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ゾンビ先生は美脚がお好き  作者: 改 鋭一
三日目 「花嫁」
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土壇場のプロポーズ

「平成大病院の感染症対策の個室を3つ押えることができたわ。ヘリポートの使用許可も下りたって。これで受け入れ体勢の方は大丈夫よ」


電話を切った葵がドヤ顔で報告してくれる。


「そりゃすごい。よく他所の大学病院がそれだけ動いてくれたな」


「後輩が平成大の救急にいるのよ。その縁で私も外部講師として教えに行ったことあるし、全然知らない所じゃないのよ」


「へええ、そうだったんだ」


俺は素直に感心した。


しかし。言いたくはないが……いよいよここできちんと言っておかないといけない。もうそろそろいい加減、はっきりさせないといけない。


「ただ葵、部屋は2つでいいぞ。俺の部屋は要らん」


「まだそんなこと言うの? 意地でもあなたを連れて行くわよ」


葵の目つきが険しくなる。


「葵……そう言ってくれるのはありがたいがな……」




そこから小一時間、俺は葵を説得した。


俺の身体からは改良型とはいえ危険なウイルスがまだ排出されていること。中和抗体はあるが、数に限りがある。使わないで済めばそれに越したことはないこと。心臓はまだ止まっていないとしても、俺は絶対に回復不能であること。


そして、いつ理性を失って暴れ出すかも分からないこと。


そしてもう一つ、俺がここを出て行くわけにはいかない理由があった。


自分がウイルスを播いたわけではないにせよ、俺はこのウイルスの製作者だ。このゾンビパニックに関する責任は極めて大きい。


テロリストの手にウイルスが渡らないよう、自分の身体にウイルスを投与してまでしてがんばったが、結局こういう事態になってしまった。これは俺のドジだ。過失だ。


その俺が、「自分はまだ心臓止まってないんです」とか言ってここを逃げ出すことは絶対に許されない。


ウイルスの犠牲になった人たちと一緒にここに留まり、責任を持ってこのゾンビパニックに最後まで付き合うべきだ。それが当然だろう。




しかし、俺がいくら説得しても葵は折れなかった。


葵の目からはまたぽろぽろと涙がこぼれてきた。


「圭……あなたはまた私を捨てるの? 私と一緒には来てくれないの? まだ助かるかもしれないのに?」


そう言われると俺には返す言葉がない。


それにこの葵の涙……心に突き刺さってくるものがある。胸が痛い。息が苦しい。


「……違う、違うんだ、葵」


辛うじて絞り出した言葉は、言葉になってない。


葵だって、俺が言っていることは、頭ではよく分かっているだろう。しかし認めたくないんだ。受け入れたくないんだ。俺が妹の死を受け入れなかったように。


葵は、昨日も涙していた。俺の研究を止められなかった、俺がヤバいことになってるという言葉を信じられなかった、そう言って、泣きながら俺に謝っていた。罪悪感……そのために、俺を助けることに固執せざるを得ないんだろう。


いや、俺だって、一緒に行けるものなら行きたいよ。葵の気持ちに応えてやりたいよ。


ノートPCのファイルに書いてあった。


……葵を幸せにしてやりたかった。


……葵と一緒に、『幸せな家庭』ってやつを持ちたかった。


その気持ちは嘘じゃない。本当の本気のマジの気持ちだ。


葵、心の底からお前を愛してる。


捨てるなんてとんでもない。


でもお前には絶対に生き延びてもらいたい。だからこそ、一緒には行けないんだ。愛してるからこそ、行けないんだ。


この気持ち、どうやったら伝えられるんだ……


胸が痛い。息が苦しい。


その時、腐りかけた大脳が俺の口を勝手に動かし、苦し紛れのとんでもない言葉が吐き出された。


「葵、今ここで俺と結婚してくれ!」


!!


一瞬、研究室の中がしーんと静まり返った。


何てことを言うんだ……口にしたのは俺だが、自ら恥ずかしさと情けなさで消えたくなった。


いくら愛を伝える手段だとしても、言うに事欠いて、この土壇場でプロポーズとは。しかも前に一度、自分から婚約破棄してるんだろ。


馬鹿も休み休み言えよ。スベり過ぎだろ。


……ただ、葵は当然これを断るだろうし、断ってくれたら葵自身もちょっと気が楽になるんじゃないか、俺を置いて行きやすくなるんじゃないか、そういう窮余の一策でもあった。


しかし。




「いいわよ」


葵は真顔で答えた。


俺はきょとんとした。


え? 今、何つった?


思わず横にいる陽奈の顔をうかがったが、陽奈も驚愕の表情を浮かべたまま、俺と葵の顔を交互に見ている。


「いいわよ、って言ったのよ! 何よ、その顔」


葵はふくれっ面になった。


「いや……しかし……葵さんよ。俺はゾンビなんだぜ。心臓は止まりかけてるし、もう間もなく死ぬ。そうなったらお前はいきなり未亡人だ」


「分かってるわよそんなの。あなたが結婚してくれって言うから、いいわよって答えてるんじゃない」


「ほ、本当にいいのか、それで」


「しつこいわね。いいわよって言ってるでしょ」


「そ、そうか」


葵は長い睫毛に残っていた涙のしずくを拳でぐいっと拭い笑顔になった。その笑顔を見ると俺の心の中も、雨が止んだように明るくなってきた。


まあいいか。葵が、女神が、それで笑顔になってくれるなら。


いや、いろいろ問題はあるんだが……自分の言い出したことだ。もうあれこれ考えてもしょうがない。


見ると陽奈もホッとしたような笑顔を浮かべている。


三人それぞれ顔を見合わせ、照れたように笑い合った。


「陽奈ちゃん、今からここで式をするから立会人になってくれる?」


ええっ!?


本当に今からここで結婚式するの!?


「いいですよ! あ、私、神父さんの台詞知ってますよ」


「あ、じゃあ、神父さん役してくれる?」


「やりますやります。ちょうどこの白衣着てるから聖職者っぽいでしょ」


「そうね、それっぽいわ。私もドレスの代わりに白衣着ようかな。圭、この大きい白衣、貸してくれる?」


「あ、ああ、別にいいけど」


何だかまだ狐につままれたような感じの俺だったが、陽奈に促されてよれよれになったジャケットを着直し、葵の横で気をつけをさせられてしまった。



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