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ゾンビ先生は美脚がお好き  作者: 改 鋭一
一日目 「壁」
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おもらし女子高生

元気な女子高生が必死で逃げてるのに、ゾンビでおっさんの俺が追いつくわけがない。彼女の姿は完全に見失ってしまったが、とりあえずえっちらおっちら階段を上がる。


ようやっと3階のフロアにさしかかった時、左の通路の方から


「きゃーっ!」


とまた悲鳴が聞こえ、こちらにバタバタ引き返してくる足音が響いた。


ほら言わんこっちゃない。


女の子はまた階段に逃げて来ようとして俺にぶつかりそうになり、


「いやあああああ!」


と凄まじい悲鳴を上げて今度は右側の通路を駆けていった。


そりゃまあ俺もゾンビだからしょうがないけど、可愛い女の子にそこまで嫌がられるとちょっと凹むな。


それに……何かそっちの通路も行き止まりな気がする。




俺は何となく見慣れた感じのするその通路を、ゆっくり歩いて彼女の後を追った。


しかしすぐにまた


「きゃあああああ!」


と悲鳴が聞こえ、こちらに走って引き返して来る彼女の姿が視界に入った。


そして彼女は通路の真ん中でぼーっと立っている俺を見て


「うぎゃあああああ!」


と今日一番の悲鳴をあげ、とうとう床にへたり込んでしまった。


彼女が今、引き返してきた先の方から、白衣を着たゾンビが1体、のろのろとこちらに歩いてきている。


背後を振り返ると、左側の通路にいたらしいゾンビが2体、さっきの階段の辺りまで歩いて来ていた。


あっちもこっちもゾンビだらけだ。


そしてこの俺もゾンビだ。


ゾンビに取り囲まれてしまった女の子は、床に座り込んだまま、もう逃げることも悲鳴を上げることもできなくなり、可哀想なぐらい全身をガクガク震わせ、両手で顔を覆ってシクシク泣いていた。




その時ふと俺は、そのすぐ右手にある、


『細胞生理3』


と書いてある部屋のドアに見覚えがあることに気付いた。


これ、ひょっとして、また生前の俺に関係のある部屋じゃないかな。


おれは若干焦りながらもポケットに手を突っ込んで鍵の束を取り出し、がちゃがちゃやってみた。


がちゃ……


一発目で開いたよ。


ご都合主義と言われてもしょうがないが、まあいいや。とりあえず彼女をこの部屋に避難させて、ゾンビ達は俺が追い払おう。


俺はドアを大きく開けて、彼女に


「おい、ここへ逃げろ」


促したが、彼女はちらっとこっちを見たものの、いやいやとかぶりを振ってまた顔を伏せてしまった。


「おい、何やってんだ、早く!」


少し語気を強めて言ったが、それでも両手で顔を覆ったままいやいやと首を振っている。


えい、もう、美人だけど面倒くさい子だな。


白衣を着たゾンビ野郎はもうすぐそこまで来てる。うなり声が通路に響いてる。俺は彼女の手をとって無理矢理立たせようとしたが、本当に腰が抜けているらしく全然立ち上がれない。


仕方なく俺は彼女を後から抱え込み、床をずるずる引きずって動かした。


「いやいやいやいや……」


力なく足を投げ出したまま彼女が引きずられた後には、濡れた痕ができていた。


可哀想に、恐怖のあまり、おしっこ漏らしてしまったみたいだ。


美人女子高生の尿失禁……何か微妙に心惹かれる。


いやしかし、今はそんな場合じゃない。


俺はともかく彼女を部屋の中まで引きずり込み、すぐに部屋を飛び出してドアを閉め、がちゃりと鍵をかけた。




「うがああああああ!」


白衣のゾンビは、もう俺の目の前に立っている。真正面から俺をにらみ付け、歯をむき出し、威嚇するような大声を出す。


怖い。


まじ怖い。


こいつにしたら、美味しそうな獲物を目の前で俺にかっさらわれたみたいなもんだからな。腹も立つだろう。


しかし俺は腕組みをしたまま真っ直ぐにらみ返してやった。


俺はもう死んでる。


死ぬより怖いことはない、って言うぐらいだ。俺はもう、そこを通り抜けた強者のはず。こんな奴、怖いことあるか。


「があああああああ!」


いや、ごめんなさい。怖いです。


しかし俺の毅然とした態度が効を奏したのか、しばらくにらみ合った末に白衣野郎は


「うぐぐぐぐ……」


と悔しそうな声を出しつつ、Uターンして元の方向に歩いて行った。


白衣野郎を見送り、転がっていたデッキブラシを拾って構え直したところに、今度は反対方向からゾンビ2体がやってきて、また俺とにらみ合うことになった。


しかしこいつらも、武器を構えた俺の一歩も引く気がなさそうな様子を見て諦めたようで、


「むううううう……」


「うぐうううう……」


と唸りながら引き返していった。


やた!


ゾンビ3体を撃退成功! 主人公は経験値を30得た……みたいな感じか。


でもこれでほぼ確定だな。基本的にゾンビはゾンビを襲わないんだ。よっぽど腹が減ったら共食いするかもしれないが。


となれば、もし生存者がいれば、今回のように俺が盾になって守ってやることができるってことだな。


あ、そんなことよりさっきのおもらし女子高生、大丈夫かな?




鍵を開けて部屋に入ると、女の子はバタバタ音を立ててデスクの下に逃げ込んだ。


おーい、だから、襲ったりしないってば。


「大丈夫だよ。危害は加えないから」


それでも彼女は机の下で体育座りして、頭を抱えてしくしく泣いている。さっきほどではないが身体もカタカタ細かく震えている。


可哀想に。恐い目にあったからなあ。


今いくら声をかけても、かえって怖がらせてしまうだけだ。こういう時はしばらく待つに限る。俺はドアの横にあったパイプ椅子を開いて、彼女から距離を置いた場所に座り、彼女が落ち着くのを待った。


1分……2分……3分……


その間に俺はさりげなく部屋の中の様子を確かめた。


さして広くはない。


部屋の奥、窓に面して大きなデスクがあり、周囲にパソコンが数台ある。その両脇には大きな本棚が向かい合っていて大量のファイルと専門書が雑然と並んでいる。手前の方にはロッカーや冷蔵庫もある。


そのまま扉なしで隣の部屋につながってて、そっちには大きな実験用キャビネットやオートクレーブ、遠心分離機や流し台なんかが見える。


いかにも『研究室』という感じだ。確か『細胞生理』って書いてあったよな。バイオ系の研究室のようだ。


この部屋の鍵を持ってたということは、俺がこの部屋の主なんだろうか。確かに何となく馴染みがあるというか、物の配置に違和感を感じない。しかし、自分がここで何の研究をしてたかは、全く思い出せないな。




気がつくと彼女は泣き止み、上目使いにこっちをちらちら見ている。どうも仕草が猫っぽい。


「ちょっと落ち着いたか?」


彼女はこっくりうなづいた。


「もう一度言っとくけど、俺は君に危害を加えるつもりは全然ないから」


もう一度こっくり。


よろしい。お利口さんだ。


「念のためにこれを君にあげるよ。こんなもんでもないよりマシだろう」


俺はデッキブラシを床に置いて、彼女の方にそーっと押しやった。


「俺が変な素振りを見せたら、それで俺をぶん殴って逃げたらいい」


彼女はデッキブラシを両手にとり、その木製の柄が意外にしっかりしてるのを確認してちょっとホッとした表情になった。トイレから持ってきたブラシだってことは内緒だぞ。


「あ、あの……」


おお、彼女が口を開いたぞ。ルックスに相応しい、可愛らしくもしっとりした声だ。


「あなたはここの大学の人ですか?」


「うーん、たぶんそう、だったみたいだ。記憶を失っててよく分からないけど」


「助けてもらって……ありがとうございます。助けてもらったのに怖がってすいません」


「いや、別に気にしなくてもいいよ。急に俺の姿を見たら、そりゃ怖かっただろう」


「あ、あなたはゾンビじゃないんですか?」


「いや、ゾンビだよ」


「ひいっ!」


彼女はまた泣きそうな顔になってデッキブラシを握り直した。


「ああ、いやいや、ゾンビにも種類があるのか、俺はさっきの奴らとは違うみたいだ。俺は今のところ理性もあるし、人を食いたい衝動なんかない。大丈夫だ」


彼女はまだ不安げな顔をしているが、とりあえずデッキブラシを床に下ろした。


「そんな所に潜り込んでないで、出て来てそこに座りなよ」


俺はデスクの前のオフィスチェアを顎で指した。


彼女はデスクの下からもそもそ出て来て座ろうとしたが、その時初めて自分が粗相をしてしまって、スカートやタイツがぐっしょり濡れていることに気づいたようだ。彼女が座り込んでいたデスクの下のカーペットも濡れて染みができている。


「私……私……ごめんなさい……」


まためそめそと泣き出してしまった。


あーあ、気づかないふりしてたんだけどな。


「いや、別に謝らなくてもいいよ。それだけ恐かったんだろう。生理現象だよ」


それに、こんな可愛い女子高生のおしっこなら全然オッケー。


いや、だからそんな問題じゃないだろ!


だいたい俺にはそういう趣味はない……と思うんだが。




何となくロッカーに白衣が入ってるんじゃないかという気がして開けて見ると、案の定、白衣が2着かかっていた。俺が着てたやつなんだろうな。サイズはLLだ。


「そっちの部屋に水道があるから、その制服、脱いで洗ったらどうだ。乾くまでこの白衣を着てたらいいよ。サイズが大きいからちょうど身体を隠してくれるだろう」


彼女は俺の顔をちらっと見て、しばらくじーっと考え込んでいたが、


「あ、あの、すいません……脱ぐところ、見ないでもらえますか?」


小さい声で恥ずかしそうに言う。


「ああ、もちろんだ。俺は部屋の外に出とくよ。終わったら声かけてくれ。洗った物を干すのはこのハンガーを使ったらいいから」


「ありがとうございます」


恥ずかしそうにうつむく彼女を残して俺は部屋の外に出る。


部屋の前に立って、左右に長い通路をもう一度見渡した。


さっきの白衣を着たゾンビ野郎は姿が見えない。どこかの部屋に戻って行ったのかもしれない。反対側の通路にいた2体のうち1体だけが元々の位置に戻ってぼーっと突っ立っているのが遠目に見える。


あいつら、階段を上がったり下りたりはしないんだな。1階にいた奴らも、階段を上がってきたりはしないんだろうか。


階段まで行って上下をのぞき込んでみるがゾンビはいない。


階段の横にある案内板によるとこの建物は5階建てのようだ。1階に講義室や実習室があり、2階から上にいろいろな研究室が入っている。


白衣を着たゾンビもいたってことは、いろいろな研究室にいた教員連中がみなゾンビになっているのかもしれない。生前の俺にとっては同僚達だ。1階にいた元警備員も、ひょっとすると顔見知りだったかもしれない。


ゾンビはゾンビなんだが、何だか気の毒だ。あいつらだって好きでゾンビになったんじゃない。俺と同じように、何かが起こって、気がついたらああなってたんだろう。


あ、そういえば、あの女子高生、なんでこの建物にいたんだろう。それになんであの子はゾンビになってないんだろう。


着替えが済んで落ち着いたら、いろいろ話を聞かないとな。



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