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ゾンビ先生は美脚がお好き  作者: 改 鋭一
二日目夜 「記憶」
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地獄の沙汰も情報次第

その後しばらくして陽奈の携帯がまた鳴った。


母親からのようだが、今度はそれほど嫌な顔もせずすぐに電話に出たので、俺と葵はまた顔を見合わせて笑顔になった。


ところがしばらくして陽奈が俺に話を替わってくれと携帯を持って来たんだ。


陽奈の母親……陽奈の話じゃ、とんでもない毒親か、モンスターか、そんなイメージだった。


「うちの娘に何てことしてくれたんですか!」とか、いきなり難癖つけられたりするんじゃないかと思って、ちょっとビクビクしながら俺は電話を替わった。


しかし陽奈母はごく普通に会話のできる常識的な女性だった。また涙声になりながら、娘を助けてもらってありがとうございますと散々礼を言われた。


陽奈母はあれからいろんなところに連絡しまくって「娘と教員が大学構内に閉じ込められている」と訴えてくれたらしい。ただやはり110番は『管轄外』、119番は『アクセス不能』を理由に取り合ってらえなかったそうだ。


お役所関係も相手にしてくれず、陽奈が通っていた啓蒙大附属高校も、大学本体が隔離閉鎖されてしまったため身動きがとれず、生徒の無事を確認するぐらいしかできていないらしい。まあそんなところだろう。


この大学内での出来事について、政府からも行政からも公式発表はまだ出ておらず、


『危険な感染症が蔓延している』

『ゾンビパニックが起こっている』

『そのため厳重に隔離封鎖されている』

『もう生存者はいない』


等の情報が、壁の外に集まった人に口頭で伝えられているだけで、世の中のほとんどの人には知らされていないようだ。


やはりな。


当局は、マスメディアやネットがダウンしているのを良いことに、生存者の存在を無視したまま全てを闇に葬ろうとしているんだ。




陽奈母によると、この夕方頃からテレビ放送は徐々に復活しているという。ただまだスタジオから大規模停電や電波障害についてのニュースを繰り返し流しているだけらしい。


それを聞いた俺の脳裏にあるシーンが浮かんだ。


バタバタバタバタ……


うるさいローターの回転音をバックにレポーターがマイクを持って声を張り上げている。


「みなさん! ここが謎の事件で隔離封鎖されている啓蒙大学の構内です。ご覧下さい。あそこにSOSの大きい文字が見えます。『全員絶望』との政府発表がありましたが、実際には生存者がいて、救助を求めているもようです!」


報道ヘリからの実況中継の場面だ。


明朝には各種のメディアも通常モードに戻るだろう。


情報に飢えた国民の目の前に朝一番で現れるのが、啓蒙大学の異様な状態と、そして生存者のSOSだ。ニュース番組もワイドショーも飛びつくだろう。


いかに当局が情報を圧殺しようとしても、民衆の強力な野次馬根性には勝てない。絵になる情報を出した者の勝ちだ。地獄の沙汰も情報次第だ。


俺はマスメディアは好きではないが、こういう時には利用価値がある。要するに、メディアに餌をまいて呼び寄せる、大々的に報道させる。そういうことだ。マスコミに大きく出てしまえば、当局ももう俺たちを抹殺することはできない。


これだ! この方法で行こう。


陽奈母に礼を言って、俺はいったん陽奈に電話を返した。


早速葵に携帯を借りてあちこちの放送局に電話をしようとしたが……よく考えると電話番号が分からない。そこいらを探しても最近は電話帳なんてとんと見なくなったし、ネットがないと調べようもない。


仕方なくもう一度陽奈に電話を替ってもらい、陽奈母に知人・友人のネットワークで放送局や新聞社の電話番号を集めてもらうようにお願いした。




ほどなく陽奈母から電話があり、メディア各社の電話番号が判明した。こういう時はやっぱり人力が一番確実だな。


俺は葵の携帯を借りて片っ端から電話しまくった。


「はい、プチテレビジョンです。現在当社は大規模停電のためお客様センターでの対応を中止させていただいております……」


「はい、見本テレビです。視聴者センターの受付時間は月曜から金曜の8時から18時までとなっております……」


ちっ、大きな局ほど対応が上から目線だな。視聴者の声に耳を傾けようという姿勢じゃない。


次だ、次。


あっ、ここはちゃんとかかったぞ。


「もしもし、私、啓蒙大学理学部の助教で山野といいます。実は私、今、大学構内にいるんですが、ここで起こっている出来事と生存者について重要な情報がありましてお電話させていただきました……」


結局、10社以上電話してちゃんと話を聞いてもらえたのは3社だけだった。


ただその3社とも凄い食いつきで、今すぐに取材に行きます! みたいな勢いだったからそれはご遠慮願った。だってこんな時間から普通に取材に来たって壁のところでに追い返されて終わりだろ。


その代わり、大学のどこかに大きくSOSのメッセージを出しますので、明朝できれば報道ヘリを飛ばして下さい、と強くお願いしておいた。


「絵になりますよ」


決め台詞はこれだ。


さあ、これで啓蒙大学構内のバイオテロの事実と生存者の存在は世に広く知れ渡るだろう。


あとはその上で救急要請を出すことだ。今119にかけても相手にしてもらえないが、生存者がいることが大ニュースになってから改めて要請を出せば、救助用のヘリを出してもらえるかもしれない。


しかもその一部始終が報道されていれば、当局も手出しはできないはずだ。国民みんなの見てる前で生存者救助の邪魔なんてできないだろう。


ニュースになんてなりたくはないが致し方ない。葵と陽奈の安全のためだ。




夜も更けてきた。


明日は夜明けと同時に行動開始だ。


葵と陽奈がソファーで仲良く肩を寄せ合って眠っているのを横目に、俺は定期的に本棚の雑誌類を抜き出して1階に持って下り、建物の周りに配置した一斗缶の中に投げ込んだ。


とにかく夜の間は火を繋ぎ、煙を絶やさないようにする。


建物の周囲には煙が立ちこめ、そこをたくさんのゾンビがうろうろ彷徨っている。学内のゾンビがみんな集まったんじゃないかと思うぐらいの数だ。


しめしめ。これぐらいゾンビが集まれば、防護服の連中もそう簡単にはこの建物に近づけまい。


建物の周りをゾンビが取り囲んでいるのは、報道ヘリが上から映しても異様な光景だろう。まさにゾンビ映画やゲームに出てきそうなシーンだ。


それもまた願ったりだ。


ゾンビの皆さんには申し訳ないが、報道映像がショッキングであればあるほど、視聴率が上がれば上がるほど、葵と陽奈は安全になる。


とにかく皆さんにはがんばってもらわないといけない。俺はせっせと雑誌を一斗缶の中に投入した。


気のせいか俺の鼻にもこの焦げ臭く煙たい匂いが、何だか懐かしいほんわかした匂いに感じるようになってきた。


どんどんゾンビ化が進行してるためだろうか。だとするとあんまり有り難いことじゃないな。



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