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ゾンビ先生は美脚がお好き  作者: 改 鋭一
二日目 「再会」
19/44

約束

「それより1ヶ月前に俺がお前に何を話して、お前をどう巻き込んだのか、それを教えてくれないか?」


「いいわ」


葵はベッドに腰掛けて話し始めた。


陽奈も起き上がって興味津々といった顔で聞いている。


「ええっと、1ヶ月前って言ったけど、あなたどうせ大事なことも忘れてるでしょうし、だいぶ話が遡るけどいい?」


「いいよ、もちろん」


「じゃあ……私が必死で止めたのにあなたがアメリカに留学しちゃったところからね」


「えっ? なんだそりゃ。俺はお前の反対を振り切ってアメリカ行ったのか?」


「そうよ。『アメリカ行くなら婚約破棄して行って』って言ったら、あっさり婚約破棄されたのよ」


「ええ~っ! ひどい!」


突っ込んだのは陽奈だ。


「そうよ、だから女を泣かす悪いヤツだって言ったでしょ?」


「ホントですね……」


陽奈にまで睨まれちゃったよ。


まあ実際、ひどい話だな。研究のためにこんな美人を振るか? 普通、あり得んだろ。


「そういう経緯があったから、向こうに行っちゃってからしばらく音沙汰なかったけど、私も婚活パーティーにでも行こうかどうか悩んでる頃に、この人からまたメールが来るようになったのよ」


葵は、もう俺は放っておいて陽奈と女子トークしてる態勢だ。陽奈もうんうんうなずきながら聞いている。


「この人SNSしないからメールでね、自分がどんなすごい研究してるかとか、国際学会で賞もらったとか、自慢話ばっかり書いてきて、何よこの馬鹿、って思ってたの」


「いますよね~、そういう男子」


「まあでも、向こうの研究機関って、生き馬の目を抜くっていうか、本当に実力主義で競争が激しくって、嫉妬とか足の引っ張り合いとか凄いって聞いてたから、『ああこの人、元カノの私ぐらいにしか自慢話できないのね』って思って、相手してあげてたの」


「葵先生、優しいんですね」


「ありがと。でもね、だんだん変なこと言い出したの、この人」


「え、どんな?」


「どこかの国の諜報機関が接触してきたとか、CIAが何か言ってきたとか、メールが検閲されてるとか、ハッキングされたとか、電波なことね」


「えー」


陽奈が俺を見る目がさらに訝しげになった。止めてくれよそういう言い方。


「でもね、この人が作ったウイルスが、生物兵器としても有用だということが分かって、この人の研究を批判する人が増えてきたの。だからだんだん追い詰められた雰囲気になってたのは確かだと思う」


「へええ」


「私、この人が書いた論文は時々読んでたけど、だんだん文章に勢いがなくなったというか、批判されても防戦一方で議論になってなくって、明らかに『元気ないな』っていう感じになってきてたの」


さすが付き合いの長い元カノ、全てお見通しだったようだ。




「だから……その頃には、この人が電波なこと言ってるのは、マジでメンタルがやられちゃったんだと思ってたの」


「なるほどー」


「すごい心配で、アメリカまで連れ戻しに行こうかと思ったんだけど、日本へ帰って来るように何度もメール書いたり電話したりしたら、ようやっと帰って来る気になったみたいで、私、成田まで迎えに行ったのよ。それが去年の2月ね」


「葵先生、優しい~」


「でしょ? で、今ほどじゃないけど、この人えらくゲッソリした顔で帰ってきて、私、友達に精神科医の子がいるから、彼女に事情を話して診察の予約もとってもらったんだけど、この人、どうしても行かないのよ。『俺は病気じゃない』って。でも病気の人ほどそう言うのよね」


「へええ、そうなんですか」


「まあ結局、日本に帰ってきてしばらくしたら電波なこと言わなくなったし、だんだん元気になってきたから、もう精神科には行かず終いになったんだけどね」


「山野先生、ちゃんと葵先生の言うこと聞かないとダメじゃないですか。お世話になってるのに」


陽奈が俺に向かって口を尖らせる。俺はもう言葉もない。すいません。両掌を上に広げ肩をすくめるゼスチャーをする。


「でね、私は再三この人に、普通の小児科医に戻ってってお願いしたんだけど、この人は『研究を続けないといけない』って聞かないの。でもアメリカ行ってトラブって帰ってきちゃった人なんて、医学部ではどこも拾ってくれないのよ」


「へええ、冷たいですね」


「そういう世界なのよ。でも私のお父さんが理学部の学部長と友達なんで、そっちのコネで理学部に拾ってもらったの。ちゃんと研究室も一つもらって」


「え、葵先生のお父さんって偉いさんなんですか?」


「偉いさんっていうか、内分泌内科の教授してるわ。来年退官だけど」


「へええ、すごーい」


「別にすごくもないわ。外では偉そうにしてても家に帰ってきたらただのバーコード親父よ」


「でも山野先生、本当に葵先生におんぶに抱っこですね」


また陽奈にジロッと睨まれてしまった。




「それで、ここからがようやっと1ヶ月前の話ね」


ここまで既に十分ディスられてしまった俺に発言権はない。あくまでガールズトークを横で聞かせてもらってる情けないおっさんだ。


「この人が日本に帰ってきて、理学部で仕事するようになって、それからもちょくちょく二人でご飯食べに行ったりはしてたのよ。よりを戻したっていうほどのこともなくって、あくまで友達付き合いでね」


「ふーん」


陽奈はちょっと疑わしそうな目で俺を見ている。


「もう電波なことを言うこともなかったし、元気そうだったから、私も安心してたの。でね、1ヶ月ぐらい前、9月の連休の頃だったかな、『大事な話があるから研究室に来てくれ』って言ってきたのよ、この人が」


「へええ」


「私も、もう30歳をだいぶ過ぎちゃって、友達も大半は結婚しちゃったし、女医ってなかなか普通には結婚できないし、この人との関係は微妙なままだし、やっぱりいろいろ考えるじゃない。何の話かなって」


「ですよねえ」


陽奈は深くうなづいている。聞き上手なんだな、この子は。


「それで私、午後からお休みとってドキドキしながらこの人の研究室に行ったの。で、何の話かなーと思ったら、また電波な話だったのよ。もうガックリきて」


「あああー、それはガックリですよね」


と言いながらまた陽奈がこっちを睨んでるよ……とほほ。


「自分は狙われている、とかまたそんな話で、しかも私に協力してくれっていうのよ。ああまた病気が再発したのかと、私は正直うんざりな感じだったの。だから、一つ約束をしたわ」


「約束……ですか?」


「あなたの言うことに協力してあげるけど、3ヶ月経って何事も起らなかったら、必ず精神科を受診してね、って。そういう約束して、それでとりあえず話を聞くことにしたの」


「ああ、なるほど。そういう約束ですね」




「うん。それでね、この人の話っていうのが、前よりももっと危ない連中、つまりテロリストが自分の命とウイルスを狙ってる、っていうことだったのよ。電波でしょ?」


「……そうですねえ」


「それでね、自分の身に何か起るとするとこの2~3ヶ月以内のことだろう、これから3日に一度は必ず生存確認の連絡をするから、3日以上俺から連絡がなかったら何かあったと判断して、俺の研究室のパソコンにUSBメモリを刺して起動してくれ、っていうことだったわ」


「USBメモリですか」


「そう。研究室の鍵とメモリを渡されて、パスワードも聞かされたわ。パソコン起動したら何が起るのかは知らないけど」


「へええ」


「もう一つ、テロリストがウイルスを手に入れたら、すぐ身近な場所でテロを起こす可能性がある、もしお前がゾンビパニックに巻き込まれたらこの抗体を自分で点滴しろ、ってさっきあなたに点滴したのと同じのを渡されたの」


「だから葵先生はゾンビになってないんですね?」


「そうなの。で、他にもゾンビの特徴とか行動特性だとかいろいろ熱弁されて、とにかく当直室に逃げ込め、10日間生き延びろ、俺がもし生きてたら助けに行ってやるから、って言われたの」


「それが結局、その通りになってしまったと……」


葵は、はああと大きくため息をついた。


「そうなの。まさか本当にこんなことが起こるなんて……私の方が、馬鹿だったわ」




しばらく沈黙が流れた。


「だから私、さっきこの人に謝ってたの。でもね、私ね、さっきICUにいた子たちにも、カンファレンルルームにいる先生たちにも、ゾンビになった人たち、亡くなってしまった人たちみんなに謝らないといけないのかもしれない」


「そんなことないと思いますけど……どうしてですか?」


「私がこの人の研究を止めるべきだったのよ……せめてこの人の言ってることを信じてあげて、一緒に何らかの対策を考えてあげるべきだったんだわ。そうしたらこんなひどい事は起こらなかったかもしれない。こうなったのは私のせいなのよ」


「いや、葵、それはないぞ」


葵がまた涙声になってきたので、俺は慌てて割って入った。


「俺だ。責任があるのは間違いなく俺だ。100%俺だ。お前が一生懸命止めようとしてくれたのに、俺が突っ走ったんだ。ゾンビ化ウイルスを作ったのは俺だ」


「ううん、少なくともあなたが殺されてゾンビにされてしまったのは私のせいよ。当直明けで寝ちゃった日も圭から連絡なかったのに、次の日に私、自分の仕事を優先したのよ。圭との約束を守らなかったのよ。あの時点ですぐあなたの研究室に行っていれば、何かが変わってたかもしれないのに……」


「だったら葵、この後で行こう、俺の研究室に。そしてあのパソコンを起動してくれ」


「……これを使って?」


葵は胸のポケットからUSBメモリを取り出して俺達に見せた。何の変哲もないスティック型のメモリだ。


「そうだ。それで十分約束は果たしてもらったことになると思うぜ。だって俺にとって約束の一番重要な部分は、お前に生き残ってもらうことだったんじゃないかな」


「そうかしら……」


「そうさ。それにお前の話を聞かせてもらってちょっと見えてきたよ。テロリストなのか誰なのかは分からないが、誰かが、磁気嵐で世の中が混乱しているのに乗じて俺のウイルスを播いたんだ。俺の頭を殴ったのもそいつらだろう。本当に責めるべきはそいつらだろう?」


「そうね……」


「あのパソコン、昨夜俺が電源を入れてみた時にはログイン画面すら出なかった。お前が来てくれないと起動しないんだ」


「分かったわ。どっちにしてもこの後、私はあなたと一緒に行くわ。あなたの身に何かあったら研究室に行ってパソコンを起動するというのが約束だったから」


「ありがとう」



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