3食目 町
おう、いっちもさっちもゆかねぇぞ。
でも、取り敢えずは空腹が満たされたので良し、とする。
やはり、桃先生はマジパネェっすわぁ。
俺の命の恩人である謎の桃は感謝と敬意をこめて【先生】と呼ぶことにした。
異論は認めない。
問題は、この桃先生は自由に生み出せない、という事であろう。
もう一個食べたいと思ったので、なんとか出せないかと踏ん張ってみたものの、出てきたのは「ぷぃ」という破裂音であった。
オナラじゃないのよ、空気がハッスルしただけ。いいね?
どうやら桃先生は、俺が飢え死にしそうになるまでは出てくるつもりがないらしい。
であるなら、俺の腹が満たされる他の手段を探し出さなくてはならない。
そこでピンと来たのが、調理していただく、というものだ。
美味しくいただくためのひと手間は、即ち食材への感謝に繋がる。
それによって生まれた料理は、間違いなく食べる者の腹と心をも満たすであろう。
俺が食材だけを食べて飢えを感じるのは、心が満たされていないから、と判断した形だ。
それにはまず、調理器具が必要になる。
そこで、アイン君に頼んで調理器具を作ってもらうことにした。
彼は鉄の精霊だ、これくらいは朝飯前だろう。
そして、材料はそこにある。
アインリールの装甲の一部を拝借して、包丁とフライパン、そして、お玉をアイン君に作ってもらった。
これだけあれば、取り敢えずは料理ができる。
「問題は火を起こせないという事だ」
こんな時、魔法が使えたならなぁ。
だが、使えないのは仕方がない。
そもそもが、使えることの方がおかしいんや、と自分を納得させて、怒りの屁をひり出す。
ぷぃ。
チュドォォォォォォォォォォォォォォンッ!
瞬間、大爆発が起こる。
俺の屁の力であっただろうか、いやそんなことはない、あってたまるか。
その爆発のせいで、折角作ってもらった調理器具が全ておじゃん、という有様に、俺は速やかに白目痙攣状態へと陥った。
「うおぉ……だ・い・さ・ん・じ!」
「いあ~ん」
周囲一帯は見事に吹き飛び、追加効果で火事が発生。
大変に危険な状態なので、急ぎアインリールに搭乗する。
ちょっと焦げているが……ま、平気やろ。兵器なだけに。
「よし、これは、ふぁっきゅんフロッガーがやったことにしよう」
「あい~ん!」
「ですよね~」
アイン君に注意され、火消し活動へと勤しむ。
方法は原始的だ。
火の付いた樹をへし折って爆心地の中央へと、ぽいっちょ、するだけ。
暫くすると、巨大なキャンプファイアーの出来上がりとなった。
「むむむ、これって、見つけてください、って言っているようなものだよなぁ」
「あい~ん」
「にげろ~」
というわけで、急いでここから退散する。忙しない事この上ない。
なんか森の方が騒がしいが、俺たちは何も見なかった。いいね?
てなわけで、現在、俺たちは川に沿って下っている。
川があるってことは、そこに人が町を築いている可能性が高い。
「町に辿り着けば、アインリールを修理できるヤツがいるかもな」
「あい~ん」
アイン君は単純な加工はできても、戦機の修理はできないらしい。
機械と道具は違う、ってことだな。
「おぉ? 町だ! 結構大きいぞぉ!」
「あ、い~ん」
とはいえ、このまま、町に入っても大丈夫であろうか。
そのように案じる俺であったが、アイン君が言うには、このまま入っても問題はないらしい。
その理由というのが泣ける。
アイアンクラスの機体は基本的に傭兵が扱う物であるので、疑われることは殆どないらしい。
そして、このアインリールも全国的に普及している安価な戦機であるそうだ。
特別な機体が欲しいです、先生。
しかし、桃先生は答えてくれなかった。食べちゃったからな、仕方がない。
俺たちが訪れた町は和洋折衷した、まったく統一感のない街であった。
もうなんでもかんでも町に詰め込んだ感が半端ない。
でも、俺はこういった、ごちゃごちゃした感じに安らぎを覚える。
きっと、失った記憶に手掛かりがあるのだろう。
町の中にアインリールを進ませる。
アイン君が言ったように、誰も戦機の侵入を気にする者はいなかった。
「あいあい」
「おん? あそこに行けって?」
アイン君の視線の先には大きな工場があった。
どうやら、そこは戦機の修理工場であるらしい。
というわけで、アインリールを工場にまで移動させる。
そこには多種多様の戦機が集合しており、様々な武器も整備されているではないか。
これは、ドキがムネムネしてきやがったぜ。
「おぉい! そこのポンコツ!」
「ふきゅん? ポンコツ?」
「そうだ! ドノーマルのアインリールなんぞ、いつの時代だ! 壊れてんなら、とっとと、そこのレストハンガーに接続しやがれ!」
いかにも、という風貌の灰色のツナギを身に纏ったごっついオッサンが、損傷したアインリールを目の当たりにして怒鳴り散らした。
俺は慌てて、そのレストハンガーとやらに向かう。
そこにはアインリール同様に損傷している戦機が多数見受けられた。
なので、それらと同様に機体を接続させる。
レストハンガーは、いわゆる立てられたベッドみたいな感じだ。
必要に応じて倒すらしく、普通のベッドのように寝かされている機体も見受けられた。
「おっと、その前に下ろしてくれ」
「あ~い」
コクピットハッチは無いので、差し出されたアインリールの手の上に乗り、地上へと降ろしてもらう。
あとは、アイン君に丸投げじゃい。
「んじゃ、アイン君、任せた」
「あい~」
それを目の当たりにした、ごっついオッサンが、ぽかーん、と間抜けな顔を見せた。
何か問題でもあるのであろうか?
精霊を動力源としている、もしくは制御に回しているのであれば、これくらいは朝飯前であろうに。
「戦機が独りでに動いている? いやいや、んな馬鹿な」
「おっさんは、疲れているんだぜ」
「そうに違いねぇ。ガキんちょの耳が異様に長く見えるのも、というか、ガキが戦機を動かすなんてあるわけがねぇ」
「だが、事実だ」
俺は暗黒微笑を浮かべて残酷な現実を付きつける。
厳ついオッサンは目を擦りながら、俺の長~い垂れ耳を引っ張った。
「ふきゅ~ん! ふきゅ~ん!」
「うおっ!? 錯覚なんかじゃねぇ! 本物だっ!」
おいバカやめろ、そこは俺の敏感部分。
あまり刺激すると、さっきみたいに爆発するぞ。
「いったい、なんだぁ? おまえは」
「俺は白エルフのエルティナだ」
「白エルフ? なんだそりゃ?」
「デスヨネー」
アイン君の情報通り、この世界の知的生命体は人間しかいないもよう。
「珍妙なガキだなぁ」
「珍獣いうな、ふぁっきゅん」
「珍妙だ。いや、それよりも……あれ、独りでに動いているよな?」
「動いてるよ? 精霊が宿っているんだから当然だろ?」
おっさんは額に手を当てて首を振った。
そして、俺に向き直る。
「いいか、戦機はな、【エレメコア】という動力機関に【光素】変換器を取り付けてエネルギーを獲得した戦闘兵器だ。つまり、科学兵器ってことさ」
「科学兵器……光素?」
「そう、人間が作った、人型機動兵器。精霊が宿る、だなんて御伽噺じゃねぇんだ。戦機に精霊なんて使っちゃあいねぇよ」
おっさんは精霊の存在を全否定した。
しかし、その精霊が、おっさんの目の前を、ちょろついている、という件について。
だが、おっさんにはアイン君の姿が見えていないようだ。
「おっさん、目の前に鉄の精霊が鬱陶しく飛んでいるんだが、見えないのか?」
「あ? んな鬱陶しいのが飛んでたら、叩き落としてるところだぜ」
「おう……じーざす」
やはり、見えてはいないようである。
では何故、俺にはアイン君が見えているのであろうか?
理由としては、俺が人間ではないから。
なんだ、もう答えが見つかってしまった。たまげるなぁ。
「ま、いいや。あれだ、俺のアインリールはお利口さんだから勝手に動く」
「物騒にも程がある。おい、珍獣、くれぐれもアレに暴れないように言っておけ」
「珍妙言うなっ!」
「俺は、おまえに、珍獣って言ったんだよ!」
ぷりぷりと怒りながら、おっさんは行ってしまった。
向かった先は俺たちのアインリールである。
「あい~ん」
「まぁ、そんなに、しょんぼりするな。俺はちゃんとアイン君が見えてるから」
「あいあ~ん」
アイン君は嬉しそうに俺の周りを、ふよふよ、と飛んだ。
「問題は……修理代がないってことだ」
「あい~ん……」
俺たちには難題しかないのであろうか。
取り敢えずは金を稼ぐための手段を求めて、騒がしい町へと繰り出すのであった。
TAS‐056・アインリール
全高9m57cm
重量46.8t
最大索敵範囲3000m
総推力 25000kg
光素出力 1050kp
装甲材質 鉄
固定武装 無し
適性 陸 宇宙
第一次世界大戦中に開発されたアイアンクラスの戦機。
当初は最高の技術を惜しみも無く投入された最新鋭機として猛威を振るった。
しかし、終戦間際になるとスチールクラスの戦機が開発され、機体性能差から敗北が相次いだ。
終戦後はその扱い易さと拡張性の高さから、多くの傭兵に使用されいまだ現役である。
また、機体も安価であることから使い捨てる者も多い。
固定武装はなく、様々な兵装を用いて戦うことになる。
アマネック社の33mmライフルとの相性がいいので、それを携帯する者が多い。
尚、エルティナ搭乗機は、通常のアインリールから逸脱し始めている。