117食目 プライド
◆◆◆ 機械人 ◆◆◆
馬鹿な、あり得ない。
私は宇宙母艦【メガエイシャー】の艦橋にて言葉を失っていた。
海洋生物エイをモデルとしたこの紫色の宇宙母艦は、実に一万もの機獣を搭載することができ、且つ亜空間跳躍機能も有する。
また、大気圏内での飛行も可能であり、船体を光学迷彩で隠蔽することも可能。
まさに、エリシュオンの英知が生み出した万能艦といっても過言ではない。
「ど、どうなっている?」
「は、はっ! バイ・バロス一万機……ロスト致しましたっ!」
この私、【E・モブー】がコツコツと功績を重ね、そしてメガエイシャーを受領し三百と四年。
いまだかつて、このような失態を犯したことが無い。
エリシュオン惑星攻略軍より受領した新型機【バイ・バロス】がたった三十分で全滅してしまったのだ。
しかも、それを成したのは、たった一機の戦機。
「映像はっ!?」
「こ、これにっ」
メインモニターにバイ・バロスを全滅させた戦機の姿が映る。
今まで確認されなかった形状で、通常の戦機よりも大型であるようだ。
騎士をモチーフとしてデザインされているのであろう、なるほどヒロイックな機体である。
だが、この個体は異常、その一言に尽きる。
収集したデータから、度が過ぎた防御力、そして攻撃力を持たされていることが判明。
よもや、物理攻撃に対する防御を重点に開発されたバイ・バロスを素手で引き裂く、などと誰が想像できようか。
「次の映像をっ!」
「はっ!」
どんどん怒りがこみあげてくる。
次に表示された映像は世界を赤一色に染め上げた異常な光景。
これは、先ほど我らも確認している。
「これを、たった一機の戦機がやってのけた……か」
「そ、そのようで」
オペレーターはこの映像に機械の身体を震わせた。
その気持ちは私にも痛いほどわかる。
現に、部下たちの前でなければ、私も恐怖に怯えていたであろうから。
最早、これは超常現象の何ものでもない。
蟻が神に戦いを挑む、そんな構図とすら言えようか。
だがしかし、このような結末、軍上層部にどう申し開きすればいい。
何よりも、この私の沽券にかかわる問題だ。
おめおめと引き下がるわけにはいかない。
「……私の機獣を用意させろ」
「っ!? し、しかしっ!」
「これは命令だっ!」
「りょ、了解いたしました」
オペレーターは私に思い止まってほしかったようだ。
しかし、彼もまた長年私に付き従った部下であり、言い出したら聞かない事を理解してくれていた。
直ちに私の専用機【オクト・コンガー】の発進準備を指示する。
そのタイミングで通信が舞い込んできた。
『やぁ、E・モブー少将。ご機嫌はいかがかな?』
「C・スルト大佐っ!」
第六精霊界侵攻司令官C・スルト大佐。
千五百年前から私と武功を競い合っている、いわばライバルだ。
階級こそ私が一歩抜きんでたが、それでも一階級だけ。
すぐさま追いつかれることは心得ている。
「なんのようだ! 今立て込んでいる!」
『いやなに、手痛い目に遭っているかと思ってね』
こいつ……こうなることを理解し、私をここへと派遣したというのか。
ふつふつ、と込み上げる怒りをなんとか抑え込む。
『A・ヴァストム中将の面子か? 止めておきたまえ。こうなることは彼も【承知の上】だ』
「私のプライドの問題だっ!」
がしかし、敬愛なるA・ヴァストム中将の名を出されてしまっては、最早怒りを抑えることは叶わない。
あのお方が私に目を掛けてくれたからこそ、今があるのだ。
『やれやれ、では、A・ヴァストム中将には私から伝えておこう』
「ふん、無駄足を踏むことになるぞ。あの戦機の首をもって、この屈辱を雪ぐ!」
すかした表情を見せるC・スルト大佐は、そう言い残し通信を切った。
「私は軍人なのだよ!」
その言葉は自分自身を奮い立たせるものだ。
別段、ここまでの道のりが平坦だったわけではない。
全て、己の力で活路を見いだし切り開いてきた結果なのだ。
「オクト・コンガー、準備整いました!」
「うむ、ここを任せる」
「はっ!」
副官G・エピルにメガエイシャーの指揮を任せる。
女性型の機械人で一般的なモデルのボディを愛用する軍人だ。
しかし、そのボディに搭載された精神は、実のところ【男性】である。
こういったことは割とあるので言及はしないが……いったいどうなのだろうか。
元の姓を偽ってまで、別の姓のボディを使用するのはいかがなものなのか、私には理解しかねる。
しかし、指揮に掛けては及第点を与えられるので、彼……もとい彼女は非常に重宝するのだ。
格納庫へと急ぐ、が決して走りはしない。
早歩きを心掛けているのは部下たちの目があるからだ。
「E・モブー少将っ! オクト・コンガー、準備よしであります!」
「ご苦労」
敬礼で私を出迎えた整備兵に、私も敬礼でもって返す。
そこには私に長年付き従った相棒の姿。
三十メートルにも及ぶ巨大機獣オクト・コンガーだ。
「暫くぶりだな」
ここ最近は出番が無かった八本腕のゴリラ型の機獣が、心臓たるエンジンの鼓動を鳴り響かせて私を出迎えた。
私のパーソナルカラーであるオレンジに染め上げられた愛機は、第一次惑星カーンテヒル攻略戦からの付き合いであり、現在に至るまでアップデートを重ねてきた。
それは最早、最新型といっても過言ではないほど新技術を取り入れている。
故に、私がオクト・コンガー、を用いての敗北などあり得ない、あってはならないのだ。
コクピットより伸びるワイヤー、その先端に接続された三角形の足掛けに右足を入れる。
そしてワイヤーを掴み身体を固定し、そのワイヤーを引っ張ると私の身体はコクピットへ向かって上昇してゆく。
これは旧式の搭乗システムであるが、私の戦意が向上するとあって、そのまま残してある。
ワイヤーの上昇停止を確認し、コクピットへ飛び移る。
新兵の頃からおこなってきた動作だ、しくじって落下などしない。
「……ふっ、戦いのにおいか。いつ嗅いでも良い物だな」
機械人には五感が備わっている。
ただし、痛覚だけは一定量を上回ると遮断されるようになっているが。
もっとも、機械人の頑強なボディを破壊せしめる、となると戦機の武器並みの攻撃力が必要となるだろう。
ゆっくりとオクト・コンガーのコクピットハッチが閉じる。
私を照らすのは無数のパネルから放たれる輝き。
それは宇宙空間を想起させた。
「さぁ、行こうか……相棒。あのイカれた騎士をぶっ飛ばしに」
もっとも、イカれているのは奴だけではないがな。
『オクト・コンガー、リフトオフ、発進よろし!』
「E・モブー、オクト・コンガー、出るぞ」
メガエイシャーからの発進方法は二種類、投下式とカタパルト式だ。
オクト・コンガーの場合は大型機なので投下式となる。
その後、背部スラスターにて現地へと向かう。
こいつの推力であれば、三分もあれば到達できるはずだ。
「ふふ、戦場よ、私を待ちわびろっ!」
私が戦士としての心持ちを取り戻すのに、そう時間は掛からなかった。




