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ゾンビ先生は美脚がお好き  作者: 改 鋭一
一日目 「壁」
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見られたくないもの

通路に出た。


左右を確認する。


左のずっと先の方には夕陽が差し込んでいるが、通路全体はもう薄暗くなっている。


その夕陽が差し込んでいる辺りにさっきと同じゾンビが一体、まだぼーっと突っ立っているが、階段の近辺や、通路のこちら側にはゾンビはいない。


「よし、行こう」


すると後から何かに引っ張られる。


振り返ると、陽奈が腰を屈め、デッキブラシを片手に、俺のジャケットの裾をつかんで付いてくる。まるでマンガのような格好だ。いくら何でもそこまでビビらなくても。


「怖いのか?」


「い、いえ、だだ大丈夫です」


「研究室で留守番しとくか?」


「そ、そっちの方が怖いです」


「じゃ行こう」


「は、は、はい」


まあ、彼女が腰を屈めてくれた方が、ゾンビの視界に入りにくい分、有利な面もある。歩きにくいが、このスタイルで行こう。白衣から生足を出したへっぴり腰の女子高生を背後にかばいながら、俺は階段の方にゆっくり歩き始めた。


幸い先の方にいるゾンビはこちらを気にすることはなく、明後日の方角を向いてぼーっと突っ立ったままだ。




階段の前までたどり着いた。


ホッとして階段を下りようとする俺を、彼女が強く引っ張って止めた。


「せ、先生。山野先生」


「何だ?」


「あの……私……忘れ物があるんです」


「ん? 研究室にか?」


「そうじゃなくって、上の階に」


「んっ?」


「あの……あの……私、エレベーターから出た途端にゾンビが寄ってきたんで、バッグ投げ出して逃げちゃったんです」


「ああ、なるほど」


「でもスマホとかお財布とか大事な物がバッグの中に入ったままなんです」


「あー、そっか。じゃあ先にそっちを回収しに行こうか。スマホは重要な連絡手段になるしな」


「ですよね! すいません、お願いします」


「この上の階か?」


「はい、たぶんそうだと思います」


「おい陽奈、その後から引っ張るの止めてくれんか。階段でやられるとバランス崩してひっくり返りそうになるから」


「で、でも、『俺から離れるな』って言ったじゃないですか」


「もうちょっと離れて良いから」


「でも、でも、つかんでないと置いて行かれそうで」


「大丈夫だって」


そんなやり取りをしながら俺達は4階への階段を上がった。




階段にはゾンビはいない。何事もなく4階に到着し、通路に顔を出して左右を確認する。


あー、いるな、ゾンビ。


西日の差し込む左側の通路に2体。もう暗くなっている右側の通路に2体。でもみな距離はかなり離れてる。


それと、あ、確かにそこのローカに落ちてるよ。ショルダーバッグ。中を荒らされたりはしてないようだな。ゾンビは女子高生のバッグなんかには興味ないんだろう。


「あれだろ? 陽奈のバッグって」


「あっ、そうです、あれです。良かったあ」


「じゃあ、お前はここにいてろ。俺がちょっと行って取ってくるから」


「あ! 待って! 待って!」


彼女に強く引き戻されて、俺はずっこけそうになった。


「何だよ、そんなに引っ張ったら危ないだろ」


「ごめんなさい、ごめんなさい……」


急にまた涙目になっている女子高生に俺は戸惑った。


「たかが10メートルほど離れるのも怖いのか?」


「そうじゃないんです……エレベーターの扉が開いてて……」


「へ?」


俺は変な声を出してしまった。


確かに、エレベーターが最寄り階で扉を開け、彼女が出てきた時のままになってるようだが。


「エレベーターがどうかしたのか?」


「あの、あの……エレベーターの中を絶対に見ないで下さい」


消え入りそうな声で妙なことを哀願してくる。


あ? ああ、そうか。


しばらく考えて、ようやっと俺は理解した。


まる2日間も閉じ込められていたら、いろいろ生理現象も起るだろう。エレベーターの中が他人に見られたくない状態になってても無理はない。俺のようなおっさんなら笑い話で済むことでも、女子高生ならそうは行かないか。大変だな、女の子っていうのも。


「分かった。エレベーターの方は見ないようにするよ」


「ありがとうございます……ごめんなさい、変なこと言って……」


「いいよ。気にするな」


「でも絶対に見ないで下さいね」


「分った分った」




距離があったせいか、俺が通路に出て歩き出してもゾンビ達は全然反応しなかった。俺はエレベーターから思い切り顔を背けた姿勢で陽奈のショルダーバッグを拾い上げた。


教科書なんかが入ってるんだろう。可愛らしいキャラクターがくっついてる布製のバッグは見た目よりもずっと重たい。


「ほい、これだろ」


「あ、ありがとうございます」


階段で待つ彼女にバッグを渡す。財布やパスケース、学生証、スマホ、コスメ類のポーチなどがそのまま入っているのを確認して、彼女はほーっと安堵の息を吐いた。


何よりもまずスマホの電源を入れようとするのは今時の子だな。


しかし、連絡手段としても情報源としても期待していた彼女のスマホは、残念ながら充電が完全に切れてしまったようで電源が入らなかった。


「あー、充電切れちゃってる」


がっかりした顔だ。


「なあに、乾電池式の充電器さえあれば、すぐまた使えるようになるさ」


「充電器、お持ちですか?」


「いや、今は持ってないが、大学生協にコンビニがあるはずだ。そこに行けば電池ごと手に入る」


もしすぐにここを出られなかった場合のことを考えると食料が心許なかったが、コンビニに行けばインスタントの食料品も見つかるだろう。女の子だし洗面道具なんかも要るだろう。後で必要物品を探しに行こう。まあ、店が普通に営業してるとは思えないがな。


「エレベーターの中、見ませんでした?」


「見ねえよ」


「ほんっとうに見てませんよね?」


「何だ、エレベーターの中にも忘れ物してきたのか?」


「してませんっ!」


「そっちも拾ってきてやろうか?」


「要りませんっ!」


ちょっと元気になった陽奈を後に従えて階段を1階まで下りてきた。



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