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ゾンビ先生は美脚がお好き  作者: 改 鋭一
一日目 「壁」
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驚かない理由

何だ、もう死んでるのか俺は。


自分が既に死んでいることを知った俺は、意外に落ち着いていた。


何が直接死因で死んだんだろう?


この頭の傷からの失血死だろうか? いや、脳浮腫による延髄圧迫か? それとも急性アルコール中毒? それほど寒くないから凍死じゃないよな。


自分が死んでる事実よりも死因の方が気になるっていうのも変な話だ。普通、自分が死んでることに気付いたらもっと驚くだろう。混乱してパニックになるかもしれない。


だが俺はこの通り、落ち着いてる。


その理由は自分で分かっていた。俺は今、自分がどういう状態になっているか分かっていたんだ。




この男子トイレ、死後の世界にしちゃ地味過ぎる。お花畑も三途の川もない。地獄にしたって静か過ぎる。鬼も閻魔もいない。霊体か、魔族大隔世か、険と魔法の世界への転生か……そういうのでもない。


ここは死後の世界ではなく、現実世界に存在するどこかの男子トイレだ。


そして、俺のこの死んだ身体はこの世の物理法則に従って動いてる。ドアを開けたり閉めたりもできるし、蛇口から水を出して顔を洗うこともできる。


死体が動いてる……それ以外は考えられない。


つまり、ゾンビだ。


ああ、そうか。俺はゾンビになってるのか。さっき鏡を見て「まるでゾンビじゃん」と思ったのは正解だったんだ。


いや普通、目が覚めて自分がゾンビになってたら、死んでるっていうこと以上に衝撃的だろうな。それでも俺は驚かない。


ゾンビという存在は一般常識では『あり得ない』ものだ。あり得ないから恐怖の対象になる。オバケと同じようなものだ。


しかし俺は知っている。よく知っている。


「ゾンビはこの世に存在し得る」


だから驚かない。冷静に死因の分析もできるわけだ。




……いや、でも待てよ。何かおかしい。


泥酔してトイレの中で独りで死んだんなら、何故俺はゾンビになってるんだ? 俺の生前の知識から言うと、誰かが何らかの手段でゾンビ化させない限り、人が勝手にゾンビになることはないはずだ。


直接の死因はともかく、自分がどういう状況で死んだのかが気になって来た。


俺は本当に泥酔して死んだのか? 何か違う死に方をしたんじゃないのか? 


考えてるうちに嫌な予感がしてきた。


こんな所にいても何も分らない。とりあえず早く外に出よう!




しかしトイレの出口の引き戸を開けようとして俺はハッとした。取っ手にべっとり血痕がついていたのだ。


さっきは気づかなかったが、よく見るとトイレの床……このドアから俺が倒れてた個室までの床にも点々と血が落ちている。もう乾いて黒々とした血痕だ。これはたぶん俺の血だろう。


つまり。


俺はトイレに来て、個室に入ろうとして転倒し出血したんじゃない。既に頭にかなりの傷を負い、出血した状態でトイレに入って来て、個室に逃げ込んだ……いや違うな。たぶんトイレに連れてこられて、個室に放り込まれたんだ。


じゃなきゃ、トイレの内側の取っ手に血痕がつくのはおかしいだろ。それに個室の鍵が開いてたのも合点がいく。自分で入ったのなら鍵ぐらいかけるだろう。


俺は、殺されたのかもしれない。


酔っ払いの自損事故ではない。殺人事件だ。


自分がお気楽な死に方をしたのではないと分ってきて、ますます胸騒ぎが大きくなってきた。


何で俺は殺されたんだ? 誰が、何のために、殺したんだ? そして、何で俺はゾンビになってるんだ?


さらに、だ。俺が生前、医者だったとしても、何故ゾンビについて『よく知っている』と言えるんだ?


今は思い出せないが、俺は何か大きなことに関わってるんじゃないのか? いや、俺自身が何かやらかしたんじゃないのか? 何かとんでもないこと……例えば映画やゲームのようなゾンビパニックが起ってるんじゃないのか?


すごくすごく嫌な予感がする。


とりあえず早く外に出よう!




トイレを出た所は左右に伸びた通路になっていた。


右側はちょっと行ったところで行き止まりの非常口になっている。左側は先が見えないぐらい長く続いている。とりあえずそっちに歩いて行ってみよう。


停電してるのか、照明は消えていて、通路は薄暗い。


両側には「生化学実習室」とか「電子顕微鏡室」とか書かれている部屋がある。中をのぞいても誰もおらずがらーんとしている。


ここは……駅なんかじゃないな。「実習室」ってことは学校か?


しばらく行くと建物の中央付近とおぼしき位置にエレベーターと階段があった。やはり停電しているらしくエレベーターのボタンは消灯している。


向かって右側、エレベーターと向き合う方向に別の通路が枝分かれしていて、ロビーのような広い場所につながっているようだ。そっちは光が差し込んでいて明るい。


ただ俺はこの通路のずっと先の方、薄暗がりの中で何かが動いてるのが気になっていた。あれは人じゃないか? とりあえず行って話しかけてみよう。


俺は通路をてくてく歩いた。


ああ、やっぱり人だ。髪の長い女性が床に屈み込んで何かやってる。何かの作業中かな。どうやって話しかけようか。


しかし、俺の足はそこでピタリと止まった。

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