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ゾンビ先生は美脚がお好き  作者: 改 鋭一
一日目 「壁」
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美脚のゾンビ

げ……こいつはゾンビだ……


その女性の足下には人間の遺体……と思われるものが横たわっており、彼女はそこから内臓らしき物を手づかみで引っ張り出してがつがつ、ぺちゃぺちゃ音を出して食っていた。


長い髪が遺体の中に垂れているが気にするそぶりもない。こちらに背を向け、脚を大きく開いてしゃがみ込み、一心不乱にむさぼっている。まさに映画やゲームで見るゾンビの浅ましい姿そのものだ。


やばい……こっちにも襲いかかってくるか?


身の危険を感じて俺は後ずさりした。


その時、彼女は口に何かくわえたままひょいと顔を上げ、こちらを振り返った。


おっ!


髪で顔が少し隠れているが、目鼻立ちの整ったかなりの美人だ。学生というよりは若手教員ぐらいの年格好に見える。


しかもだ。


シャツの胸元が大きくはだけ、ブラからはみ出しそうになった豊かな双球が丸見えだ。


彼女はゆっくり立ち上がった。


スカートが大きく破れ、チャイナドレスのスリットのようになってしまって、片足が腿の高さから露出している。


うーむ、全体の肉付きといい、膝回りの上品さといい、なかなかの美脚だ。俺としては胸よりもこの美脚に目を奪われる。


しかし。


その肌は全身が土気色で、服は血まみれな上、口には肉の切れ端か何かをくわえたままだ。こういうのが趣味の人もいるかもしれないが、俺は違うな。セクシーという表現は健康美が前提だと思う。


美脚の美人教員。胸の谷間も見えてます。


でもゾンビ。


……残念、まことに残念。




いや、残念がっている場合ではなかった。


彼女の白く濁った目と俺の目が合ったその途端、彼女はうなり声をあげて、こちらに一歩二歩、近寄ってきた。


やばい! 逃げろ!


しかし俺の足はすくんで、床に吸い付いてしまったように動かない。


うわあああああ!! やばいやばいやばい!!


と、そこで彼女の足は止まった。


俺は見てしまった。彼女があからさまに


「ちっ!」


みたいな顔をするのを。


そして彼女はくるっと回れ右して遺体の方に戻り、またしゃがみ込んで内臓をがつがつ食いだした。


えっ?


こっち来ないの? 襲ってこないの? 俺は襲う価値なし?


ホッとしたと言えばホッとしたけど……ゾンビに「ちっ!」っていう顔されるのは心外だ。


しかし彼女はもう俺には一切関心を示さず、夢中で遺体にかぶりついている。


まあいくら美脚美女とはいえこんなやばいお姉さんにこれ以上こっちから関わることもないか。


どうぞごゆっくり。


俺は少しずつ後ずさりしてその場を離れた。時々振り返ってみるが彼女がこちらを追ってくる様子はなかった。




やっぱりそうだ。


ゾンビになってるのは俺だけじゃない。


しかもさっきのお姉さん、俺みたいな中途半端なゾンビじゃない。めっちゃ本格的なゾンビだ。人を襲って食うゾンビだ。理性なんて欠片もなさそうだ。


他にもあんなゾンビがその辺にいっぱいいるんだろうか。マジでゾンビパニックになってるんだろうか。


さっきから俺の心の中に漂っていた嫌な予感……それは徐々に現実になって目の前に現れてきた。


思い出せない。


思い出せないが、俺はずっと前から、こうなることを分かっててすごく恐れていたような、そんな気がする。


とうとうこの日が来てしまったか……みたいな感じだ。


そしてもっと恐ろしいことに、俺はこの事態についていろいろ知っている気がする。いや、いろいろ知っているどころではなく、この状況に深く関係しているような気がする。


思い出せない。


そういう「気がする」だけだ。


そういう「気がする」だけだが、嫌な気分だ。非常に嫌な気分だ。




俺は通路を引き返し、今度はエレベーターの前を曲がって光の差し込んでくる方に歩いて行った。俺の思ったとおりで、そっちはロビーのような広い場所に通じている。


ん?


通路の両脇に大きな掲示板があって、いくつか張り紙がしてある。


『休講のお知らせ』

『教室変更のお知らせ』

『IT系企業就活セミナー開講』


これは学生向けの案内だ。ああ、やっぱりここはどこかの大学だな。


よく見ると、どの張り紙の隅にも『啓蒙大学 理学部学生課』と書いてある。


啓蒙大学か。知ってる。具体的には何も覚えていないが、名前には聞き覚えがある。


つまり、ここは都内にある啓蒙大のキャンパス内で、ここはたぶん理学部の建物……っていうことだろうな。


張り紙にある日付は10月だったり11月だったりだ。


なるほど。腕時計のデイトは20日だ。っていうことは、今日はたぶん10月20日だな。


さあこれで日付や場所は分かった。これで何かちょっとでも記憶が戻ってくるかと思ったが……全然だ。


俺の記憶は、どうやっても、さっきトイレで目が覚めた時点までしか遡れない。医学知識は勝手に頭に浮かんでくるのに、肝心なことは思い出せない。


思い出せないことが非常にじれったい反面、思い出すのが怖くもある。


まあ、いい。


とりあえず今は、事態を把握するために情報収集を続けよう。




俺はそのまま掲示板の前を通り過ぎ、広いロビーのような空間に出た。


そこはこの建物のエントランスで、2階まで吹き抜けの広い空間になっていた。ちょうどホテルのエントランスホールのような感じだ。


ところが外に面したガラスは何カ所か大きく割れ、鉢植えはぶっ倒れ、えらく荒れた様子だ。


そして。


いるいる。ゾンビらしきヤツが。ぼーっと突っ立ってるヤツもいれば、うなり声を発しながらずるずる歩いてるヤツもいる。いずれも土気色の顔をして、白く濁った目は焦点が合ってない。


その時、わりと近くにいたヤツが、俺の存在に気付いたようで、こっち向いて一歩二歩近づいてきた。


こいつは……青い警備員の服を着てる。だが顔色はどす黒く、眼球は乾いて潰え、口からは泡のようなものを垂らしている。どうみても生きてる人間の顔ではない。


それでもさっきの女性ゾンビほどがっついた感じはしない。試しに俺は軽い感じで挨拶してみた。


「あ、どうも。お疲れっす」


しかし元警備員は俺と目が合った途端、


「ううう」


と低い唸り声を発してしかめ面をし、くるっと方向を変えてしまった。


「もしもし、あの……」


俺は追って声をかけたが、元警備員はもう何の反応もせず、ずるずると遠ざかって行く。


ガン無視かよ!


手をだらっと垂れ、少し前のめりになり、足を引きずるようにしながら歩いて行くその姿は映画やゲームで見るゾンビそのものだ。


ドッキリにしちゃ手が込み過ぎてる。


間違いない。


そこらじゅうゾンビだらけだ。生きている人間の姿はない。


どのくらいの拡がりを持っているのかは分からないが、かなりの範囲内の人間がいっせいにゾンビ化した、つまりゾンビパニックが起った。これで間違いない。そういうことだ。




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