ」
クスクスクスと笑う兄弟たち。彼らは愉悦に浸る面を浮かべていた。
「私の気分は平常です。とくに気分の悪い点はありませんが、何か」
「あぁん? おめぇ舐めてんのか....!?」
ジチョ・ケイリーブが拳を振り上げた瞬間、その腕を抑えた大柄な男。長男、カチョ・ケイリーブである。剣では騎士団長と互角に渡り合い、知略も国内一二を争う傑物。時代や出生が違えば世に雷鳴を渡らせる名君になっていただろうとは前国王の言葉である。
つまり王が認めた王の器の持ち主だ。
「やめろ」
「チッ。分かったよ兄貴」
カチョ・ケイリーブがジチョを止めたのは優しさからではないだろう。彼は冷徹な男だ。感情で動かない。そして才能至上主義でもある。だから俺には全く興味を持っていない。おそらく眼中にないだろう。
だから驚いた。そのカチョ・ケイリーブがジチョを止めたことではなく、幼少以来初めて俺と目を合わせたことに。
「キーボよ、アナがお前に【予言】を言わねばならぬそうだ。連れてきた」
「アナ!!」
「お兄さま」
カチョ・ケイリーブの巨躯の背後からひょいっと小柄な少女が飛び出した。可憐な金髪を後ろで結わえ、白い衣装に包まれている。もう10歳か。背が少し伸びたのか、清楚な大人の雰囲気も漂わせ、きっと5年後には誰もが見惚れる淑女になるのだろう。
他に変わった点と言えば、顔全体を布で覆っているところだ。もともと盲目なのもあり、布で覆っても不自由は変わらないだろうが、以前にはなかった。
「アナ、元気にして......」
そう口にして近づこうとすると、カチョが右手を前に差し出し静止を促した。俺はその静止合図の覇気に逆らえず、足を止めた。
「アナ、時間はない。【予言】を言いなさい」
「はい......キーボお兄様、お聞きください」
「う、うん。」
次の瞬間、アナの体が薄い光を帯び、周囲に光の玉がいくつも浮かびあがった。
『黒髪の少年、帝国を出で東に向かうべし。しからずんば世界に禍あり。』
「......?東 禍?」
【予言】が終わるとアナの周囲から光が消え、疲れた様子でカチョにしがみ付いていた。
「ブ、ブハハハハ!! お前、本物の禍だったのか!! ブハハハハハ!」
「ジ、ジチョ兄さま、わ、笑いすぎです......ブフッ」
他にも兄弟の多くが笑みをこぼすか、あるいは侮蔑の目を強めてきた。カチョはそれに反して驚愕に目を見開いていた。おそらくこの【予言】は初めてアナがここで発現したものなのだろう。それにしてもアナのあの疲れよう、【予言】は体力を消耗するものなのか。
「キ、キーボお兄様、この本を......キャッ」
アナがずっと大事そうに持っていた黒い古本をジチョが強引に取り上げて俺の眼前まで歩いてきた。そしてそのまま本を盾にするように俺にぶつけて渡した。衝撃で数歩後ずさったが、本は大事に受け止めた。
「!? ......痛たた」
「何が痛いだ、貧弱が。この汚ったねえ本、お前の最愛の妹からの土産だとさ。ブフッ。とっとと出ていきな、二度と面みせるんじゃねえぞ」
そうして俺は王宮を出た。
「お兄様、お気をつけて......」
遠くなるキーボの背中に声をかけたアナは、次の瞬間、意識を手放し床に倒れた。アナの消耗具合はキーボの想像以上で、彼にはそれを知る由がなかった。
そのまま帝都を抜けて、帝国を離れる。
と、物語を始める前に。追放前のキーボの王宮生活について簡単に触れる。ここ数年のクロリア帝国の急成長と繁栄、その背後には帝国の財務での成功が大きく関与していた。そのことにキーボが大きく関わっていたことは、キーボ自身すら気づいていなかったという話。
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