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ゾンビ先生は美脚がお好き  作者: 改 鋭一
二日目 「再会」
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最後の実験

しかし、妹を助けることのできなかった俺にとって、葵はこの世で唯一、絶対に守らなければならない存在だ。葵を守るためなら全世界を敵に回しても良い。


だから俺は、自分自身とウイルスを売ることにした。


テロリスト達にかって? いや、さすがにそれはない。奴らは全く信用できないからだ。


I国でもない。テロリストを焚き付けるだけ焚き付けてコントロールできないような頼りない連中も信用できない。


俺が連絡をとったのはI国とテロリストの動きについて警告してくれたA国の軍事機関だ。


もちろんA国の奴らもあまり信用はできない。ただテロリスト連中ほど馬鹿ではない。ある程度の取引はできる。


俺はA国の奴らと契約をした。


……ウイルスの情報とウイルスのサンプルを奴らに渡す。そして俺自身も3ヶ月以内に準備を整えてA国に渡り、今後は向こうで生物兵器の研究に専念する。もちろんA国に渡る時には葵も一緒だ。


……その代わり、今すぐ葵の身辺に、それとなく、しかし強力なボディガードを配備してもらう。


……また、これらの内容は全て俺が『生きている』ことが条件だ。俺が死ねば全て無効になる。


そういう契約だ。




葵、ここ数日の間、君の周囲に見慣れない外人がいなかったか? もし見かけたらそれは俺がA国に依頼したボディガードだ。本当は俺自身が君を守ってあげたいが、俺では何のガードにもならないからな。


A国の奴らは俺にもボディガードを付けるべきだと強く主張したが、それは断固断った。そこまで奴らを信用はできないし、身動きがとれなくなるのも困るからだ。


葵の身辺に警護が付いたことはテロリストの連中にもすぐ分かったようだ。そして、それがA国のボディガードで、俺がA国と取引したのだということにも気づいたようだ。


連中からはすぐに口汚い脅かしのメールが送られてきた。


「今からそっちへ行ってお前を殺し、ウイルスをその場ですぐ拡散してやる。脅しじゃないぞ。本当にやるからな」


今、テロリストの連中は猛烈に焦っているだろう。何せ葵には手出しできなくなった上、俺がA国に渡航してしまえば、もう連中がウイルスを手に入れるチャンスはない。


焦りまくった奴らはもう、葵を拉致ってどうだとか面倒なことはしない。直接俺を狙うはずだ。何せ俺自身は丸腰でその辺をふらふら歩いてるわけだから。


そして俺を殺してウイルスを奪ってしまえば、なおさら葵を襲う意味なんかない。俺が死ねば契約の効力が切れてA国の庇護からは外れるが、その時にはもう葵は安全だ。


これで葵の安全は確保できた。


後は、いつテロリストの連中が俺の目の前に現れるか、だ。




俺がA国に渡したウイルスのサンプルとゲノム情報は、実は、ぎりぎり完成した『改良型』ウイルスのものだ。


この改良型ウイルスでは、感染してから発症までの潜伏期や細胞内に入ってからの過程は変わらないが、発症してから完全なゾンビになってしまうまでの時間を大幅に伸ばすことに成功した。


『初期型』のウイルスだと、発症後間もない段階で生体としての機能は失われ、意識や理性の働きもなくなってしまう。つまりあっという間にゾンビそのものになってしまう。


しかし改良型では感染、発症しても、完全なゾンビになってしまうまで、心肺機能はわずかながら残存し、脳も働いてる。理性も保たれている。ハーフゾンビというか、ハイブリッド・ゾンビというか、そういう状態だ。


完全なゾンビになってしまうまでの時間は、マウスで約36時間、人間ならおおよそ3~4日というところか。


だから仮にパンデミックが起こっても、すぐに映画やゲームのような大パニックにはならないはずだ。人々はしばらくの間、理性を保って行動できる。


もちろん、それでは生物兵器としてはあまり役に立たない。初期型ウイルスの方がよっぽど破壊力がある。


でもそれが俺の狙いだ。こんなウイルスを作ってしまった馬鹿な俺の、医者としての最後の良心だ。


俺がA国の奴に「これは改良型だ」と言って渡した時、奴はニヤリと笑って嬉しそうに受け取ったが『改良』の内容は訊かなかった。


騙したみたいになってしまって奴らには申し訳ないが、俺は嘘は一切ついていない。


そしてもちろん俺はA国に渡って生物兵器の研究に専念するつもりなどさらさらない。


A国の奴らはいざとなったら俺を拉致ってでも連れて行くつもりだろうが、奴らとの契約は俺が死んだところで無効だ。


俺は今から急いで身辺整理を始める。




ニュースでは太陽フレアの活動が活発になっていると報じている。都内でオーロラが見られるぐらいなら良いが、たぶん電波障害や停電ぐらいは起きるだろう。


そうなると必ずテロリストの奴らが動くはずだ。奴らは焦っている。動くチャンスをうかがっている。世の中にちょっとでも混乱が起これば、もう我慢できず走り出すだろう。


それは今日か、明日か……もう時間がない。奴らは必ず来る。


しかし俺の手元にはまだ危険な初期型のウイルスがかなり残っている。とにかくこれを急いで処分しないといけない。これを奪われたら終わりだ。


もちろん処分する際にも周囲に拡散しないよう最大限配慮しないといけないので、かなり時間がかかる。作業中に襲われる可能性もある。


そのために俺は最後の手段を使うことにした。


俺は今から自分にウイルスを投与する。初期型じゃねえぞ。もちろん改良型のウイルスだ。


生身の俺だと銃で一発撃たれたらもうアウトだ。しかし改良型ウイルスが全身に拡がり発症してしまえば、まあ俺はゾンビにはなるが、生身の身体よりはだいぶ打たれ強くなる。


『瀕死の重傷』ぐらいなら平気だし、生身なら『即死』するような傷を負ってもそれなりに動ける。記憶が飛んだりぐらいはするかもしれないが、理性は少なくとも3~4日は保たれる。


ゾンビになってしまえば、何か邪魔が入っても、初期型のウイルスを処分するぐらいのことはできるだろう。


初期型のウイルスを全部処分できても、A国の連中に渡した改良型のウイルスはこの世に残ってしまうが、あれを生物兵器に使っても意味はない。A国の連中はがっかりするだろうな。そしてテロリストの奴らも。


そしてここには大量の中和抗体もある。発症する前に点滴投与すれば、初期型も改良型も発症は抑えられる。バイオテロは抑えられる。


ただし、発症してしまえばどんな方法を使っても絶対に後戻りはできない。全身の細胞のゲノムが書き換わっているからだ。発症する前に点滴投与することが必須だ。


ともかく、これが俺の最後の実験だ。せっかく自分の身体と命を賭けるんだから、うまく行って欲しいもんだ。




ただ、本当を言えば、もっと早くに自分にウイルスを使うべきだった。


発症するまでの潜伏期は平均36時間、その間、俺は弱っちい生身の身体だ。発症する前にテロリストの奴らが来るとやばい。


でもやっぱり俺にもこの世への未練があったんだ。


情けないよな。笑ってくれ。


葵、お前が必死で止めてくれたのに、俺はお前と別れてまでして米国へ行ったよな。


もちろんお前のことが嫌いになったわけじゃない。妹や同じ病気で亡くなった子供達のためにも、どうしても行かなければならなかったんだ。


ただ、行ってすぐに気づいた。これまでいかに葵に支えられていたかということに。


一人になった俺は弱く愚かだった。熾烈を極める研究者間の競争に疲れ、消耗した俺を助けてくれたのは、結局、葵だ。


そして日本に帰って来て行き場がない俺を拾い上げてくれたのも、結局、お前だ。


突っ張って家出してみたもののうまく行かず、泣きながらお袋の所に帰って来た少年のようなもんだな。


今さら虫の良い話だ。


でも俺はもう一度葵とやり直したかった。


ちゃんと結婚して……『幸せな家庭』ってやつを持ちたかった。


葵は、子供が欲しい、男の子がいいな、って言ってたよな。葵と俺と小さな息子と週末にショッピングモールでお買い物……俺も、そんな情景を夢想したりした。


『愛してる』とか『愛おしい』とかいうのはこういう感情を言うんだろうな。今は俺にもそれがよく分かる。


葵、お前を幸せにしてやりたかった。


お前の笑顔をずっと見ていたかった。


綺麗な脚を独り占めしていたかった。


お前の言うように、一連の出来事が全て俺の妄想で、2ヶ月後に約束通り精神科に入院してる、そんなオチだったらどんなに良かっただろう。




……だめだ。こんなこと書いてるとますますウイルスを打てなくなってしまう。


えい! しっかりしろ、俺。


ということで、葵。


いろいろ巻き込んで申し訳なかった。心配かけて申し訳なかった。


お前は気がついてなかっただろうが、いつの間にかテロリストの標的にさせてしまっていて申し訳なかった。


俺にはとりあえずお前を守ることと、自分のやらかした大チョンボの始末をつけるだけで精一杯だった。自分が生き残ることはできなかった。


俺は佳代の所に行って「お兄ちゃん、いろいろがんばったけどダメだった」と報告してくるよ。


葵、さようなら。


全身の全ての細胞でお前を力一杯愛してるぞ。




……そして今、横にいるかもしれないゾンビ化した俺へ。


自分が何をすべきか忘れてるかもしれんが、お前が何よりも優先すべき事は、葵を守ること、そして初期型のウイルスを始末することだ。


お前の理性は発症後3~4日しか保たない。


理性を失ってしまえば初期型でゾンビ化した場合と同じ、映画やゲームで出てくるゾンビそのものだ。近くに葵がいたら襲いかかるだろう。そうなる前に、自分できちんと自分を始末するんだ。


くれぐれも、葵を頼んだぞ、俺。



10月18日午前6時

山野 圭


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