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ゾンビ先生は美脚がお好き  作者: 改 鋭一
二日目夜 「記憶」
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涙の理由

いろいろな部分が抜けていて、全体としてつながっていなかったパズルが、ようやっと全てつながった。


ただ、完成した絵はとても悲しい絵だった。見なくて済むのなら見なかったか……いや、そんなことはないな。いつか向き合わなくてはいけなかった絵だ。


それは今、俺の目の前に突きつけられ、どっちにせよもう逃げることはできなくなってしまった。俺はその絵を前に、ただただ涙した。


気がついたら俺はソファに寝かされていた。うっすら目を開けると、涙でにじんだ視界に、心配そうな顔でこちらをのぞき込んでいる葵と、その向こうには陽奈が見えた。


「大丈夫?」


「……あ、ああ」


別に大声を出したわけでもないのに声がかすれてる。


「全部、思い出したのね」


「……ああ」


「びっくりしたわ。黙ったままずっと大泣きしてるんだもん」


「すまん」


「ううん、こっちこそごめん。あなたがそんなに泣くなんて思ってなかったから……」


「ごめんなさい。私が余計なことを言ったせいで……」


陽奈が涙目で謝ってくる。


「いいんだ、いいんだ」


俺は慌てて起き上がってそれを遮る。


「お前がカップ麺持って『お兄ちゃん』って言ってくれたおかげで、俺は大事なこと……絶対に思い出さなきゃならないことを思い出せたんだ。むしろ礼を言わなきゃならん。陽奈、ありがとう」


「……」


陽奈は黙ったまま、ぐしぐし目をこすっている。


「それと葵……」


俺は葵の方を向いて続ける。


「ん、何?」


葵は小首を傾げている。俺はどうしても葵に言わなければならなかった。


「葵、すまなかった。あれだけ止めてくれたのに、俺は間違った方向に行ってしまった。俺は馬鹿だった」


「……だから、あなたが馬鹿なのは大昔から知ってるって」


葵はさっきと同じ台詞で柔らかく笑っている。


「でも、あなたがそうやってちゃんと謝ってくれるなら、その謝罪の言葉、受け取ってあげるわ。それに、私も馬鹿だからおあいこよ」


「ありがとう」




「っていうかあなたがそんなに泣いてるのも初めて見た気がするけど……本当に大丈夫? ごめんね」


「ああ、大丈夫だ、ありがとう。俺は……」


「ん?」


「いや、いい」


「良くないわよ。ちゃんと言いなさいよ。俺は、何?」


「俺は……俺は、逃げてきたんだ、ずっと。泣くことから。ちゃんと泣いてなかったんだ」


「ちゃんと泣いてなかった? 何それ?」


「心臓が止まって、呼吸が止まって、瞳孔が開いてしまえば、それは『死』ってことなんだよ。それなのに俺は『そうじゃない、そうじゃない』って否定し続けてきた。佳代の『死』に直面して、悲しみや喪失感で泣き崩れながらもそれを受け止める、そういうことからずっと逃げてきたんだ」


葵も陽奈も神妙な顔をして聞いてくれている。


「思えば、必死で勉強して医学部に入ったのも、妹の死から目を逸らすことになってた。医学部に入った達成感でしばらく辛いことも忘れられた。


研究に没頭したのも担当の子供達の『死』から逃げるためだ。ネズミのゾンビを作って粋がってる間は、家族に死を宣告する罪悪感から目を背けてられた。全部悪あがきだ。


俺はこれまで、ちゃんと泣いてなかったんだ。


妹は死んだ。心臓移植が間に合わず、渡米予定の10日前に死んでしまったんだ。それなのに俺はそれを受入れず、泣きもせずに逆らい続けてきた。


でも妹はもう死んだんだ。もういないんだ」


ダメだ。話しながら鼻の奥がツンとしてきて、また目から涙が溢れてきた。


「……さっき俺はようやっとそのことを思い出した。だから泣いたんだ。ちゃんと、泣いたんだ」


見ると葵も陽奈も赤い目をして俺に付き合ってくれている。




しばらく3人でスンスンと鼻を鳴らしていたが、ちょっと落ち着いたところで俺はつぶやいた。


「改良型のウイルスを持って、佳代が亡くなる前の時点にタイムトリップできたとしても、佳代は『ゾンビはイヤ。そこまでして生き延びたくないわ』って言っただろうな」


「でもきっと、『お兄ちゃん、ありがとう』って言ってくれるわよ」


葵がフォローしてくれる。


「あのね、私みたいにICUや救急で仕事をしてるとね、人が亡くなるのは日常茶飯事なのよ。もちろん大半の患者さんはちゃんと元気になってお家に帰って行くし、私もそれを願って毎日仕事してるけど、どうしたって抗えない死はあるの」


葵は、俺にでもなく陽奈にでもなく、独り言のように話し続ける。


「死は平等って言うけど、その通りよ。人間はみな必ず死ぬわ。死からは誰も逃れられない。私だってそのうち死ぬわ。


でも、幸せに死ねるか、そうでないかはその人次第でしょ。


しかもそれは人生の長さには関係ないわ。例え年数は短くてもすごく充実した幸せな人生もあるだろうし、長い長い年月生きてもつまらない不幸な人生だってあるわよね。


こんなこと言って良いのか分からないし、怒らないでね……


私ね、佳代ちゃんは、幸せだったんじゃないかって思うの。


もちろん病気そのものは不幸なことよ。


でもね、圭みたいなお兄ちゃんがずっと一緒にいてくれて、自分のために一生懸命バイトしてくれたり街頭募金に立ってくれたりすごいがんばってくれてたら……もし私が佳代ちゃんだったなら、すごく幸せに思うわ。


佳代ちゃんは不幸な人生を送ったの?


私はそうは思わない。短い人生だったかもしれないけど、幸せだったんじゃないかな。


そしてそれは圭がお兄ちゃんだったからよ。


圭はお兄ちゃんとして、佳代ちゃんを十分、幸せにしてあげたんじゃないかな。私からすると……すごく羨ましいわ」


葵はそう言って寂しげに笑った。


「……申し訳ない」


不覚にもまた涙が溢れてしまった。




その時、佳代の主治医の


「もういい加減、妹さんを休ませてあげなさい」


という台詞が蘇ってきた。


俺はその台詞を否定するために、自分の心の中で無理矢理佳代を生かし続け、走らせ続けてきたのかもしれない。


でももし佳代が、葵の言うように幸せな人生を送ったのならば、そんなことをしていても全く意味はない。


20年近くも経って俺はやっと理解することができた。


もう佳代を休ませてあげよう。


そして佳代の死を、ちゃんと悲しもう。


俺は改めて泣いた。


流れる涙はなかなか止まらなかった。俺は二人の女神に見守られながら、また小一時間黙って泣き続けていた。


涙が涸れるまで泣いて、ようやっと俺は、俺になった。


俺は何かを越えた。


俺も『改良型』山野 圭になったのかもしれない。



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