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ゾンビ先生は美脚がお好き  作者: 改 鋭一
三日目 「花嫁」
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最後の戦い

俺たちは荷物をまとめて研究室を後にした。


例のノートパソコンはそのまま葵に持って行ってもらうことにした。どこかでネットにつないでもらう予定だ。


他にも中和抗体や注射器、生理食塩水のアンプルなどいろいろバッグに詰め込んでいると結構な重さになってしまった。これは屋上まで俺がかついで行こう。


俺の研究室。


三日間ほどの宿だったが、もうここには戻って来ないと思うと何だかちょっと切ない。


特に陽奈にとってここは思い出深い場所になっただろう。スマホで記念写真を撮った上に、部屋を出てからも歩きながら何度も振り返っている。


俺たちが何となくしゅんとした雰囲気で屋上への階段を上がっている時だった。


また銃声が聞こえた。


しかもこれまでとは全く違った銃声だ。


タタタタタタタ……


ダーン! ダーン!


来やがった。また防護服の連中だ。しかも今度はサブマシンガンやショットガンまでご持参のようだ。まるで戦争だな。


急いで屋上に駆け上がり、縁から下をのぞき込んで確認する。


1、2、3、4……5人。黄色い防護服が5人。


いるいる。サブマシンガンを持った奴、ショットガンを構えてる奴、アサルトライフル抱えた奴。


しかもその後から迷彩柄の装甲車まで付いてきてる。


ははははは……


何だか笑えてくる。


こいつら何てしつこいんだ。


どこまでも生存者を追いかけて消さないと気が済まないらしい。もう生存者がいることは世間に知れ渡ってるのに、バカじゃなかろうか。




連中は、先ほど戦場になった辺りまで来ると、周囲のゾンビに対して容赦なく銃を連射し始めた。


元学生っぽいゾンビたちが、全身に銃弾を浴びてばたばたと倒れていく。別に連中に襲いかかったわけでもない、そこらを彷徨ってるだけのゾンビまでズタボロにされている。可哀想で見ていられない。


連中はこの辺りに集中しているゾンビが生存者狩りの邪魔になるため、無差別に掃討しようとしているのだ。


しかも連中、ショットガンでゾンビの頭を吹き飛ばすたびに「ヒャッホー」とか歓声を上げてやがる。


くっそ、止めろ! お前ら! お前らいったい何の権利があってゾンビを傷つけるんだ! みんな元人間なんだぞ。ウイルスに感染しただけ、みんなテロの犠牲者なんだぞ。お前らだってウイルスに感染したらこういう姿になるんだぞ。


ゾンビだったら撃ちまくってズタボロにしてもいいのか。頭を吹き飛ばしてもいいのか。ゾンビを何だと思ってるんだ! なめるんじゃねえ!


俺は怒りで頭の中が沸騰した。


「くそおおお! 貴様らあああ!」


叫びながら、すぐ横にあった、さっきまで狼煙を上げていた一斗缶を持ち上げ、葵が止めるのも聞かず、連中を目がけて放り投げてしまった。


連中がいる場所は思ったよりも遠い。一斗缶は連中のはるか手前の路上に落下した。


しかし、ガーン、ガランガランと大きな音がして、連中はハッとそちらの方を見た。一瞬、銃声が止まった。


その時だった。


どこからか「うおおおおおお」と不気味な声の合唱が聞こえてきた。


そして連中の背後、建物の陰から大量のゾンビが溢れるように現れ、連中に襲いかかった。


ゾンビたちは手に手に何か武器のようなものを持っている。


テニスのラケットを持ってる奴がいる。金属バットを持ってる奴がいる。ラクロスっていうのか? 棒の先にネットがついたのを振り回してる女子ゾンビもいる。部活やサークルの学生たちか。やるじゃねえか! グッジョブだ!


そして、その先頭に立っているのは……言うまでもない。


青い制服の警備員だ。相変わらず物干し竿みたいな長い棒を振り回し、学生ゾンビたちを率いて暴れに暴れている。


ああ、おっさん。


そこまでやってくれるのか。ありがとう。本当にありがとう。マジで泣けるぜ。




救助ヘリはまだ来ない。


俺たちは屋上の縁から身を乗り出し、手に汗を握りながらゾンビたちの戦いを応援している。


防護服の連中を挟み撃ちにしたゾンビたちがいったんは戦いの主導権を握ったが、何せ連中はサブマシンガンを持っている。連射されると近寄れない。その上、装甲車からも銃を連射し始めると、弾丸を浴びて動けなくなってしまうゾンビが続出した。


警備員のおっさんが明後日の方向から物干し竿を伸ばして防護服を釣り上げ、放り投げて、三人ほどはゾンビの餌になったが、残りの2人は装甲車を背にし、リロードのタイミングを互いに巧みにカバーし合って連射を続けている。かなりの手練れだ。


ゾンビ勢はじりじり押され始めた。その分、装甲車が少しずつこちらに動き出した。


まずい、まずいぞ。


ヘリはまだ来ない。


もうあと10分か……15分か……もう少しのはずだ。


それまで何とか、何とか連中を食い止めないといけない。


俺は、SOSを書く時に使ったモップを手にとり、現場に駆け下りて行こうとして、葵と陽奈に両脇をがっちり抱き止められた。


「止めて! あなたが行ってもどうにもならないわよ!」


「いや、しかし……」


「いやしかしじゃないわよ! お願い行かないで」


「ううう……」


女神を力づくで振り払って行くことはできない。泣きそうになりながら、もう一度ゾンビたちの戦況を見守る。


防護服の連中と装甲車はじりじりとこちらに向かってくる。隣の建物の横でいったん停まるかと思いきや、そのままこちらの建物に向かってきた。


やはりな。こっちの建物に生存者がいることは連中も分かっているんだ。連中が隣の建物を調べる間に時間稼ぎができるかもという淡い期待はもう消えた。


もう本当に時間がない。早く、早く来てくれ、救助ヘリ。




その時、信じられないことに、何人かのゾンビが自ら装甲車の前に身を投げ出した。


何だ? どうしたんだ?


装甲車はお構いなしにゾンビを踏み越えようとする。大きな車輪の下で踏み潰されていくゾンビたち……無残だ。


しかし、次から次からゾンビが飛び込んで行くため徐々に装甲車の底が持ち上がり、片輪が浮き始めた。


そして下敷きになったゾンビたちが一斉に「うおおおおおお!」と声を上げながら起き上がったんだ。


あっという間に装甲車はごろんと横転した。装甲車の横でサブマシンガンを連射していた奴の一方が、車体の下敷きになったのか姿が見えなくなった。残った一人もリロード中に警備員に突っかけられて宙を舞い、着地した所に食欲旺盛な大学生たちが一斉に群がってお食事タイムとなった。


ようやっと銃声は止んだ。


よし! やった! 連中を倒したぞ。ゾンビだってやればできるんだ。


……しかし喜びはつかの間だった。


銀杏並木の向こうからまた装甲車が、今度は二台連なって走ってきたのだ。


キリがない。


奴ら、いったいどんだけいるんだ。倒しても倒しても出てくるな。まるで奴らこそゾンビのようだ。


装甲車は銃を掃射しながらゾンビたちの中に突っ込んできた。そして車を停め、ひたすら周囲に銃弾を浴びせている。


人海戦術で装甲車の下に身を投げようにも、車が動いてなければどうにもできない。これではゾンビたちも手の出しようがない。


ゾンビたちは次々に撃たれて倒れて行く。やむを得ない。今度はゾンビの方がいったん撤退だ。生き残ったゾンビたちは建物の陰に逃げ込んだ。


周囲にゾンビがいなくなったのを見届けて装甲車はゆっくりと走りだし、とうとう俺たちがいるこの建物の前までやってきた。


まずい! 強烈にまずい!


奴ら、とうとう来やがった。ここに来やがった。


どうするんだよ。俺一人で女神二人を守れねえよ。


ああ、やっぱりもっと早くにこの建物から逃げるべきだったか。


いや、もう、そんなこと言っても遅い。


ここにある一斗缶をいくつか投げ落としてやろうか。


いや、装甲車相手にそんなことしても蛙の面にションベンだ。


どうするんだ、どうするんだ。


いや待てよ、まだ非常階段から逃げられるか?


俺は反対側にある非常階段の所に走って行って下をのぞき込んだ。下にはゾンビが数体いるだけで、まだ防護服の奴らはいない。


よし、やつらが装甲車から降りてきて展開する前に、非常階段を下りよう! 早く!


俺がそう決断して、葵たちに声をかけようとした時だった。




ぱたぱたぱたぱたぱたぱた……


彼方から待ちわびた音が聞こえてきた。


来たよ。やっと来た。


西の方角から1機のヘリが、報道ヘリより明らかに低い高度を飛んで近づいてくる。間違いない。救助ヘリだ。


もう目印になる狼煙は上がっていない。俺たちはジャケットや白衣を脱いで振り回し、おーいおーいを繰り返した。早く来い、こっち来い。



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