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ゾンビ先生は美脚がお好き  作者: 改 鋭一
一日目 「壁」
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隔離壁と銃声

建物の出入り口付近にはゾンビが突っ立っていたため、ホールの端の方に寄って、割れたガラス窓をまたいで建物の外に出た。


陽奈は、先ほどの凜々しい姿が嘘のように、相変わらずのへっぴり腰で俺の後から付いてくる。まあ、なるべくゾンビとの衝突を減らすということであれば、結局その姿勢が一番かもしれない。


秋の日はもう暮れかかって周囲は少し薄暗くなってきている。


建物を出たところは大学構内ながら2車線ぐらいの幅のある道路になっており、両側に歩道があって銀杏並木になっている。


すぐ横に大学構内の案内板があった。これで建物の配置を確認しておこう。


俺達のいた建物は『理学部棟3』だ。バイオ系の研究室と実習室がある建物だな。隣には物理系の建物もあり、その向こうにはAIや遺伝子工学の研究施設もある。この辺は理学部やバイオ系の施設が集まった区画なんだろうな。


よし、とりあえず大学正門と書いてある方向に行ってみよう。




ゆるやかな丘陵地を縫うように銀杏並木の道が走り、その両側に大学の建物が散在している。


構内のあちこちでゾンビがずるずる歩いているが、動きは極めて遅い。銀杏の木に隠れながらであれば、何とか見つからずに進める。


銀杏並木を下って行くと右手に広いグランドが見えてきたが、そこはショッキングな状況になっていた。


たぶん元は学生だったんだろうな、ジャージを着たゾンビがうようよいる。また、グランドのあちこちに遺体のようなものが横たわっている。


ゾンビ達は、思い思いにゾンビしてる感じだ。


遺体らしき物体にかぶりついている奴もいれば、ぼーっと立ってるだけの奴も、ひたすら彷徨っている奴もいる。ただ、間違いなく言えるのは、普通に生きてる人間は一人もいないっていうことだ。


心配になって陽奈を振り返ると、彼女はグランドの悲惨な状況から顔をそむけて、必死にそっちを見ないようにして歩いている。無理もない。正視に耐えない光景だ。


俺達は道の反対側に渡って、銀杏の木の陰を拾いながら慎重に進んだ。


グランドを通り過ぎてようやっと大学の正門が見えてきた。


見えてきた。




だが、何かおかしい。


いや正門がどんなだったかという記憶はないのだが……正門の向こうに大きな鉄板が隙間なく並べられていて、高さ5メートルほどの壁になっている。


鉄板の壁は正門の部分だけではなく、大学の外側をぐるっと取り巻いているようで、さらに近づいてよく見ると、壁の上には有刺鉄線がとぐろを巻いている。何人たりとも、絶対にここから外に出さないという強力な意思を感じる。


これは、封鎖されてるんだ。


この大学は、包囲され、隔離されてるんだ。


そうか。これでちょっと話が見えてきた。


たぶんここ1~2日中、俺がトイレでぶっ倒れ、陽奈がエレベーターの中に閉じ込められていた、その間に何事かが起こり、この大学を中心に局地的なゾンビパニックが発生し、かなりの被害が出たんだろう。


それでおそらく当局が動いて、この大学を封鎖し、隔離するために壁を作った、そういうことだろう。


数年前に新型コロナウイルスが全世界で流行った時、我が国の政府の動きは鈍い、遅い、事なかれ主義的だとずいぶん批判されたからな。だから今回はたった1~2日間で、おそらくいろいろな組織を動員して、とりあえず物理的な壁を作ったんだろうな。


「これはちょっと簡単に出られそうにないな」


陽奈を振り向くと、彼女も固い顔で隔離壁を見つめている。


「そうですね」


彼女もショックだろう。


「どこかに生存者のための出入り口が残してあるはずだ。壁沿いに歩いて行ってみよう」


「はい……」


彼女はとぼとぼと俺の後を付いてくる。




グランドの奥にはテニスコートがあり、大学の外周道路との間は背の高いネットと生け垣で隔てられている。


もちろんここにもずっと高い鉄板の壁が巡らされているのだが、コートの端に小さい通用門があって、そこだけネットも壁も途切れているのが見えた。幸いテニスコートにはゾンビがいない。がらんとしたコートに、夜の闇が徐々に浸みて来ている。


俺達はテニスコートを渡ってその通用門に近づこうとした。


その時。


通用門の向こう側、高い位置から突然、強力なライトが俺達の姿を照らした。


目が眩んで動けなくなった俺達に


「警告する! こちらに近づくな! こちらに近づくな! それ以上近づくと発砲する」


拡声器ががなり立てた。


俺は叫んだ。


「生存者だ! 生存者がいるんだ! この子だけでもここから出してやってくれ!」


無抵抗の意思を示すため両手を挙げ、精一杯、声を張り上げるが、向こうは全く聞く耳を持たない。


「もう一度警告する! こちらに近づくな! 発砲するぞ」


そう言った途端に『ターン!』と乾いた銃声が響いた。


本当に撃ちやがった! 冗談じゃねえぞ!


陽奈を振り返ると、可哀想にまた震えている。


「大丈夫か?」


陽奈は黙って頷く。


ダメだ。これ以上粘ると今度は威嚇射撃でなく本当にこっちを狙って撃ってくるかもしれない。引き返すしかない。


俺は後に陽奈をかばいながら両手を挙げたままで少しずつ後退しテニスコートから出た。そのまま平行移動してクラブの部室が入っているらしい平屋の建物の方に進み、建物の陰に入った。投光器の光はしつこく俺達を追っていたが、ここまで来てようやっと諦めたようだ。


空にはまだ夕暮れの光が残っているが、建物の陰はもうすっかり夜だ。


ふーっと息を吐いた……のは、陽奈だ。俺は息をしてないからな。暗くて顔がよく見えないが、陽奈は無言だ。たぶんまた固い顔をしてるだろう。見捨てられた、誰も助けには来ない、そんな気持ちを強くしたかもしれない。


それにしても。


恐怖のあまりパニックに陥った人間は、ゾンビなんかよりよっぽどタチが悪いな。


奴ら、生存者がいるかもしれないって分かってて、壁を作ってゾンビごとみな隔離してるんだろうか?


壁に近づく奴がいるとゾンビだろうが生存者だろうが問答無用で撃ってやがるのか?  何て奴らだ。


これは、えらいことになった。安易に脱出を試みると、かえって陽奈を危険な目に遭わせてしまう。


となると、とにかく外部に連絡を取ることが必須だな。そのためには……やはり陽奈のスマホを使えるようにすることか。


よし。


生協に行って、コンビニで電池式の充電器をゲットして研究室に戻ろう。やっぱり食料品や洗面道具なんかも要るな。こりゃ、長期戦になるかもしれない。


店が普通に開いてるわけはないが、こじ開けてでも商品を拝借しないといけない。この子の命がかかってるんだ。


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