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ゾンビ先生は美脚がお好き  作者: 改 鋭一
二日目 「再会」
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間に合った

「それより圭、あなた確かに顔はゾンビになってるけど、何でそんなに普通にしゃべってるの?」


「いやそれが俺にも分からないんだ」


「しゃべり方も全然普段のままよ」


「ああ、そうなのか」


ICUにつながる薄暗い通路を歩きながら葵は俺に尋ねる。


「それに私たちに襲いかかってくるわけでもないし……あなた、本当にゾンビなの?」


「ああ、それは間違いない。心臓も呼吸も止まってる。腹も減らないし、眠くもならない」


「ふうん」


葵は納得行ってない風だが仕方ない。俺だって、何故自分だけこんな中途半端なハーフゾンビの状態なのかさっぱり分からない。


「なあ葵、記憶が飛んでしまってていろいろ分からないことだらけなんだが、俺がお前に研究の話をしたとか、1ヶ月間振り回したっていうのは、今のこの状況に関わってることだよな?」


「そうね」


「後でいいから、その内容について詳しく教えてもらえないか」


「そうね……私もそのことではあなたに謝らないといけないことがあるから、後で点滴してる時にでも話すわ」


「おお、そうか。よろしく」




ICUはすぐそこだった。


しかし普段は自動でパッと開くはずの扉も、今は全く反応しない。手動でごろごろ開けるしかない。


入った所は控え室になっていて、ICUの中がガラス張りになって見えている。照明が消えて薄暗いICUの中は、カーテンが破れてぶら下がってたり、ストレッチャーがひっくり返ってたりと荒れ放題だ。


そして、その中に3体ほどナース服を着た……ゾンビが徘徊してる。こっちに向かってくるかと思いきや、彼女たちはこっちを見てるのに、俺たちに反応していない。


「あの子達、3人とも私よく知ってる子なのよ。よく一緒にカラオケ行ったりしてたの」


そんな関係の人間がゾンビになってるのを見るのは辛いだろう。俺は申し訳なさで何も言えず黙って聞いていた。


「これはあなたが言ってたことだけど、ゾンビってね、生前の記憶を全部失うわけではないって。あの子達、そのせいか私には襲いかかってこないのよ。私だと分かってくれてるみたい」


そうなのか。


俺もゾンビだが……さっき葵に出くわした時、何となく見覚えがあると感じたのは、机にあった写真を見ていたからではなく、葵の姿が記憶として残っていたのかもしれない。


ひょっとすると理学部棟にいたゾンビ達が俺を見て引いていったのも、俺がゾンビだからというだけでなく、顔見知りだったからなのかもしれない。


それを思うとさらにまた切ない気持ちになる。


ICUの横には小さな資材庫のような部屋があり、そこには点滴のボトルや、各種医薬品、心電図モニターなど緊急蘇生に必要な物品が雑然と詰め込まれていた。使ってない救急カートもいくつか置いてある。


葵は手際良く必要な物を集めてくれている。救急カートにそれらを載せ、ごろごろ押しながら、俺たちはまた通路を戻って行った。




『カンファレンスルーム』と書かれた部屋のドアノブは点滴用のビニールチューブでぐるぐる巻きにされており、中から開けられないように封鎖されている。


「そこは開けちゃダメよ。中に何人かゾンビになっちゃった先生達がいるから」


葵がわざわざ注意をしてくれた。


「閉じ込めてあるのか?」


俺が尋ねると、葵は困ったような顔をして答えた。


「そうよ。ICUの子達は私を見ても襲ってこないけど、男性のドクター達は私って分かってるのに寄ってくるのよ。危ないし仕方なく閉じ込めさせてもらったの」


ああ、何かそのゾンビ達の気持ちは分からないでもない。


カンファレンスルームの横から奥に入っていくと、小部屋がいくつも並んだビジネスホテルのような一角がある。ここが医師用の当直室エリアだ。


一番手前の『内科系1』と書いた部屋に入る。


中はシングルベッドとデスクでほぼいっぱいの狭さだが、部屋の奥がトイレ付きのユニットバスになっていて、しばらく閉じこもっていようと思えば閉じこもっていられる構造になっている。


「なるほど、ここにいたら安全だな。食べるものさえあればしばらく潜伏できる。良い場所を見つけたな」


「何言ってるの、あなたが私に『何かあったら当直室に逃げ込め』って教えたんじゃない」


「ああ、そうだったか」


「『俺が生きてたら必ず助けに行ってやるから』ってあなた言ってたのよ。まさか死んでゾンビになった状態で来るとは思ってなかったわ」


そんなこと言ってたのか、俺は。


自分が言った台詞は全く覚えてなかったが、それでも病院の中で真っ先に行くべき場所としてこの当直室が頭に浮かんだのは、『助けに行かなきゃ』という意識がどこかに少しだけ残ってたのかもしれない。




「ええっと、陽奈さんだったっけ? ここに横になってくれる?」


「あ、はい。ありがとうございます」


「それと、点滴する前に簡単に身体の診察しとくね」


陽奈は白衣と制服のブレザーを脱いでおとなしくベッドに横になった。葵がポケットから聴診器を取り出すのを見て、シャツのボタンを外し胸をはだけようとしている。


俺は目のやり場に困り、立ち上がって部屋の外に出ようとした。


「どこ行くのよ」


葵に鋭く突っ込まれる。


「いや、ちょっとあの、おっさんがいるとまずいかなと思って」


「何言ってるの、あなたも医者でしょ。おたおたせずそこに座っときなさいよ」


「山野先生、そこにいて下さい。先生がいてくれた方が安心です」


陽奈までが言う。


仕方なくデスクの椅子に座り直すが、視線をどこに向けていいものやら……えい、もう、目をつぶっとこう。


しばらくして診察は終わったようだ。陽奈が服を直す衣擦れの音がしている。


「今のところ、身体のどこもどうもないようだけど……発症したらもうアウトなのよね?」


葵が俺を振り返って訊く。


「そうだ。何らかの症状が出た時点ではもう遅い。それまでに抗体を投与する必要がある」


「潜伏期は1~2日だったわよね?」


「そうだ、よく覚えてるな。人間で実際に確認したわけじゃないが、計算ではウイルス感染後、発症まで平均で36時間だ。最短なら20時間ぐらいでも発症する可能性はある。俺たちが出会ったのは昨日の午後2時頃。だからタイムリミットは今日の10時だ」


「もう9時過ぎたわね。じゃあ早く始めましょう」


葵が点滴の針やチューブを用意している間に、俺は抗体を生理食塩水の中に注入し点滴できるように準備をした。


「陽奈さん、トイレ行かなくてもいい?」


「はい、大丈夫です」


点滴前のお決まりのやりとりだ。


制服のシャツをめくってはだけた陽奈の腕は思ったよりも華奢だ。


葵はそこにゴムの駆血帯を巻き、血管を確認してアルコール綿で拭うや、すっと針を刺した。点滴針の中に陽奈の健康な血液が上がってくるのを確認して駆血帯を外す。


見とれてしまうぐらいの手際の良さだ。いや、見とれてる場合じゃないな。はっと気がつき、俺は慌てて点滴針にチューブをつないだ。点滴はぽたぽたと落ちて行く。スムースに流れているようだ。


ふう、何とか間に合ったか。



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