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ゾンビ先生は美脚がお好き  作者: 改 鋭一
二日目 「再会」
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トラックに乗って

「それより……」


葵は陽奈の方を見ながら俺に訊いた。


「陽奈ちゃんをこれからどうするつもりなの? 連れ回してたら危ないじゃない」


「そのことなんだ。何とか安全な場所に送り届けてやりたいんだが、大学のキャンパスは隔離壁で取り囲まれてしまっててどうにもならず、病院まで来れば何とかなるかと思ったけど、ここも封鎖されてるんだな」


「そうよ。完全封鎖よ」


「どこか外に出られる所はないかな」


「屋上にヘリポートはあるけど、ヘリが常駐してるわけじゃないしね」


「羽でも生えてない限り無理だな」


「っていうか、あなたはどこから病院に入ってきたのよ」


「臨床講義棟につながってる地下通路だ」


「ああ……確かにそんな通路あったわね。そこからは出入りできるのね」


「あくまで壁の内側だけどな」


「……壁の外に連絡を取れるといいんだけど電話も通じないし、携帯もネットもまだ復旧してないわね」


スマホを取り出し、確認するように少し操作しながら葵が言う。


「まあ、連絡とれたとしても、ちゃんと救出活動につながるかどうかも分からんがな。よっぽど上手にやらないと黙殺されてしまう」


「そうね。あの銃を持った連中は、ここを隔離・封鎖するためにはいくら犠牲者が出ても構わないって感じで、生存者を救出することなんか全く眼中になかったわ」


「あ、あのう……」


陽奈が上目使いになりながらおずおずと話に入ってくる。


「私……あの、別に家に帰りたいことないですし、あんまり無理をしていただかなくっていいです。お二人の邪魔になるかもしれないですけど、しばらくご一緒させてもらえたら、その方がいいです」


「え? 家に帰りたくないって、何か事情があるの?」


葵が驚いたように尋ねる。そりゃそうだよな。


「はい……私、家に居場所なくって」


「そうなの……でも意外とご家族心配して待ってくれてるかもよ」


陽奈はぶんぶんと音がしそうなぐらい首を左右に振った。


「本当は私、別に死んでも、ゾンビになってもいいぐらいなんですけど、でもそれ言うと山野先生に全力で引き留められるし」


「そりゃそうよ」


葵は優しい先輩の笑顔になっていた。


「私たち医者っていうのは、人の命を拾い上げるためにお昼もろくに食べず、当直の夜なんてほとんど寝られず、毎日お仕事してるのよ。目の前で死にたいって言う人に『ああ、そう』って絶対に言わないわ」


「……そうですよね」


「それに、別に邪魔なことはないわよ。むしろこの人と二人っきりだと息が詰まりそうになるから、陽奈ちゃんがいてくれて助かったわ。一緒に行きましょう」


「ありがとうございます!」


悪かったな! 息が詰まりそうで。




陽奈の点滴ももう終わりだ。特に副作用も出ず無事に済んで良かった。


「水しか出ないけどシャワーあるわよ。今のうちに浴びていく?」


「本当ですか!? ぜひ!」


葵に言われて陽奈の目の色が変わった。やっぱり女子高生だな。


まあ3日も風呂に入ってないとなると、女の子だったらこうなるか。


「中にボディソープはあるけど、シャンプーとかトリートメントとかはないから、髪がこんな風にぼさぼさになっちゃうけど、いい?」


葵は自分のぼさついた髪をちょいちょいとつまみ上げた。これはこれで見慣れてしまうと微笑ましくて良いんだが。


「はい、大丈夫です」


陽奈がシャワーを浴びてるうちに、俺と葵で点滴のセットや救急用品をいくつか選んで荷造りした。それと、葵が「不味いわよ」と太鼓判を押した保存食もどっさり持って行くことにした。


さあ、研究室に戻るぞ。




3人それぞれがいろいろ荷物を持って当直室エリアを後にする。特に俺はサンタクロースの袋みたいなでかい布袋を肩に担いでる。実はこれ、当直室にあった替えの布団カバーなんだが、保存食をどっさり入れるのに適当な入れ物がなかったんだ。まあ見苦しいのは勘弁してくれ。


俺が先頭、真ん中に陽奈を挟んで最後に葵の順で歩く。


後に心強い先輩がいてくれるおかげで陽奈もへっぴり腰から卒業した。相変わらず武器はトイレのデッキブラシだが。


「ずいぶん堂々と歩けるようになったじゃないか」


振り向いて突っ込むと


「だって葵先生がいるのといないのじゃ全然違うもん」


言い返されてしまった。


「葵と入れ替わって俺が最後からついて行こうか?」


「止めて下さい。何か山野先生が後から来ると、かえって怖いです」


「どういう意味だよ、そりゃ」


「だって山野先生ゾンビだし、そのうち後から襲って来るんじゃないかと」


「信用ねえなあ」


俺がふくれると、


「そりゃ、そんなゾンビ顔してたら信用されないわよ」


葵に笑顔でトドメを刺されてしまった。


まあそんな感じで3人でしゃべりながら歩いていると、来る途中のあのびくびくした緊張感が嘘のようだ。


真っ暗な地下通路も、もう平気だ。開け放したままにしておいた出口から差し込む光が徐々に大きくなり、俺達はゴミ集積場まで戻ってきた。




そこにあるトラックに俺と陽奈が乗り込もうとすると葵が驚いた。


「え? これに乗って行くの?」


「ああ。鍵が刺さったままでここに放置されてたんだよ。理学部棟まではちょっと距離あるし、ゾンビもうろうろしてるんで、これに乗った方が安全だと思ってな」


「ちゃんと動くの?」


「それは、まあ、動かしてみないと分からないけど」


「というか、あなたちゃんと運転できるの?」


「見たところ2トンか3トンだし普通免許の範囲だろ。オートマだし大丈夫だよ」


「どうだか……あなた、自分では覚えてないでしょうけど、車の運転下手だったわよ」


「え? そうなんですか?」


何故か嬉しそうに陽奈がツッコミを入れて来る。


「ええ、この人の助手席に乗ってて確か3回事故に遭ったわ」


何でそんな俺の生前の恥を満面の笑みを浮かべながらバラすんだよ!


「ええーっ! 怖いーっ! 葵先生が運転して下さい」


「分かった、分かった、じゃ葵、お前が運転してくれ」


無理矢理、運転席を奪われてしまったよ。


トラックの座席はベンチシート風で、横並びに三人座れるようになっている。葵が運転席に座り、真ん中に陽奈を挟んで、俺が助手席だ。


葵がキーをひねると軽くエンジンがかかり、トラックはするすると動き出した。臨床講義棟の外側をぐるっと回りながらスロープを上がり、地上に出てきた所が銀杏並木だ。


大学病院と鉄板の隔離壁を後にして、トラックは理学部棟の方向に向かって走り出した。




「葵先生、運転上手いですねー」


「そうかしら。普通に運転してるだけだけど」


「うちのお母さんなんて、下手なくせに細い抜け道とか突っ込んで行くんで、私、横に乗ってていつもハラハラしてた」


「ああ、まあ、そういう人いるわねえ」


「それに自分の運転下手なの棚に上げて大声で周りの車の文句ばかり言ってて」


「まあ、そういう人も多いわね」


「それに横から車が出てきても絶対に入れてあげないし」


「まあ、そういう人もいるけど……お母さんのこと嫌いなの?」


「だいっ嫌いです」


「ふうん」


いつの間にかさっきの話の続きをしている二人を置いて、俺は窓の外を通り過ぎていく銀杏並木をぼーっと眺めていた。


今は10月下旬か。


そういえば銀杏の葉は所々黄色くなりかけている。もうちょっとしたら綺麗な黄金色の並木道になるんだろうな。


周りの人間界でとんでもないことが起こってても、樹はそんなこと知ったこっちゃない。いつもと同じように季節のサイクルが巡ってるだけだ。


時々路上を彷徨っているゾンビを見かけるが、トラックに乗っている人間は目にも入らないようで、全く反応しない。トラックはちょっと減速して彼らを避けて走って行くだけだ。


ああ、しかし何だか頭の回転が遅いな。思考回路が腐って粘りついてきてるような感覚だ。



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