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ゾンビ先生は美脚がお好き  作者: 改 鋭一
二日目 「再会」
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半分生きてる

葵は心電図に見入っている。陽奈も肩越しにのぞき込んでいる。


「おい、どうなんだ?」


沈黙に耐えかねて俺の方から声をかける。


「圭、心臓はあなたの方が詳しいわよね。この心電図について解説してくれない?」


葵がAEDの装置を持ち上げて液晶パネルを俺の方に向ける。目の前に俺自身の心電図が表示されている。


「……何じゃこりゃ」


思わず口に出てしまった。そこには何とも解釈に困る、不思議な心電図が流れていた。


パッと見ると心電図はフラットだ。何だやっぱり心臓止まってるじゃん、と思いきや突然、心拍っぽい波形が出て、またフラットに戻る。


しかもその心拍っぽい波形というのが実に奇妙な波形だ。


なだらかな山が二つ連なっている、というよりも、お椀を二つ並べて伏せたような形、といった方が近いか。そしてその二つの頂上にはご丁寧に小さなスパイク状のピークが付いている。


これは、この形は……見た人の十人中十人が、女性の胸、つまり『おっぱい』を上から見たところ、と表現するだろう。


しかもフラットな基線がしばらく続いた所に前触れもなく唐突におっぱいが現れて、またフラットに戻ってしまう。そしてしばらくしたらまたおっぱい。フラット、おっぱい、フラット、おっぱい、その繰り返しだ。しかもなかなかの巨乳。


どんな不整脈の波形とも違う。そもそも、心房が収縮し、心室が収縮し、それが解消する、そういう通常の心臓の動きを反映していない。心電図の理屈に合ってない。いかに俺の脳内がピンク色だったとしても、こんな心電図はあり得ないだろう。


それに何よりも納得いかないのは、俺は巨乳推しじゃねえよ、ってことだ。俺はまず胸より先に脚に目が行く真性の脚フェチだ。どうせヘンな心電図なんだったらせめて美脚っぽい心電図に……


ま、それは関係ないか。


とにかく、いろいろな意味で俺は言葉を失っていた。




「どうなの?」


今度は葵の方が沈黙に耐えかねて俺に尋ねる。


ああ、これはおっぱい心電図だよ。


って言いそうになったが、そういう軽口がウケる雰囲気ではない。一生懸命、理性的に解釈してみよう。


「刺激伝達系がちゃんと働いてないことは確かだな。心房も心筋もバラバラに活動するからこういう緩やかな山のような波形になるんだろう。ただよく見ると前半の方がちょっと振幅が小さくて勾配も緩いから、前半が心房、後半が心室の活動を反映してるんだと思う」


「一応、心臓としては機能してるってこと?」


「極めてゆっくりと、しかも時々しか動いてないがな。普通これでは生命を維持できない」


「じゃあ、何であなたは生きてるのよ」


「いや、生きてるとは言えないだろ」


「生きてるわよ! 極端な徐脈だけど心拍もあるし、呼吸も時々してるし、対光反射だってわずかに残ってるわ」


「だから、本来それぐらいの心拍や呼吸じゃ生きられないはずだ。俺の身体の細胞はもう酸素を使わず、お互いを共食いし合って動いてる。死んでるのと同じだ」


「じゃあ、あなたの『死』の定義は、身体の細胞が酸素を必要としないかどうかってことなの? 心臓が動いてても死んでるって言うの?」


「いや……そういうわけじゃないけど」


「あなた、前は全然逆のことを言ってたわよ。『身体の細胞さえ生きていれば、その人は死んだことにはならない』って。そのためにこんなゾンビウイルスを作ったんじゃなかったの? 宗旨替えしたの?」


「……」


俺は何も言えなくなってしまった。


そうだ……俺はそもそも、一体何のために「細胞の不死化」なんて馬鹿なことを考えたんだろう。


さっき、葵と遭ったばかりの時に言ってたよな。移植待ちの子供達がどうとかって。その辺のことは論文にも一切書いてなかった。実験ノートにもなかった。


何かいろいろ引っかかってるんだが……さっぱり思い出せない。葵にずばり訊いたら良いのだが、「そんなことも忘れたの!?」ってまたショックを受けそうで何となく訊き辛い。


その時、


「これ押すんですか?」


俺たち二人の微妙な空気を案じたのだろう。陽奈がタオルを投げ込んでくれた。AEDのスイッチに手をかけて笑っている。


「押しちゃっていいわよ。この人、死んでるらしいから」


「いやいやいや、いい子だから、それは止めてくれ。もっと死んでしまう」


「山野先生は半分生きてて、半分死んでるってことですよね」


「そうだな。俗に言う『ハーフゾンビ』の状態ってことだな」


「死んでないなら、それは生きてるってことよ」


葵は意地でも俺が生きてることにしたいらしい。そして壁の外に連れ出したいらしい。


しかし俺がゾンビになってることに深刻な罪悪感を抱いているらしい彼女の心の内を思うと、もうそれ以上は抗えない。




AEDをやって効果がある心電図ではなかったため、無事に胸から電極を外してもらえた。ああ、良かった。


でもこの一件で、何故、自分がゾンビなのに理性を保ってるかの謎も解けた。


そうか。俺はいわゆるハーフゾンビなんだ。


俺の身体の中は、ゾンビ化した部分とそうでない部分の両方が入り交じっている。何というか、ハイブリッド状態と言うべきか。


心臓では、ゾンビ化せずに残った心筋細胞が活動レベルを落としながらも時々動いている。葵の診察結果では呼吸も少ししているらしい。ということは全身にわずかながら酸素が供給されているということだ。


脳でも、心臓と同じように一部の細胞がゾンビ化せずに残っていて、普通に酸素を消費しながら働いているのだろう。だから普通に考えることもできる。


しかし。


しかし、だ。


このハイブリッド状態はそう長くは保たない。


謎が解けると同時に、そのこともはっきりしてしまった。




何故かと言うと。


ゾンビ化した細胞は、周りの細胞を共食いしながら活動している。その際にゾンビ化した細胞とゾンビ化していない細胞のどっちかを選ぶような能力はない。


ゾンビ化した細胞だって必死だ。自分が生き延びるためには、選り好みなんかせずどんどん周囲の細胞を食べざるを得ない。となると、ゾンビ化していない細胞は一方的に食われて減って行くばかりで、その分、減少スピードは速い。


もし俺の理性や思考力が、ゾンビ化していない細胞のみに支えられているのであれば、それはかなり速いスピードで失われて行くことになる。


つまり俺の理性が保たれている時間は、思っていたよりもずっと短い。


というか今も俺の頭の働きはどんどん落ちて行っている……そう、もう分かってる。しっかり自覚してる。


彼女達は俺の心臓がわずかながら動いていることを喜んでくれているが、いずれ俺は外にいるゾンビ達と同じ状態になる。


そしてそれはおそらくそんなに遠い先のことではない。明日か、明後日か。それとも今日中にもうアウトか。


急に理性を失って彼女達にかぶりつくとか、そういうのは無しにしたい。どうせかぶりつくなら太ももに……いや、だからそんなこと考えてる場合じゃないって。




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