109食目 憑りつく者
ヤーダンショックが収束せぬアマネック本社ラボであったが、そこに一報が舞い込む。
それは、この騒動が一瞬にして治まるという珍情報であった。
「た、大変ですっ! 奇妙な戦機が我が社の敷地でコサックダンスをっ!」
「な、なんだとっ!? いや、コサックダンスってなんだっ!?」
「ほ、本人がそのようにっ! ナイトに許される由緒ある踊りの可能性がビレゾンと言っているんですよっ」
その情報に俺たちは天を仰いだ。
確実にエルティナイトの珍行動であることは間違えようがない。
恐らくは暇になったので踊ってみたのだろう。
だが、コサックダンスはあの図体では激し過ぎる。
「……困った子ね」
「あぁ、せめてコサックダンスではなく、タップダンスを教えておくべきだったんだぜ」
ほっぺをムギュられました。
「痛いんだぜ」
「あ~いあ~ん!」
ぽむぽむ、と頭の上で飛び跳ね、反省すべきそうするべき、と主張するアイン君は真面目さんだ。
しかし、このままだと迷惑になるので、早急にエルティナイトにコサックダンスを止めさせねば。
俺はエルティナイトに通信魔法【テレパス】を行使。
耳に手を当てる行為は得意意味は無い。
ただ、現在【テレパスなう】と周囲に伝えるジェスチャーみたいなものだ。
『おいぃ、謙虚なナイトはコサックダンスを踊ってはいけぬぇ』
『ほぅ、この完璧なコサックダンスをダンシングするナイトにストップを掛けるとか、おまえ忍者だろ』
『忍者、できたらよかったなー』
『無理』
『素で返すんじゃねぇよ、ふぁっきゅん』
というわけで、エルティナイトと交渉開始。
『踊り止めたら骨付き漫画肉を1ダース進呈』
『九個でいい』
『けんきょだなー、あこがれちゃうなー』
『それほどでもない』
かくして、エルティナイトはコサックダンスを中止。
アマネック本社の平穏は護られたのであった。
「ふきゅん、エルティナイトを調べちゃってくれぇ。また、暇潰しをし始めたら堪ったもんじゃぬぇ」
「あぁ、やっぱりエルティナイトだったんだね」
「あんなアホなことをするのはナイトだけ、ってそれ一番言われたくないなぁ」
俺は正気に戻った、と言わんばかりの苦笑を炸裂させるヤーダンママに、我関せず、とくっつき虫化してるリューネちゃん。
しかし、エルティナイトの調査となると引っ付かせ続けるわけにもいかない。
「取り敢えず、エルティナイトをラボのレストハンガーに誘導しましょうか」
「そうした方がいいな。でも、エルティナイトの巨体を支えられるレストハンガーなんてあるの?」
「もちろん。戦機の都合に合わせて大きさをある程度変えることができるレストハンガーが備わっているのが本社ラボですから」
どうやら、抜かり無しのもようだ。
であれば、早急にエルティナイトを誘導してしまおう。
「どこに向かわせればいい?」
「でしたら、社屋の右奥にある3番ゲートから入るように指示してください」
「分かった」
「では、僕らも3番ゲートへ」
エルティナイトに3番ゲートの位置を伝えた俺たちは、ヤーダンママのデカいおケツについて行く。
その際、アイン君が俺の頭より、ぴゅー、っと出撃。
恐らくはエルティナイトが心配になったのであろう。
鋼鉄の壁をすり抜けて、一足早く3番ゲートへと向かって行った。
「……しっかり者ね」
「アイン君はお利口なお方」
「ぶろろ~ん」
これにブロン君が、僕も僕も、と露骨なアッピルを炸裂させる。
ぶっちゃけ、ブロン君も目立っていないだけで結構なやんちゃさんだ。
物をすり抜けることができることを良い事に、人体の中から顔だけを出して人面瘤ごっこ、とか、股間に張り付いてドヤ顔を炸裂させたりしている。
不意打ちで、それをやられると吹き出しちまうだろ、おぉんっ!?
それを知っているヒュリティアはお仕置きと言わんばかりにブロン君を両手で、ぶにっ、と掴んで彼をぶちゃいく顔へと変貌させた。
これにて脅威はいよいよ去ったのである。
「……うん?」
とここで、俺はヤーダンママの肩に寄り掛かる人影らしきものを認めた。
しかし、それは瞬きをした瞬間に見えなくなっていたのだ。
目の錯覚、にしてはリアルすぎる。
確かに、青髪の長い髪を持つ女性の姿を認めたのだ。
果たして、それはなんだったのであろうか。
だが、今は騒ぎ立てる時ではない、と判断し心の隅へと雑に押しやった。
あとで整理整頓しておくから簡便な?
「うにゃ? う~ん……」
と呟きながら目をゴシゴシしているのはエリンちゃんだ。
いったい、どうしたというのだろう。
「どうかしたのか、エリンちゃん」
「今、ヤーダン主任の肩に女の人がいなかった?」
彼女の言葉に、俺はピコンと大きな耳を跳ね上げる。
それはヒュリティアも同様であった。
恐らくは彼女も見えていたのだろうことを確信させる反応だ。
「……気のせい」
「えっ?」
「……気のせいよ」
有無を言わさぬ圧を掛けてくるヒュリティアは、謎の女性について何かを知っているのであろうか。
そこで、【テレパス】を発動し秘密通信を開始する。
『ヒーちゃん、アレはなんだったんだ?』
『……たぶん、悪霊化し掛けている精霊。ヤーダン主任の性転換の原因だと思う』
『なんですと?』
『……ローレライって精霊は知ってる?』
ローレライはドイツの伝承に在る水の精霊で、近づく者を川だか海だかに沈めちまう怖い精霊だった気がする。
セイレーンとかの親戚、という認識程度しかないんだよなぁ。
実のところ、異世界カーンテヒルに、それなる精霊は存在した。
しかし、彼女らは魔力が濃い世界に置いては物質化し、船乗りどもを海に引きずり込めないへなちょこ娘と化しており、なんの脅威にもなっていない。
仕方ないので、その美声を活かし、酒場で歌い手として活躍している存在だった。
『それが、ヤーダン主任に取り付いている?』
『……今までは気付かなかったけど、気配が強まったことで認識することができたわ』
では、そのローレライを追い払ってしまえば、ヤーダン主任の女体化進行は完治できるのであろうか。
しかし、それは今ではない事を悟る。
幸せそうにヤーダン主任に身を寄せる、リューテ皇子の短い蜜月の時間を妨げるのは野暮というものであろう。
それに、原因が分かってしまえばこっちのもの。
利用するだけ利用して、あとはポイ捨てしてしんぜよう。
ふっきゅんきゅんきゅん……俺は悪霊には容赦がないぞぉ?
『……でも、妙なのよ』
『妙?』
『……うん。憑りついているけど、悪意が感じられなかった。寧ろ……』
俺は目撃した際のローレライの様子を思い出す。
『護っている、いや、好意を持っている、か?』
『……そうね、それに近いわ』
『参ったなぁ』
悪霊化してくれていれば話は早かった。
しかし、ローレライがヤーダン主任を守護しているのであれば、ややこしくなる。
こうなるとローレライは勿論の事、ヤーダン主任の意思も尊重しなければならなくなる。
ただ、病気のためだからぶっ飛ばす、ではヒーラーの名が廃るというものだ。
ヒーラーは身体を癒すだけじゃない、心をも癒して一人前なのだよ。
『取り敢えず、この話は一旦保留で』
『……そうね、まだ猶予はあるみたいだし、最悪……』
ヤーダン主任が完全に女性化しても命に別状はない、とヒュリティアは言いたいのだろう。
問題は、ヤーダン主任がそれを容認するかどうかだが。
「ヤーダンママ」
「なんだい?」
「大好き」
「そっか。嬉しいよ、リューネ」
甘える男の娘に優しい微笑を向け、彼の頭を撫でるヤーダン主任は、まさに母親のそれであった。
しっかりママしてんだよなぁ! 今からでも即戦力ママンやぞっ!
それにあの人、戦機さえ研究できれば男でも女でも気にしない人に違いねぇっ!
「なんか、別に知らんぷりでも良いような気がして来たんだぜ」
「……奇遇ね。私も同じ気持ちよ」
「?」
理解が追いつかないエリンちゃんは、こてん、と首を傾げ、やはりヤーダン主任の肩をじっと見つめているのであったとさ。




