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ゾンビ先生は美脚がお好き  作者: 改 鋭一
一日目 「壁」
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美少女剣士

やはり階段にはゾンビは全くいない。幸い階段を下りた1階の通路にもゾンビは全くおらず、掲示板の前を通って、またエントランスホールに出て来た。


ホールには2体、ゾンビがいた。


1体は、ああ、さっき屍肉を漁ってた美脚美女のお姉さんだ。満腹してこっちに移動してきたんだな。もう1体はスーツ姿のおっさんだ。こっちもおそらく元・教員だろうな。


どちらも建物の外の方を見てぼーっと佇んでいる。今のところ俺たちには気づいてないみたいだな。


さあ、問題はここからだ。


2体のゾンビは現在、左右の離れた場所にいる。


壁沿いを通っていくとゾンビの目の前を通っていくことになる。絶対に襲いかかってくるだろう。それだったら二人背中合わせになって真ん中をそーっと抜けていく方がまだ良さそうだ。




「陽奈、いいか、よく聞けよ」


俺は精一杯真面目な顔をして陽奈に作戦を伝える。


「二人背中合わせになってホールの真ん中を抜けていくぞ。俺は向かって左の奴を警戒する。お前は右側の奴に注意を払え。左の奴が向かってきたら俺がどうにかして抑えるが、同時に右は抑えられない。襲いかかってきたら、いよいよそのデッキブラシを使え。いいな」


陽奈は黙ってこくんとうなづく。よしよし、いい子だ。


「もしヤバくなったら、俺のことは一切構わず、さっき降りて来た階段の方に走って戻れ。絶対に外に逃げるな。外はどういう状況かまだ分らないからな。出た所で取り囲まれたらマジでアウトだ」


陽奈はもう一度こくんとうなづいた。


「そのバッグは重いし、逃げる時に邪魔になるから俺が預かっておこう。よし、行くぞ」


「せ、先生、ちょっと待って下さい」


しかし彼女がまた裾をつかんで俺を止める。


「何だ、また忘れ物か?」


「いえ、違うんです。これ、思い切り振り回したら折れちゃうかなと思って」


「ああ、別に構わないさ。折れたら別のトイレからまた持ってくるから」


「えー、これトイレのブラシなんですか!?」


あ、言っちゃった。まあ、バレたら仕方ない。


「そうだ。まあ気にするな」


「えー、ちょっと嫌かも」


そう言いながら陽奈はデッキブラシの柄を両手で竹刀のように握り、少し素振りして見せた。その姿は意外に様になっている。ほう、ちょっとした美少女剣士だな。


「格好良いじゃないか」


「え、そうですか?」


「よし、行こう!」


「はい!」


良い返事だ。




俺達は背中合わせになって、俺は左側のゾンビ姉さんを睨みつけ、陽奈はブラシを両手で上段に振りかぶったまま、カニ歩きで少しずつホールの中央に進んだ。


彼女の肩甲骨の辺りが俺の背中にぎゅっと押し当てられている。


熱い。


死んでいる俺からすると、熱く感じるぐらいの熱量だ。健康で元気な女子高生の体温だ。ちゃんと生きてるってことだ。この命は絶対に守らなきゃいけない。俺はぎりっと歯を噛みしめた。


ちょうどその時、ゾンビ姉さんが俺達に気づいたようだ。こっちを見てうううとうなり声をあげ始めた。


大きくはだけた胸から谷間が見えている。ああもったいない、もったいないお姉さんだ。さっきは俺を見て「ちっ!」という顔でスルーしてくれたが、またすぐに諦めてくれるだろうか。


「陽奈、そっちはどうだ?」


俺は小声で尋ねた。


「まだこっちには気づいてません……あ、いや、気づいたみたいです……こっち見てます」


ヤバいな……挟まれてしまう。


その時、俺はさらにまずいことに気づいた。


さっきは柱の陰になって見えなかったが、このエントランスホールから出たすぐ外にもう1体ゾンビが立っていた。青い服が見えるから、さっきの元警備員のおっさんじゃないかな。このまま外に出ようとすると、同時に3体相手することになる。それはキャパオーバーだ。


仕方ない、無理せずにいったん階段まで戻ろう。


「陽奈、まずい。ここを出た所にも1体ゾンビがいる。仕切り直しだ。いったん戻ろう」


「あ、はい」


俺達はホールの真ん中辺りまで進んで来ていたが、慌てて元に戻り始めた。




しかし、時既に遅し。


もったいない姉さんは、俺が背後に生きた人間を隠していることに気づいたようで、うなり声をあげながらこちらに向かってきた。


しかもスーツのおっさんまで動き出してしまったようだ。


「こっちに歩いてきてます。こっちに来ます」


陽奈の声はちょっと震えている。


ヤバいぞ……本当に挟まれてしまう。


カニ歩きのスピードを速めるが、もったいない姉さんはもうすぐそこまで来ている。やはりその視線は俺ではなく、後の陽奈を追ってるようだ。スーツのおっさんもうなり声をあげながらこっちに迫ってきている。


来る、来る、両方ともこっちに迫ってくる。


撤退だ。全力撤退だ。


陽奈、走れ! 階段に戻れ!




俺がそう叫ぼうとした時、スーツのおっさんが意外に俊敏な動きで距離を詰めてきた。


あ、ヤバい!


そう思ったその瞬間、


「いやああああああああっ!!!」


凄まじい悲鳴を上げながら、スーツのおっさんの横面に向かって陽奈がブラシのヘッドを叩きつけた。


『がん!』


鈍い衝撃音が響いた。


何の防御もなくこめかみ辺りにブラシの直撃をくらったおっさんは、陽奈がそのままブラシを振り抜くのと同時に横向きにぶっ倒れた。


見事なスイングだ。側頭部を破砕されたのだろう。おっさんはぶっ倒れたきりもう動かなかった。俺は声も出なかった。


しかしハッと気がつくと今度はもったいない姉さんが俺をスルーして陽奈の方につかみかかっていた。あ、来た、と思った時にはもう陽奈が動いていた。


「きゃああああああああっ!!!」


悲鳴を上げながらデッキブラシをぶんぶん振り回し、俺の鼻先をかすめたブラシのヘッドが今度はお姉さんの頸部に炸裂した。


『ばきっ!』


ブラシの柄が折れたのと同時にお姉さんの頸も折れていた。頭が変な方向に傾いたまま、もったいない姉さんはどたんと後に倒れて動かなくなった。


陽奈のブラシさばきは見事だった。だてに日頃重たいモップ筆を振り回してないな。圧倒的な強さだ。書道部じゃなくって剣道部か、野球部でも活躍できるんじゃないか。


っていうか俺、役に立たなさ過ぎで凹む。だってゾンビの皆さん、俺のことは全くスルーするんだもんな。やりにくいよ。




ただ、初バトルで完全勝利でも俺に爽快感はなかった。


正当防衛とはいえ、彼女に殺生させてしまった。ゾンビだから殺生とは言わないか。殺ゾンビさせてしまった。何かすっきりしない気分だ。


こいつらはゾンビで、彼女を襲った。襲ってきたから倒したまでだ。


でも彼らだって元は普通の人間だ。好きでゾンビになったわけじゃないだろう。彼らもこのゾンビパニックの被害者だ。こんな所でゾンビになって、しかもこんな倒され方をするなんて……気の毒としか言いようがない。


本当に倒すべきはこいつらじゃない。きっとこんな事態を引き起こした首謀者か責任者がいるはずだ。ブラシでぶん殴るべきはそっちだ。


見ると陽奈もゾンビを殴り倒したままの姿勢で固まってる。


「陽奈、大丈夫か?」


俺は彼女に歩み寄って声をかけた。


「先生……私……何か辛いです」


ヘッドが折れてただの木棒になったブラシをだらんと下ろしてポツリとつぶやいた。


「ゾンビをぶっ倒して爽快、じゃないか?」


彼女は首を左右に振った。


「こんなの嫌です。ゾンビになった人が可哀想です……ごめんなさい」


ああ、この子が俺と同じ感性を持っている子で良かった。ゾンビをぶっ倒して大笑いで「サイコー!」とか言ってる子だったら、ちょっと見方が変わってしまうところだった。


「でもな、ゾンビになってしまった奴らは気の毒ではあるが、遠慮してたらお前は食われてしまうんだぞ。こんなに可愛くて脚の綺麗な女子高生が犠牲になってしまうのは、俺は許せん。」


「脚とか関係ないんじゃないですか?」


「ああ、まあそうだな」


「先生って脚フェチなんですか? さっきも私の脚をじろじろ見てましたけど」


「う……そうです、ごめんなさい」


潔く謝ったのに思い切りジト目で見られてしまった。




まあ、いずれにせよもう一度作戦を立て直す必要があるな。


「背中合わせで進むとかえって動きが制限されるから、普通に並んで歩こう」


「私が後から付いて行くんじゃだめですか?」


「いいけど後から引っ張らないこと」


「はい……」


「それと、なるべくゾンビとの衝突は避けよう。つまり極力、奴らがいないところを縫って進もう」


「私もその方がいいです」


「ただ、本当に危ない時は正当防衛だから、遠慮なくブラシを振り回してオーケーだ」


「それは……気が進まないですけど、はい」


俺たちはいったん奥の通路まで退き、女子トイレで新しいデッキブラシをゲットして、またホールまで戻ってきた。


さあ、いよいよこの建物から出てみようか。


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