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ゾンビ先生は美脚がお好き  作者: 改 鋭一
二日目 「再会」
22/44

生存者狩り

「止めろ! 撃つな!」


思わず叫んだが、それぐらいでこいつらが止まるわけもない。


パアン! パアン!


銃声が銀杏並木に鳴り響いた。


乾いた銃声……などとよく表現されるが、目の前で発砲されるとかなりの破裂音だ。耳がキーンとなるぐらいの衝撃がある。俺は思わず耳を押さえて腰を屈めた。


しかし、この距離で拳銃では当たらないと判断したのだろう、最初に俺に銃を向けた男が、拳銃からライフルに持ち替えた。


こ、これはまずい。


「止めろおおおお!」


俺は叫びながら、引き金を引こうとしている男に駆け寄り、銃身をつかんで無理矢理違う方向に向けさせた。


それでも男は引き金を引いた。


バシュッ! という、拳銃とはまた違う銃声が響いたその途端、俺は左手を明後日の方向に強く引っ張られて姿勢を崩し、路上にひっくり返った。


何だ? 弾が身体のどこかに当たったのか……痛くないから分からない。便利なのか不便なのか分からん身体だ。


俺はアスファルトの上に腹ばいになりながらトラックに向かって力一杯叫んだ。


「逃げろおおおお!」




しかしその時、トラックのエンジンがぐおーんと高らかに咆哮したかと思うと、すごい勢いで俺達がいる方向にバックし始めた。


馬鹿野郎、それじゃ逃げるのと反対方向じゃねえか! 前進と後退と間違ってんじゃねえよ、葵!


叫びそうになったが、トラックの後の荷台に載っている物が目に入った瞬間、葵の意図が分かった。


すまん、馬鹿野郎じゃねえ、お前は天才だ、葵。


俺は巻き添えにならないように路面をごろごろ転がって路肩の方に避難した。


アクセルを床まで踏み抜いているのだろう。トラックはバックのままどんどんこっちに近づいてくる。エンジンがレブに当たって悲鳴のような音を立てている。


男達は銃を撃つべきかトラックを避けるべきか迷ったまま、まだ路上に立っている。


トラックはそこに突入して男達を蹴散らす……のかと思いきや、その少し手前でタイヤを鳴らして急減速した。


そう。


トラックの荷台には古新聞、古雑誌、古コピー用紙、段ボールなどが山のように積んである。


それらの物体がいっせいに慣性の法則で後にすっ飛び、荷台の後端なんかはぶっ壊して、トラックの後方にぶちまけられた。


古紙の絨毯爆撃だ。


男達はすねの辺りに古雑誌の束の直撃弾を食らって路面にひっくり返り、その上を無数の紙と段ボールが幾重にも覆った。


ぐっじょぶだ! 葵。




「乗って! 早く乗って!」


停まったトラックの運転席から葵が顔を出して叫んでいる。


男達は段ボールの山の中でごそごそもがいているが、これぐらいでは死にゃしない。そのうち立ち上がって撃ってくるだろう。


急げ!


俺はよろよろと立ち上がって、空になったトラックの荷台の上に這い上がった。


トラックが動き出した瞬間、荷台から転げ落ちそうになり、とっさにそこにとぐろを巻いてた荷造り用のロープをつかもうとしたが、あれ? つかめない。


慌てて右手でロープをつかみ直して事なきを得たが……見ると俺の左手の親指は付け根から綺麗に無くなっていた。


さっきライフル銃をつかんだ時、左手が銃口にかぶってたんだろう。そのまま発砲されて指が吹き飛んだのか。


普通なら血が噴き出すところだが、出血というほどの血も出ていない。


まあ頭を吹き飛ばされなくて良かったし、トラックに着弾しなくて良かった。どうせもう死んでるんだ、指の一本や二本、くれてやるさ。


陽奈が後の窓からこちらを心配そうに見ている。


笑顔で手を振ってやったら、ぷいっとした表情で前を向いてしまった。何だ? 何かまずかったか? 女の子は難しいな。




トラックの荷台で揺られながら、俺は先ほどの出来事を振り返っていた。


あの防護服の男は間違いなく言った。


「生存者がいると、困るんだよ」


しかも奴らはゾンビである俺を撃たず、生存者がいるという言葉を聞いた途端、トラックの葵達に向けて発砲し始めた。奴らの狙いはゾンビではない。奴らは生存者を狙っている。いわば「生存者狩り」だ。


何のためにそんなことをするのか?


それは簡単だ。自分たちのこの過剰な隔離策を正当化するためだろう。


だって今頃は壁の外側には大学の学生や教職員、それに大学病院の患者や職員の家族達が大挙して押し寄せ、生存者の捜索と救助を求めて当局に詰め寄っているに違いない。しかし早々と鉄板で隔離壁を築き、抵抗する人を撃ち殺してまで封鎖した以上、当局の連中はこう言うしかないだろう。


「我々が大学を封鎖した時にはもう既に生存者はいませんでした、壁の中は全員ゾンビです」


本当は、ただでさえ磁気嵐で世間が混乱している中、パンデミックの原因も状況も分からず、人々のゾンビ化の報告だけ次々に入ってきて、ビビりまくってパニックになったお偉いさん方が


「生存者なんか構うな! 全部封鎖してしまえ! 徹底的に隔離してしまえ!」


と言ったに違いない。


自分達が助かるためには、多少の犠牲は厭わない。いや、むしろ……生存者なんて、救出することになったら面倒だ。それに生存者を外に出すとゾンビパニックが拡がるかも知れない。みんなゾンビになって死んでしまえ。生存者なんていなかったことにしてしまえ。


そして隔離壁が突貫工事で設置された。


……だから今になって実は生存者がいたっていうことが外に知れると非常に困るのだ。


そのために奴らが壁の中に潜入してきて、生存者の存在を消去しているのだ。


ひょっとすると外向きには「我々は決死の覚悟で生存者の捜索をしています」などと発表しているのかもしれない。実際にやってることは生存者狩りなのに。


昔、列車内で起った感染パニックに対して軍が動き、治療可能と分かったにも関わらず列車を鉄橋から落として全てを闇に葬むろうとする、なんて映画があったな。あれと同じだ。


事態は悪い方向に進んでいる。


陽奈と葵は、ゾンビだけでなく外の人間からも狙われている。いや、あの銃と防護服の奴らに比べたらゾンビなんて可愛いもんだ。トイレのデッキブラシで撃退できるんだからな。


どうしたら陽奈と葵を助けられるんだ。


どうしたら二人を安全に壁の外に出してやれるんだ。


外部への連絡手段は、まだダウンしたままだ。ネットすらつながらない。


どうしたらいいんだ……


俺はトラックの荷台に座り込んだまま空を見上げていた。




トラックは理学部棟の横から奥の方に入り込んで、表から見えにくい植え込みの陰を走り、隣の建物の裏で停まった。


この場所なら発見されにくい上にカモフラージュにもなる。さすが葵だ。よく分かってる。奴らは間違いなくこのトラックを目印に俺達を探しに来るだろうし、奴らに理学部棟の中に入って来られたら、もう逃げられない。これぐらい用心した方がいいだろう。


荷台からどっこいしょと下りると、運転席から下りてきた葵に


「だからあんな奴らに構うなって言ったでしょ!」


と改めて怒られてしまった。


「すまん。でもあいつらはっきりと『生存者がいたら困るんだ』って言いやがった。救助隊ではなかったとしても、まさか狙いが生存者の抹殺だったとは思わなかった」


「あいつらの考えることは保身と社会防衛、それだけよ。少数の生存者なんて蠅や蚊ぐらいにしか思ってないわ」


「要するに、そういうことなんだな」


「それよりあなた怪我したんじゃないの?」


「いや……ああ、ちょっとかすり傷」


「見せなさい」


「いいよ」


「見せなさい!」


男の子がお母さんに睨まれてるようなもんだ。結局俺は左手の惨状を葵に見せざるを得なかった。


親指が根元から吹き飛んでいるのを見て、葵は息をのんだ。そのまま固まっている……のかと思ったら肩が少し震えている。何か言いたいのを一生懸命堪えているようだ。


どうせもう死んでるんだから指の一本や二本……と言いそうになったが、どうもそういう空気ではない。


「すまん」


何を謝ってるのか自分でも分からないが、何故か謝りたい気分になってきたので謝っておく。


「後で手当てするわ」


「別に大して出血もしてないし、放っといてもいいだろ」


「……」


葵はこちらをじろっと見ただけで何も言わなかったが……その目にまた涙がいっぱい溜まってることに気がついてしまった。


心配ばかりかけて申し訳ない。


葵は、強い女、クールビューティーを装ってはいるが、内面はそんなに強い女性ではないんだろうな。俺みたいにバカと付き合ってたら保たないぞ。




研究室に持って上がる荷物を整理していたら陽奈が寄ってきて俺の脇を小突いた。


「山野先生、ダメじゃないですか。葵先生泣かしたら」


「あ、ああ」


「さっきも葵先生、山野先生のことをすごい心配してたんですよ」


「そうか」


「トラックをバックさせる時なんて『このやろおおお!』って絶叫してたし、その後も怪我したんじゃないかしら、怪我したんじゃないかしらって何度も言ってたし、それで私が後見たら山野先生、笑って手振ってるしずっこけました」


「陽奈ちゃん、余計なことバラさないで。さあ行きましょ」


「はーい」


彼女達を助けるつもりが厄介ごとばかり引き起こしてる自分が情けなくなってきた。小さくなりながら、俺は彼女達の後をとぼとぼついて行った。


幸い、理学部棟の正面辺りにはゾンビはおらず、スムースに3階までたどり着いた。


3階の通路の端の方にいたゾンビは……通路の隅に座り込んでいるように見える。もう細胞が減ってきて動けなくなってきているのか。逆の方向にいた白衣のゾンビも、その後は姿を見ない。こちらもどこかでへたり込んでしまってるんだろうか。


気の毒ではあるが……葵や陽奈がこの辺をうろうろするためにはその方が安全だ。



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