表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゾンビ先生は美脚がお好き  作者: 改 鋭一
三日目 「花嫁」
37/44

獅子奮迅

しばらくして最初に飛んできたヘリは引き返していったが、西の方角からは入れ違いでもう1機飛んできた。


しばらく上を向いておーいおーいを続けているうちに手も首もだるくなってきた。


これだけやればもういいか。


そう思ってダレたところに


パーン!


また銃声だ。


しかも今度は音が近い。慌ててまた屋上の縁から下をのぞき込む。


いた。


間違いない。昨日と同じ黄色い防護服だ。ご大層な防毒マスクも着けている。


昨日と違うのは人数が増えたことだ。2人どころじゃない。6……7……8人いる。ライフル銃を構えたまま、横に拡がった陣形で、銀杏並木をこちらにゆっくり下ってくる。


そして隣の隣の建物の所で立ち止まったかと思うと、さっと2組に分かれて中に入っていった。


……やはり狙いはゾンビではないな。その辺にゾンビが歩いていても、奴ら、知らん顔してる。ゾンビが襲いかかってきた時だけ発砲しているようだ。


間違いなく生存者狩りだ。建物一つ一つを調べてるんだ。


やばいぞ。銀杏並木添いに進んできてるんだとすると、次の次がもうこの建物だ。


周囲にゾンビがやたらと群がってて、ヘリが上空を旋回してて、屋上からは狼煙まで上がってる。俺達がいるこの建物からは『ここに何かいるぞ』的な怪しいオーラがいっぱい出ているだろう。次の建物を飛ばしていきなりこっちに来るかもしれない。


やばい……思ったよりも時間がない。


この建物から逃げるか。逃げるなら今が最後のチャンスだ。


いや、しかしここから逃げても安全が確認された場所はない。大学病院だって、今は黄色い防護服がいっぱいいるかもしれない。移動途中も危険だらけだ。


それならここ、このゾンビの壁で守られた『ゾンビの城』に籠城する方がまだ安全か。


しかし救助要請を急がないといけない。この建物の中に連中が入ってきてしまうともう逃げ場がない。


焦る。焦る。




ちょうどその時、陽奈の携帯が鳴った。母親からのようだ。


陽奈はもう躊躇することなく即座に電話に出た。


「うん……うん……分かった。うん……分かった。伝えとく」


電話を切った陽奈は息急きって報告してくれた。


「朝のニュース番組で私たちの姿とSOSの文字がバッチリ映ってて、どのチャンネル回してもこの大学のことで持ちきりみたいです。生存者がいるのに政府は何やってるんだって話になってるらしいです」


よっしゃ! 狙い通りだ。


やるじゃないかマスメディア。盛り上げてくれ、どんどん盛り上げてくれ。生存者はここにいるぞ。


それを聞いて葵ももう一度両親に状況確認の電話をかけてくれた。


葵の両親もいろいろ動いてくれていて、特にお父さんは、啓蒙大学OBの政治家まで使って政府を動かそうとしてくれてるみたいだ。一人娘の命がかかってるんだから当然とはいえ有り難い。


それでもまだ救助隊のヘリは来ない。防護服の連中の動きも止まらない。




パーン!


まただ。


パーン! パーン!


ん? 奴ら銃を連発し出したぞ。


見ると、連中が先の建物から出てきてこちらに向かうところで、この建物を取り巻くゾンビの壁の最外層に接触し始めている。


ん? あれは何だ?


大柄なゾンビが一体、その最前線で荒れ狂っている。


どこから持ってきたのか、物干し竿のような長い棒をぶんぶん振り回して、防護服の連中に突っかかっている。連中もたじたじの態で、時おり発砲するがゾンビの動きが激し過ぎて当たらない。


パーン! パーン!


あれ、あの元警備員じゃねえか!


間違いない。あの青い制服。あいつだ。


何だあいつ、何であんな所で暴れてるんだ?


しかしすごい暴れようだ。物干し竿で引っかけて防護服の奴を一人すっ飛ばしたぞ。


パンッパンッ!


あ、発砲した防護服の所に向かって行って物干し竿で突き技を連発してる。あ、また一人すっ飛んだ。すげえ。獅子奮迅の働きだ。


勢いに乗って他のゾンビも防護服につかみかかって行く。


騒ぎに気付いた手前の方のゾンビもそちらに歩き出した。


うおおおおおお、という鬨の声のようなものが聞こえてくる。


ゾンビの波状攻撃で防護服の連中は発砲する間を与えてもらえない。しかも隊形が乱れ、同士討ちのリスクを考えるとむやみに引き金を引けない。


形勢は明らかにゾンビ側優勢だ。ゾンビたちに押されて連中はじりじり下がり出した。銃を構えつつも下がり、下がり、とうとう「撤退!」の声がかかったようだ。全員くるっと回れ右をして元の方向に走って逃げて行った。




やった! 撃退したぞ!


すげえ! ゾンビのみんな、ありがとう!


元警備員は、物干し竿をぐるぐる回してズン! と地面に突き立て、『ここは絶対に通さん』と言わんばかりに仁王立ちになっている。


何と頼もしいその姿。まるで伝説の大魔神のようだ。


カ、カッコいいぞ、おっさん!!


「あ! あのゾンビ、あなたが昨日カップ麺あげてた奴じゃないの?」


「お友達なんですか?」


見ていた葵も陽奈も気付いたようだ。


「ああ、友達だ。ゾンビ仲間だ。『奴』なんて呼んでくれるな。『元警備員様』だ」


俺は胸が熱くなった。


おっさんが俺達を守るべく暴れてくれたのか、単にゾンビの本能で荒れ狂ってただけなのかは分からない。


でも俺の脳裏には昨日おっさんが嬉しそうな顔でゆっくり会釈してくれた場面が残ってる。おっさんがカップ麺の恩義を感じて仲間のために戦ってくれたと俺は信じている。


泣けるぜ。




黄色い防護服の連中はいったん退いた。


しかし連中がこれで諦めるはずはない。必ず、人を増やして、武器を増やして、またここに向かってくるだろう。連中に命令を下してる奴らがいる限り。


時間はない。


今の内に何とか救助が来てくれないかと願うが、飛んでくるヘリはみな報道関係みたいだ。高い所を旋回するばかりで、こちらに対するアクションはない。


葵や陽奈の家族にいろいろ任せて、俺がここで他力本願に待っていても埒が開かない。


俺もゾンビ仲間に負けてられない。もっと動かないと。


よしこちらからもっと積極的に救援要請を出そう。葵から携帯を借りて、俺はダメ元で119番に電話した。


「はい119番消防です。火事ですか? 救急ですか?」


電話はすぐにかかった。威勢の良い兄ちゃんの声だ。


「あ、すいません。救急になると思います」


「救急ですね。場所はどちらですか?」


「ええっと、啓蒙大学のキャンパス内なんですが」


「プチッ……ツー、ツー、ツー……」


おおーいっ! いきなりガチャ切りかよっ!


ひでえな。啓蒙の名前が出た途端に瞬殺だ。噂以上の嫌われぶりだ。


せめて「営業の電話はお断りしてます」とか「間に合ってます」とか言ってから切ってくれたら良いのに。いや、そうじゃないか。


これじゃ何度かけても同じだな。やり方を変えないと。


よし、今度は110番だ。


啓蒙大学の名前は出さず、かつもっとインパクトのある通報をしよう。とりあえず話を聞いてもらえなければ救急要請どころではない。


アンタ何やってんの!? 的な顔で葵も陽奈もこちらを見ている。


話の内容を聞かれないよう、二人に背を向け、隅の方に行って110に電話する。




「はい110番警察署です。事件ですか? 事故ですか?」


今度はちょっとドスの利いた女性の声だ。


「あ、事件です」


「場所はどちらですか?」


「場所は言えません」


「はあ!?」


いきなりオバさんの声が半オクターブほど上がった。


「ついでに言うと、事件はこれから起こります」


「イタズラですか? この通話は録音されてますよ。あなたの番号も見えてますよ」


「イタズラじゃないです」


俺は努めて落ち着いた声でゆっくり話した。


「私は今、女性二人の身柄を預かってます。そして私自身は危険なウイルスに感染しています。今から女性二人にキスをします。そうすると彼女たちも感染してしまいます」


「あなた、そういうこと言ってるだけでも犯罪になること、分かってますか?」


オバさんの声も冷静さを取り戻した。質の悪いイタズラだと判断されてしまったようだ。


「分かってます。それでも警察に動いて欲しいんです。女性二人を救助してやって欲しいんです」


「あなたがその女性たちを解放すればいいだけでしょ?」


「それがそう簡単に行かないから困ってるんです。救助ヘリが要るんです」


「あのね、警察は今、大変なんです。馬鹿なイタズラに付き合ってる暇はないんです、切りますよ」


「あ、待って下さい。そんなことを言うんだったら彼女たちにキスしますよ」


「どうぞご自由に」


「あ、あ、待って下さい! キスだけじゃ済みませんよ!」


その時、後から頭をバシッとはたかれた。


「何バカなこと叫んでるのよ!」


いつの間にか背後に忍び寄っていた葵に無理矢理携帯を奪われ、電話を切られてしまった。


「何するんだよ、頭の傷が開くじゃないか」


「アンタの頭なんて縫わなきゃ良かったわ! 私の携帯でヘンなことしないでよ。私がイタ電したことになるじゃないの」


「だって救急が相手にしてくれないんだったら、警察のSATにでも来てもらわなきゃしょうがないじゃないか」


「レインボーブリッジでも爆破しない限りそんなもの来るわけないでしょ。あなた本物の馬鹿?」


見ると向こうの方で陽奈も怒った顔をして腰に手を当て仁王立ちになっている。


何か急に恥ずかしくなってきた。


こんな馬鹿で乱暴なアイデアしか出てこないというのは、やはり俺の脳がだいぶスカスカになってきている証拠かもしれない。


しかし、119番も110番も相手にしてくれない。いきなり自衛隊に連絡しても取り合ってもらえるとは思えない。


どうしたらいいんだ……



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ