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ゾンビ先生は美脚がお好き  作者: 改 鋭一
二日目夜 「記憶」
28/44

全員集合

いずれにせよ俺には、理性が残っているうちに急いでやってしまわなければいけない仕事がある。ガールズトークに聞き耳立ててる時間はない。


まず何より先にやるべきこと。


危険な初期型のウイルスを完全に処分してしまおう。


何やらクスクス笑いながら話し込んでいる二人を置いて、俺は隣の部屋に行って大きな冷凍保存庫を開けた。


ノートパソコンの中に処分すべきものの一覧があった。それによるとウイルスは全てこの保存庫の中にある。


外部に漏れると危険なウイルスは、本来は中が陰圧になったバイオセーフティー施設に厳重に保管されてたはずだ。それをわざわざ自分の研究室に持って来てるのは、施設に置いとくとかえって危ないと判断したからだろう。


ゾンビになる前の俺が途中まで処分したはずだが、保存庫の中にはやはりまだ結構な量のウイルスが残っていた。初期型のウイルスは試験管が20本、シャーレに展開したものも10個。他にも改良型ウイルスと思われる試験管が5本あった。


通常はこういった感染性の強い医療廃棄物は、自分で処分などせず、専門の業者に処分してもらうもんだ。しかしもちろん今は業者は来ない。それに大学構内の大型焼却炉も停電してたら起動しない。


試験管の中に消毒用の高濃度アルコールをぶち込めばたいていウイルスは不活化される。ただアデノウイルスはしぶといウイルスだ。念には念を入れて焼却処分した方が良い。




手伝いを申し出てくれた彼女たちを制して、俺一人でいろいろ荷物を持って階段を上がる。これは男の仕事だ。危険な仕事だ。ヒロインに手伝わせる仕事ではない。


建物の屋上に出た。


結構広いスペースがある。これならいろいろ作業しても大丈夫そうだ。肩から荷物を下ろし、準備にかかる。


まずガスコンロに水を張った大鍋をかけ、ぐつぐつ煮立つところまで加熱する。


そしてそこに封を開けた試験管を試験管立てにセットした状態のまま放り込んだ。このまま100℃で30~40分煮込めば、試験管の中のウイルスは99%以上不活化する。


多少湯気や水蒸気で内容物が拡散するが、高温になることと大気中に解放されることで感染性は度外視できる。


さらに、薬品が入っていたらしい空の一斗缶の中に、壊れた本棚を力ずくでバラした木片を入れ、古雑誌を破いた紙片を大量に放り込み、さらにそれに消毒用アルコールをぶっかけて火を付けた。火は結構な勢いでぼうぼう燃えている。


そしてここに、たった今、鍋で煮沸したばかりの試験管を放り込み、試験管ごと真っ黒に焼いてしまう。


よし、これでもう絶対に大丈夫だ。


そして最後にその焦げ付いた試験管を拾い上げ、「感染性廃棄物」と大きく書いた専用のポリバケツに全部放り込んで蓋をした。一度蓋をすれば開かないような構造になっていて、専門業者がそのまま高温で焼却するようにできているものだ。もう十分焼却した後だが念には念を入れておこう。


言葉にしてしまえば大した作業でもないのにえらく時間がかかってしまった。最後に水をかけて一斗缶の火を消す。


よし、処理作業完了だ。


俺はホッとして屋上の汚れたコンクリの上に大の字になった。もう秋の陽は大きく傾きかけていた。


見たところ別にいつもの太陽と何が変わるでもない。とてもそんな強い磁気や放射線をまき散らしてるとは思えないお日様だ。


空の高いところに薄い雲が流れている。


確かにこの東京で広い空を見渡して飛行機が一機も飛んでないのは異常なのかもしれない。


でも、今ここでとんでもない大惨事が起こっているなんて思えない、のどかな秋の空だ。



はあ、疲れたなあ。


だんだん身体が動かなくなってきてる。頭もどんどん鈍くなってきてる。いつまで理性が保つのかな。


そういえば……さっきのテキストファイルの中に何度か「妹」っていう単語が登場してたな。


俺には妹がいたのか。しかも、もうだいぶ以前に亡くなってるみたいだった。


確か「妹を助けられなかった」って書いてたな。病院のローカで葵に再会した時も、佳代ちゃんがどうとかって妙なことを言ってた。さっきも自分と同じ歳だって言ってたな。


佳代……妹……


確かにそう言われたら、ちょうど陽奈みたいに、いつも俺の後に引っ付いてくる小さな女の子がいたような気もする。


それに陽奈を見てると、時々強力なデジャヴを感じる。


机の中の写真。俺が高校生ぐらいの古い写真。一緒に写ってた女の子。えらく陽奈に似てたけど、あの子が妹だったのか。


もうちょっと、もうちょっとでいろいろ思い出せそうな感じはするんだが。何かが心の中で留め金になってしまってて、どうしても引き出しを開けることができない。




そんなことを考えながらぼーっと空を見上げていたんだが、ふと何やら尋常でない気配を感じた。


建物の周りが騒がしい。


がばっと起き上がり、屋上の縁から下をのぞき込んでみると……


!!


何だこりゃ。この建物の周りにゾンビがいっぱいたむろっている。さっきまでほとんどいなかったのに。


よく見るとグランドの方からもジャージ姿の学生ゾンビ達がこちらによろよろ歩いてきてるし、逆方向からもゾンビ達が集まってきている。


こ、これは、いったい何事だ?


何が起こったんだ?




俺は慌てて建物の中に戻り、階段を駆け下りた。


3階は通り過ぎる。今、彼女達を呼ぶと危険だ。


1階まで下りて……通路の辺りにはゾンビはいない。


しかしエントランスホールまで行くと……いるいる。ゾンビが何体もその辺を徘徊してる。


ゾンビ達が俺には反応しないのをいいことに、彼らをひょいひょい避けながら表の通りまで出てみたが、建物の周囲にもいっぱいゾンビがいる。


まるで何かに呼び寄せられたようだ。


何だ? 何でだ?


ただ、ゾンビ達は一様にその辺をうろうろしているだけでエントランスホールから奥に入って来る奴はいない。


??


鈍ってきている頭を無理矢理に働かせる。


あ、ひょっとして……


脳裏に浮かんできたのは、自分がさっき屋上で盛大に焚き火をした場面だ。


燃やした物も燃やし方も悪かったからだろう。ものすごい煙と臭いが周囲に漂った。キャンプ場でバーベキューしてる時にあんな煙を出したら周囲から苦情が来ること間違い無しだ。


あれか。匂いか。煙とか焦げ臭い匂いに引き寄せられたのか。


ソンビ……俺のように中途半端じゃない真性のゾンビの脳は、ごく一部の細胞しか機能していない。生前の記憶は多少残っているとはいえ、それ以外は原始的な機能のみだ。


見ること、聞くこと、こういった感覚は進化の中で発展してきたものだ。それと比べると、匂いを嗅ぐこと、つまり嗅覚は、原始的な哺乳類でもよく発達している。五感の中でもより原始的な感覚と言える。つまりゾンビは、視覚や聴覚よりも嗅覚の方がよく残っていて、嗅覚で行動する面が強いと、そういうことか。


本当か?


でももしそうならこれは非常に重要なことだ。


一見無軌道な彼らの動きの背景に『匂い』に基づく行動原理があるのだとしたら……例えば彼らが好む匂いと嫌う匂いが分かれば、彼らの動きをコントロールできるかもしれない。


彼らゾンビは同類の俺には襲いかかってこないが、葵や陽奈にとってはやはり脅威だ。彼らの動きをコントロールできれば、今後の俺たちの行動にとって大きなプラス材料だ。




明日はハロウィーンらしく3話まとめて投稿します。


お楽しみに!

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