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ゾンビ先生は美脚がお好き  作者: 改 鋭一
二日目 「再会」
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ドジなヒーロー

テキストファイルはそこで終わっていた。


カーソルキーを押す音が途絶え、研究室の中は静まり返った。空気が重くなった。


「……馬鹿だな」


思わず俺はつぶやいた。


自分にウイルスを投与してゾンビになってまで初期型ウイルスを処分しようとしたのに、結局、間に合わなかったんだな。


発症前の段階、まだ普通の身体の状態でテロリストの連中に襲われたんだ。頭をぶん殴られてウイルスを奪われ、バイオテロを起こされてしまった。意識がないままトイレの個室に放り込まれ、そこでゾンビ化したおかげでそのまま死なずには済んだが、意識が戻った時にはもう全て後の祭りだった。


そういうことだ。


結局、最悪の事態は防げなかった。変身ヒーローが変身する前に悪役にやられてしまったようなもんだ。やっと変身が完了したらみんなやられた後だった。そんなのギャグにもならねえ。しかも元の姿に戻ることもできない、一方通行の変身だ。後は死ぬだけだ。


「……馬鹿な奴だ」


俺はもう一度つぶやいた。胸の中が空っぽになったような気分だ。


しかしその時、誰かが俺の肩をポンと叩いた。




振り返ると葵が笑っている。その目にはまた涙が光ってるように見える。


「あなたが馬鹿なのは大昔から知ってるわ。でもお利口さんなあなたなんか見たくないから、あなたはそれでいいのよ。あなたはがんばったわ。馬鹿なのはあなたの言うことを信じてあげられなかった私の方よ」


「いや、葵が馬鹿ってことはない。馬鹿なのは間違いなく俺だ」


「山野先生はがんばったと思います。命をかけてがんばってくれたんです。こんなことになったのは山野先生のせいじゃないです」


もう一方を振り返ると、陽奈も涙目になって俺をフォローしてくれている。ああ、この子も本当に良い子だ。


「ありがとう。二人とも」


ちょっと救われた気分になって、俺は二人に感謝した。


そうか。とりあえずヒロインはまだ無事なんだ。


どうしようもなくドジで迷惑なヒーローかもしれないが、俺の役目はまだ終わってない。


ゾンビになる前の俺が書いている通り、俺の使命はヒロインを守り、無事に外の世界に届けること、それと危険な初期型のウイルスを全て処分することだ。


まだ終わってない。まだゲームオーバーじゃない。


しかし時間はあまり残っていない。


はっきり書いてあった。


「お前の理性は発症後3~4日しか保たない」


先ほどの文章を書き終わったのが18日の朝。ウイルスを自分に打ったのはその直後だろう。正確には分からないが、潜伏期から推測すると、発症したのは早ければ19日の未明だ。今は21日の午後。ということは最長でもう発症後2日は経っている。


つまり、最悪、俺の理性はあと1~2日保つかどうかだ。ヘタすると明日にはヒロインを襲ってるかもしれない。


急がねばならん。




二人に感謝しながら、ふーっと一息吐いて、もう一度パソコンの液晶に向き直る。とりあえず他にどういう情報が入ってるのか、確認はしておかないといけない。


先ほどのテキストファイルを閉じると、デスクトップには1から12までの番号が振られたフォルダーがあった。


フォルダーを開けると、中には様々な資料のファイルが並んでいる。自分が書いたたくさんの研究論文の最終原稿、ボツになった論文の原稿もある。


初期型、そして改良型のウイルスに関する資料、ゾンビ化したマウスに関する詳細なデータも全部ある。ただし、ウイルスに関するデータのうち、ゲノム構造や具体的な製法はばっさり削除されている。今後絶対に再生産されないためだな。


抗体についても詳細なデータがある。こちらは製造法についての具体的な記載もある。


いろいろな機関とやりとりしたメール、テロリストが送って来たという例の葵の画像もある。


パソコンを起ち上げたら自動的に送られるというメールの原本もあった。ネットがダウンしてる現状ではまだ送信はされていないだろうが。




パソコンの中を確認している俺の後では、葵と陽奈がまたガールズトークを再開していた。


「葵先生が山野先生に出会ったのって、どういうシチュエーションだったんですか?」


「大学の同級生よ。名字が山野と渡辺で出席番号が隣だったのよ」


「ああ、なるほどー。じゃ、入学式で一目惚れとか」


「ないない、入学式の時は何の印象も残ってないわ」


「あら、そうなんですか」


「医学部っていろんな教科で実習があるんだけど、出席番号で班を決めるから、実習っていうと必ずこの人と一緒の班だったのよ」


「ほうほう」


「でね、私達みたいな内部進学の人間はみな要領良くって、実習なんて適当に済ませてさっさとサークルとかバイトとか行くんだけどね、この人はね、クソ真面目っていうか融通が利かないっていうか、最後まで一生懸命実習やってるのよ」


「あー、っぽいですね」


「実習によっては班員全員そろって結果を出さないといけないこととかあって、そうなるとこの人一人のせいで班員全員が遅くまで付き合わされるわけ。大迷惑よ」


「そういう人、いますよねえ」


「だからこの人の第一印象は『うわ、面倒くさいおっさん!』だったのよ」


「きゃははは! ウケるー」




「でもね、そんな人だから実習はクソ真面目に全部出席するのかと思ってたら、結構ちょくちょくサボってたりするのよ」


「えっ、そうなんですか」


「そうやってちょくちょくサボってるうちに、生物学か何かの実習で、もう1回休んだら単位アウトってなっちゃって、それを私からこの人に伝えといてくれって先生に言われたの。同じ班だから」


「ふむふむ」


「何かヤバいバイトでもしてるんじゃないかと思って、この人を捕まえて『何でそんなに実習サボるの?』って訊いたらね、この人は『ネズミが可哀想だ』って言ったのよ」


「はあ……?」


「確かに、この人が休んでた実習って、マウスを使った実習ばかりなのよ」


「実習でマウスに何かひどい事するわけですか?」


「ひどい事っていうか、端的に言えば、解剖しちゃったりとか、臓器を取り出していろいろ調べたりとか、まあ殺しちゃうわね」


「ひええ!」


「私も最初の頃は心が痛んだけど、やってる内に慣れるのよ。授業だから仕方ないし」


「そんなもんですか」


「そんなもんよ。でもこの人は学年でただ一人、それをボイコットし続けてたのよ」


「あー、なるほど」


「それを聞いて、私のこの人に対する第二印象は『バカなヤツ!』になったわ。だってそんな実験用のマウスに優しくしてもしょうがないじゃない。マウスだって、その時に生き長らえても結局は別の実習で別の学生の餌食になっちゃうわけだし」


「……ですよねえ。それに留年しちゃうじゃないですか」


「でもね、それをきっかけにこの人としゃべるようになったんだけど、単に動物愛護で面倒くさい変人かと思ってたら、意外に話が面白いのよ」


「へええ」


「ウチの医学部は私立だけど学費が安いんで色んな家庭の子がいるのよ。この人も普通の公立高校から浪人してウチの医学部に来てて、三つ年上だし、しかも苦学生だから、私の知らない世界をいろいろ知っててて、それが面白くって、ちょっとカッコ良かったの。付属出身のお利口な男子とは全然違ったの」


「ああ、それが魅力だったんですね。分かる気がする」


「まあそうね。それにこの人の亡くなった妹さんが私と同じ歳だったとかいろいろあって、いつの間にか私も遅くまでこの人の実習に付き合うようになって、気がついたら本当に付き合うことになってたのよ」


「へええ、じゃあ大学1年の時からの付き合いなんですか」


「そうね。もう10年以上……15年ぐらいになるのかな。まあ途中で捨てられましたけど」


「婚約されたのはいつなんですか?」


「ええー、そこまで訊く? うーん、研修医の時だったかなあ……」


二人の話はいつまでも続いている。聞いてると照れくさい話ばかりだ。


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