5食目 隅っこ暮らし
戦機協会に登録を済ませた俺は、アインリールに乗り込み、そこを後にする。
そして、向かうのはマーカス戦機工場だ。
取り敢えずは拠点が欲しい、というわけで工場の敷地の隅っこを使わせてもらえないか交渉するのだ。
無一文の上に借金持ち。
宿泊費をケチるのは当然だよなぁ?
それに、俺は彼に借金があるので、借金返済のためだ、とゴリ押せばなんとかなるだろう、という安易な考えの元、ぶるるぁ、と突撃する。
結果、工場の壁にぶち当たり大穴を開けるに至る。
えぇ、借金が増えました。
戦機での突撃はよくない、ってそれ一番言われているもよう。
「おまえは馬鹿なのか?」
「何も言えねぇ」
ただいま、工場の床に正座させられてお説教なう。
床がひんやりしていて、ちべたいです。
「まったく……おまえは今まで、どうやって生きてきたんだ?」
「それは、こっちが聞きたいんだぜ」
ここで、マーカスのおっさんに自分が記憶を失っていることを説明する。
更に彼が呆れた瞬間であった。
「というわけで、工場の敷地の隅っこを使わせてほしいんだが?」
「あのなぁ、普通、おまえさんくらいのガキはな、記憶を失ったら不安に押し潰されて泣き喚くんだ」
「俺が、そんな無駄なことをするわけないだるるぉ? そんな事をしているくらいなら、俺は武器を持って立ち上がるだろうな」
「その結果がアレか」
「さーせん」
視線の先にはアインリールが開けてしまった大穴があった。
少々、エキサイティングしてしまったため、入り口横に激突してしまったのだ。
とここで学生服らしき衣装を身に纏った少女が工場に駆け込んできた。
茶髪の短い癖毛が印象的な少女である。
彼女は大きな目に納まる青い瞳をくりくり動かし、俺の姿を視界に収めたところで動きを止める。
「ただいま、お父さん。なぁに? この子」
「お帰り、エリン。こいつは、珍獣エルティナだ」
「おいバカやめろ、珍獣が定着しちまうだるるぉ」
「ほぇ? 珍獣?」
俺を珍獣扱いしたマーカスのおっさんは、少女に事情を説明する。
というか、この二人は親子なのか。
まったく似た部分が、ミジンコ程度も無い点について。
「初めまして、エルティナちゃん。私はエリン、よろしくね」
「エルティナなんだぜ。よろしく」
「あい~ん」
しかし、エリンちゃんもアイン君が見えていないもよう。悲しいなぁ。
でも、彼女は何かを感じているかの様子を窺わせる。
そんなわけで、しょぼくれたアイン君は、俺の頭の上でしんみりしてしまった。
「ところで、なんで正座をさせられているの?」
「こいつが工場の壁に戦機で突っ込んで大穴を開けちまったんだ」
「若気の至り、なんだぜ」
マーカスのおっさんに拳骨を落とされました。いたいっしゅっ。
「反省しやがれ」
「あはは、お父さんの拳骨痛いでしょ?」
「おまえも、昔は悪戯娘だったからな」
マーカスのおっさんはため息を吐いて、俺に工場の隅っこ暮らしを許可してくれた。
条件として、工場の掃除の手伝いを要求してきたが、それくらいは甘んじて引き受けるべきであろう。
「ただし、飯は自分で調達しろよ。出来なきゃ、戦機を売り払って引退しろ」
「それを売るなんてとんでもない。俺は戦機乗りにして精霊が見える白エルフ。この程度の困難なんて、ほほいのほい、と解決してしまうだろうな」
「おまえのその自信は、どこから来るんだ? この記憶喪失娘」
とマーカスのおっさんの皮肉を聞いたエリンちゃんが驚きの表情を見せた。
「ちょっと、お父さん!? この子、記憶喪失なの!?」
「ん? あぁ、本人談だがな。本当かどうかは分からん」
「ふきゅん、事実だが、お構いなく」
「いやいや、お構いなく、ってあっさりし過ぎてるでしょうに!?」
「こういう奴なんだよ。いいから、暫くは好きなようにさせておけ。言っても聞かんタイプだ」
そう言ったマーカスのおっさんは、スタスタ、と仕事に戻ってしまった。
雑な扱いではあるが、俺としてはありがたいところである。
放って置いてくれた方がやりたい放題できるのは明らかなのだ。
特に俺は人には言えないような秘密が114514種類ほどある。
マーガリンを炊き立てのご飯に載せて、とろ~り、と溶けたところに醤油を、タラり、と掛けて、がつがつ、もりもり、ほくほく、と頂くなどは人には言えない秘密の行為なのだ。
「よし、早速、隅っこ暮らしを開始だぁ」
「あ、ちょっと待ってて! 荷物を置いたら私も手伝うから!」
そう言って、エリンちゃんはバタバタと工場内の階段を駆け上がていった。
どうやら、工場の二階が住居となっているらしい。
暫くしてエリンちゃんが水色のツナギに着替えて降りてきた。
革製のグローブに、ゴーグル、となかなかにご立派な姿である。
彼女のその手には、桃色の何かを持っていることが確認できた。
いったい何であろうか。
「あっ、エルティナちゃん、これ」
「おん? これは?」
「私のお古のツナギだよ。戦機乗りをするなら、その綺麗な服が汚れちゃうかもしれないでしょ?」
むむむ、確かに。
このひらひらの衣服は、とてもではないが戦機乗りには相応しくないだろう。
「ありがたく頂戴するんだぜ」
「うん、私じゃもう着れないしね。そうしてくれると嬉しいな」
というわけで、この場で着替える。
「せ、せめて物陰で着替えようよ」
「俺はっ! 逃げも! 隠れもしないっ!」
「女の子~っ!」
俺は堂々と全裸になり、ピンク色のツナギに着替えた。
尚、ひらひらの衣服はきちんと洗ってエリンちゃんが保管してくれるとのこと。
「ダメだよ、エルティナちゃん。女の子なんだから」
「幼女は女の子に入らない。幼女という独立したカテゴリーなのだぁ」
「屁理屈を言う子は、こうだよっ」
ぷにぷに、と俺のほっぺを蹂躙するエリンちゃんは邪悪の権化であった。
どうやらエリンちゃんは、俺の行く末に不安を覚えているようだ。
大丈夫だ、問題無い。
問題があるとしたら、結構な額の借金のみだ。
「もう……お父さん、【ブリギルト】貸してね!」
「壊すんじゃないぞ!」
マーカスのおっさんの承諾を得たエリンちゃんは、工場の隅に鎮座している戦機の内の一体に乗り込んでコクピットハッチを閉じた。
すると間もなくして鋼鉄の巨人が息を吹き返す。
背中から黒煙を吐き出し、ほぼ骨格のみ巨人は頼りなさげに立ち上がった。
どう大目に見ても、頼もしさはワラジムシ程度も見当たらない。
指先一つでダウンしてしまいそうな、貧弱な戦機であった。
「エルティナちゃんも戦機を使って、隅に置いてある資材を退かして」
「あい! 分かるました!」
俺は、シュタッ、と挙手をして、元気にアインリールに乗り込んだ。
向かうは工場外の隅っこ。
なんという事でしょう。そこには用途不明のガラクタや、資材などがゴロゴロと転がっているではありませんか。
ちょっと~、汚すぎんよ~?
まるでゴミ屋敷の一部のような光景に、俺は速やかに白目痙攣状態となる。
こんなの聞いてないよ~。責任者ぁ、出て来いやっ!
総合格闘技ちっくに憤ってみたが、事態が変わることはない。
悟りを開いた小動物のごとく、お口を三角形にして黙々とガラクタを運搬する。
「うん? なんだ、これ?」
「あ、それって、私が作った戦機用の実体剣だ。無くなったと思ったら、こんなところにあったんだ」
それは、あまりにも雑な剣であった。寧ろ、鉄の塊にしか見えない。
刃も付いていないことから、出来の悪いヒノキの棒のようにも見える。
「武器かぁ、そういえば俺のアインリールには武器がなかったな」
というわけで、エリンちゃんに交渉してみる。
こいつを、俺たちのアインリールの初武器として採用しようというのだ。
「うん、そんなのでよければいいよ」
「やったぜ」
「基本的に、ここに置いてあるのは廃棄予定の物ばかりだしね」
更なる朗報。ここにある物は全て廃棄予定なので好きにしてもいいとのこと。
だったら、こいつらを使って小屋を建ててしまおう。
そのようにエリンちゃんに提案する、と彼女は喜んで付き合ってくれた。
エリンちゃんは戦機養成学校に通う傍ら、マーカスのおっさんから戦機の修理技術を学んでいる。
彼女が戦機養成学校に通う理由は、戦機の操縦を詳しく知ると共に、戦機の構造がどうなっているのかを学ぶためだそうだ。
将来、戦機乗りになるか、修理技師の道に行くかは結論が出ていないもよう。
まぁ、そんなに急がなくてもいいんじゃないのかな。
「うん、いい感じになったね」
「これで、雨風はしのげるんだぜ」
大きくはないが平屋が完成。
修理技師になるかもしれないエリンちゃんの腕前は、現時点でも大したものであった。
「あとは、お金を稼がねばっ! 俺のエリン剣が唸りを上げるんだぜぇ」
「その銘はなんだかなぁ」
ちょっと恥ずかしそうにするエリンちゃん可愛い。
しかし、この剣は既にエリン剣に決定しているので変更はできないできにくい。
こうして、念願の住居と武器を手に入れた俺は、次なる行動に移るのであった。
TAS‐024・ブリギルト
全高9m22cm
最大索敵範囲2700m
総推力 17000kg
光素出力 870kp
装甲材質 青銅
固定武装 無し
適性 陸
第一次世界大戦前に開発されたブロンズクラスの戦機。
その全てが心許ないが、生身の人間では勝ち目がない。
しかし、後に対戦機用バズーカ砲が開発されてからは、ただの動く的になってしまう。
以降は戦線から離脱し、作業用の戦機として活躍している。
作業用に転向したブリギルトは人々の生活に馴染み、親しまれる存在となった。
しかし、あまりに安価なため、盗賊団に使用されるケースが多い。
これは社会問題の一つとなっている。