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ゾンビ先生は美脚がお好き  作者: 改 鋭一
二日目 「再会」
18/44

何が起こった

幸い、点滴が進んでもショックなどの副作用が出る兆候はなく、陽奈の体調は落ち着いている。


緊張が緩んだせいか、陽奈はすやすや寝息を立て始めた。朝早くに叩き起こしたからな。まだ眠かったんだろう。


取り残された俺と葵は彼女を見守りながらも、何となく気まずい雰囲気で押し黙っていた。


「あの……」


「えっと……」


気まずさに耐えかねて何か話を切り出そうと思ったらぶつかってしまった。


「あ、お先にどうぞ」


「お先にって言われても……何から話すの?」


と言われると、訊きたいことはいっぱいあるが、まず今、何が起ってるのかを知ることが第一か。


「そうだな、まず、この2~3日の間に何が起ったのかを教えてくれないか。陽奈も昨日までエレベーターの中に閉じ込められてて何も知らなかったんだ」


「え? そうだったの。閉じ込められてた影響は大丈夫なの?」


「きっといろいろ影響は残ってると思うが、ある程度食べて飲んで、体力的には回復しつつあると思う。それにエレベーターに閉じ込められたせいでゾンビになってないんだ」


「そうなの」


「太陽の活動が活発になって磁気嵐が起ったらしい、というのは陽奈から聞いた」


「ああ、それは知ってるのね」


「うん。だからそこからの話を頼む」


「分かった。じゃあ、とりあえずこの数日間の事ね」




そう言って葵が話し始めた内容は、俺が予想していたのとほぼ一致していた。


今から3日……いや、もう4日前か。つまり10月17日のことだ。


太陽の表面活動が活発になり、大きなフレアが発生した。世界各地で磁気の乱れが観測され、様々な電波障害が起こり始めた。


各国政府は磁気嵐への注意喚起を出したが、それは大きなニュースにはならず、むしろ「東京でもオーロラが見られるかも」などと、街はお気楽な雰囲気だったようだ。


しかしその翌日の10月18日になって太陽フレアは過去に類を見ない規模に育ち、宇宙空間に噴出した極大のプラズマ塊が全地球を直撃した。


日本でも各地の送電・変電設備が大きなダメージを受け、広範囲で停電が起こり、電力に依存した社会インフラがほとんど止まった。交通機関も止まり、携帯電話も固定電話もつながらず、ネットも寸断、テレビ、ラジオもダウンし、全ての情報網が沈黙した。


「私、その日は休みだったんだけど、前の晩、当直で忙しくって全く寝てなかったのよ。だから朝10時頃にようやっと部屋に帰って倒れ込むように寝て、起きたらもう夕方だったの。電気点けようと思ったら点かないし、携帯もネットもつながらないし、あれ? と思ったら大規模停電だったの」


「なるほど。街は大混乱だったんじゃないか?」


「私が寝てる間に大騒ぎになってて、核戦争が起ったんだとか、世界滅亡だとか流言飛語が出回って、事件や事故もいろいろ起こったらしいわ」


「で、お前はどうしたんだ?」


「仕方ないからその夜は真っ暗な中で寝たわよ。職場のことは気になったけど、夜間外出禁止になって動けなかったし。で、次の日になってとりあえず職場に行ったの。地下鉄は止まってるし、タクシーも走ってないから1時間かけて歩いたわ」


「病院は大丈夫だったのか?」


「その時は、まだ大丈夫だったわ。一応自家発電装置が動いてて、医療機器や電子カルテも電源は入ってたし。スタッフもみんな復旧のために走り回ってたのよ」


「『その時は』っていうことは……」


「そう、午前中はまだ良かったのよ。午後になって、キャンパス内で学生や教員が急にばたばた倒れて担ぎ込まれてくるまではね」


「……」


俺はもう言葉が出なかった。


「みな一様に高熱で意識も混濁してて、点滴ルート確保して緊急採血の結果を待ってる間にもう多臓器不全になってしまうの。しかも患者さんみな、全身状態が悪いにもかかわらず興奮して暴れ出して手がつけられないの。それでもどんどん新たな患者さんが運ばれてくるし、もう救命救急センターは地獄のようだったわ」


葵は沈痛な表情で続けた。


「そのうちさらに恐ろしいことが起こったの。まともに治療できないまま、あっという間に亡くなってしまう患者さんが続出したんだけど……明らかに心肺停止してるのに、起き上がって点滴チューブ引きちぎって、私たちにつかみかかってくるのよ」


「ゾンビ……だな?」


「そう。私はあなたから散々ゾンビの話を聞かされてたからそこまでショックは受けなかったけど、私の周りのスタッフはみな本物のゾンビを見てパニックになって逃げ惑っているうちにやられてしまったわ」


「……そうか」


ちょっと鼻をすすって葵はさらに続ける。


「私は救命救急センターにいたから分からなかったけど、病棟とか医局とかこの病院内でもゾンビが発生してたようで、気がついたらもう病院全体がゾンビの巣窟になってたのよ」


「逃げられなかったのか?」


「私は少しでも助けられる人を助けようとしてて逃げ遅れちゃったの。でも外に逃げようとしてもダメだったわ。銃を持った連中が既に病院をぐるっと取り囲んでて、外に逃げようとした人はどんどん撃たれてた。あっという間に病院は閉鎖されてしまったの」


「ひどいな」


「まあ私は、何かあったら当直室に逃げ込め、抗体を使え、とあなたに言われてたのでその通りにして大人しくしてたわ。でも自家発電も燃料切れで止まっちゃうし、お湯は出なくなるし、食べるものは倉庫にあった災害用の備蓄食料だけだし、どうしようかと思ってるところにあなたが来たのよ」


「ゾンビになった状態で、か」


「そうよ。私のこともすっかり忘れて、ね」


「……それはショックだよな。すまなかった」


「まあ、それはもういいわ」




「それよりあなたは……いったいどうしてそんなことになったの?」


「それがさっぱり思い出せなくってな……昨日の午後2時頃だったかな、ふと目覚めたら理学部棟1階の男子トイレの個室で、頭から大量に出血してぶっ倒れてたんだ」


「何でトイレの中なの?」


「それは俺が訊きたいぐらいだ。ただ俺はトイレの中で転んで怪我したわけじゃなくって、既に頭に傷を負ってる状態でそこに放り込まれたみたいだ」


「ふうん」


「トイレで鏡を見て自分がゾンビになってることを理解したんだが、トイレから出たら周りもみなゾンビになってるだろ。何が起こったのか探索しようと思って緊急発電装置を起動して、それでこの子がエレベーターで閉じ込められたのを助け出せたみたいだ」


「ああ、なるほどね」


「この子がゾンビに追われて逃げてきたのを助けて、大学の外に連れて行ってやろうとしたら隔離壁に阻まれて威嚇射撃までされて追い返されたんで、研究室に戻って夜を明かしたんだ」


「ふうん」


「記憶はさっぱり戻らないが、研究室で自分の論文を読んで、自分が何者かということと、とんでもない研究をしてたことは分かった。このゾンビパニックの原因を作ったのが俺らしいということも。ただ、他は分からないことだらけだ。自分がどうやって死んだのかも、何故ゾンビになってるのかも」




「ちょっとその頭の傷、診せて」


葵は立ち上がって俺の背後に回り、頭の傷を診てくれた。


「ひどい傷ね……」


「いや、別に痛くも痒くもないけどな。出血も止まってるし」


「ちょうど縫合針も糸もあるからナートしてあげるわ」


「いいよ、別に」


「いくらゾンビだっていっても、こんな傷を放置してるのは見てられないわ。いいから座ってジッとしてなさい」


無理矢理、縫われてしまった。


その上、丁寧に消毒してガーゼを当ててくれた。死人には不要な処置だが、まあその気持ちはありがたく受け取っておこう。


「死んだ人の傷を縫うのは初めてだわ……いえ、法医学解剖の実習で1回だけあったかしら」


「でもゾンビの傷を縫うのは間違いなく初めてだろ」


「まあ、そうね」


葵は続けた。


「でも、この傷を診て分かったわ。あなたは誰かに殺されたのよ」


「ああ、やっぱりそうか」


「頭蓋骨も骨折して陥没してるわ。しかも周囲の組織が頭頂から後頭部にかけて線状に挫滅してる。転倒したぐらいではこんなにはならないわ。後から金属棒か鉄パイプみたいな物で殴られたんだと思う」


「なるほど。後からぶん殴って、昏倒したところを引きずって、見つからないようにトイレの個室の中に放り込んだんだな。やっぱりそうか」


自分の最期が思っていた通りだったことが葵の診断で裏付けられて、俺は一人でふむふむと納得していた。




しかしその時、座ったままの俺の頭を、後から葵がガバッと抱きしめた。俺はびっくりして椅子ごとひっくり返りそうになった。


「……ごめん……本当にごめん」


唐突に謝りだした葵は涙声だ。さっきまで寝てたはずの陽奈も半身を起こし目を丸くしてこっちを見ている。


「別に謝らなくてもいいよ……というか、何がごめんなんだ?」


「……あなたが1ヶ月前から『俺は殺されるかもしれない』って言ってたのを、私、全然信じてなくって、てっきりメンタルがおかしくなったんだと思って、精神科に行くようにしつこく勧めてたの」


ああ、まあいきなりそんなこと言われたら、そういう風に思うのが普通だろうな。俺だって同じ反応をしたかもしれん。


「あなたの言ってることちゃんと信じてたら……私が何か違う方向に動いていれば、こんな傷を負ってゾンビにならなくって済んだかもしれない」


俺は彼女の二の腕の辺りをぽんぽんと叩いて言ってやった。


「いいんだよ。お前はお前で一生懸命俺の心配をしてくれたんだな。それで十分だよ。普通、そんな話をされても信じられないだろう」


「……」


黙って鼻をすんすん鳴らしている葵に、俺はもう一度謝った。


「俺の方こそ、こんなことに巻き込んでしまって本当に申し訳ない」


葵は黙ったまま、さらに力を入れて俺の頭をぎゅーっと抱きしめた。これ、ヘッドロックだよ。死んでるけど結構息苦しいよ。


ちょうどその時、陽奈の点滴が終わりかけていた。


「葵さん……葵さんよ、陽奈の点滴が終わりかけてるんだが。それに陽奈がこっち見てるぞ」


陽奈は猫っぽい目をまん丸くして口に手を当て俺と葵を見ている。それに気付いた葵はやっとヘッドロックを緩めてくれた。


鼻をすすりながら


「……どうするの? もうしばらくルートキープしとく?」


冷静な女医の口調に戻ってきた。


「そうだな、まだ何があるか分からないから、もうしばらくキープしとこう」


抗体の点滴は完了したが、急に副作用が出てきた時に薬物をすぐ静脈内に投与できるよう、もうしばらく点滴の針が入ったままにしとくわけだ。


俺が救急カートから違う点滴のボトルを出し、葵がそれにチューブを刺し替えてくれた。もう1時間ぐらい様子を見れば十分だろう。


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