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ゾンビ先生は美脚がお好き  作者: 改 鋭一
二日目 「再会」
16/44

ボサボサ頭の美人女医

そこに立っていたのは、白衣を着た女医さんだった。


ふわっと裾の拡がった短い白衣を纏い、黒いスキニーのパンツを履いた端正な立ち姿。


涼しい目元に真っ直ぐ通った鼻、くっきりした眉。主張し過ぎない上品な顎。医療系ドラマに出演中の人気女優さんかと見紛う美貌だ。


よくTVのバラエティ番組なんかで『美人女医』と呼ばれている女医さんたちを見るが、大変失礼ながら、彼女たちとは別格だ。これが本物の美人女医だぞと主張したくなるぐらいだ。


ちょっと伸びたボブの髪がボサボサで、アホ毛が飛び出してるのが残念だが、それも親しみを演出するためのヘアメイクか、と思える。


そしてその細い真っ直ぐな足の美しさは、陽奈の可愛い生足に決して負けてない。


履いているのが普通のナースシューズなのはちょっと残念だが、パンツから出たところの足首の細さといい、くるぶし辺りの慎ましさといい、俺のストライクゾーンど真ん中、美脚中の美脚だ。


でも何か彼女の顔には見覚えがある……どこかで会ったことがあるんだろうか。


女医さんは、俺を見てパッと笑顔になり何か言おうとしたが、俺がこんなゾンビ顔をしているせいだろう、怪訝な表情になって俺と陽奈を交互に見比べている。


「あ、すいません、怪しい者じゃありません。理学部の教員で山野といいます。ちょっと事情があってお邪魔してます」


とりあえずこちらから名乗ろう。


しかし女医さんは何も言わず眉間にしわを寄せて、ますます胡乱な顔をしている。


「この子がちょっと厄介なものに感染してしまって、発症を抑えるために抗体を投与しないといけないんですが、理学部の建物では危ないんでこっちに連れてきたんです」


「……圭、あなた、それ冗談のつもり?」


女医さんは怒ったような声で言った。


あれ? 圭って、俺の名前だよな。


俺のこと知ってるのか、この人?


「い、いえ、冗談ではないです……というか、すいません、私をご存じなんですか?」


「ご、ご存じって、あなた私のことが分からないの!?」


「すいません、見覚えはあるんですけど……どうも記憶を失ってしまったみたいで、実は自分の名前も覚えてなかったんです」


「はあ、何それ?」


女医さんは憮然とした表情だ。


「失礼になってしまったらすいませんが、あの、どちらでのお知り合いでしたっけ?」


彼女は俺の言葉にショックを受けたようで、ぽつりとつぶやくように言った。


「ど、どちらでって……私、あなたの元婚約者よ」


ピアノの鍵盤を両手で目一杯がーんと叩いたような衝撃音が周囲に鳴り響いた、ような気がした。




ああ、そうか。見覚えがあると思ったのは、デスクの引き出しに入ってた写真だ。髪が短くなってたから分からなかったが、間違いない、あの写真の女医さんだ。


そうか。婚約者だったのか。そりゃ、一緒に写った写真がいっぱいあるはずだ。


でも『元』婚約者って言ったよな。もう既に別れたっていうことだ。何があったんだろう。何か小っ恥ずかしいことをやらかしてフラれたんじゃないだろうな。


それより、そんな深い関係にあった女性を覚えてないっていうのが超絶に失礼な話だな。とりあえず謝ろう。


「何て言ったらいいか分からないけど、ごめん」


「何がごめんなのよ」


「いや、あの、覚えてなくって」


「謝ってもらってもしょうがないわよ。こうやってしゃべってても、まだ思い出さないの?」


「うーん、顔には見覚えがあるんだけど、名前とか関係性とかはまだ……」


「まあいいわ。そんなことより」


女医さんは改めてこちらに向き直り、意を決した風に言葉を続けた。


「圭、あなたその顔色、まさか……まさかと思うけど、あなたもゾンビになっちゃったの?」


「うん、そうみたい」


「そうみたいって……まさかあなた、もう死んじゃってるの!?」


「そういうことになるかな」


「!!」


女医さんは息を呑んだまま黙り込んでしまった。


え? 泣いてる?


女医さんの頬を涙が伝った。一筋、二筋……


彼女は静かに泣いていた。


お、俺が泣かしたのか?


戸惑った俺は後にいる陽奈を振り返ったが、彼女もこの展開から取り残され、こっちを見上げて声も出せずにいた。


「ご、ごめん」


目の前で自分の婚約者だったという美女にさめざめと泣かれ、息をしていないくせに息苦しくなってきた俺は、間抜けに謝るしかなかった。


彼女は小さい声でつぶやいた。


「……めれば良かった……」


「えっ?」


思わず聞き直した俺を、顔を上げキッと見据えて彼女は言った。


「私がもっとちゃんと止めれば良かったのよ。あなたがヘンな研究してるのを!」


「ヘンな研究って……細胞の不死化に関係した研究のことか?」


「そうよ! そんなことやってたって移植待ちの子供達を助けられるわけないでしょ!  佳代ちゃんが返ってくるわけでもないでしょ!」


え、移植待ち?


子供達を助ける?


何それ?


それに佳代ちゃんって、誰だよ?


突然、ゾンビと全然関係ない話が出てきて、俺は頭がついて行かなかった。


呆然とする俺と陽奈を前に彼女はひとしきり泣いた後、ハンカチで静かに涙を拭いた。


「ごめんなさい。今さら泣いてもしょうがないわね……」


「も、申し訳ない」


「いいのよ、ちょっとショックだっただけ」




「それで、その可愛らしいお嬢さんはどうしたの? どこから拉致って来たの?」


落ち着きを取り戻した女医さんは陽奈の方を見て言った。俺はそれには答えず、自分が脇へ退いて、陽奈を前に押し出した。


「あ、あの私……附属高校3年の須山陽奈といいます。エレベーターに閉じ込められたり、ゾンビに襲われたりして危ないところを、山野先生に助けてもらったんです」


陽奈がかしこまった様子で自己紹介した。


「ああ、附属の……じゃあ私の後輩ね」


女医さんはにっこり笑顔になった。


「え? 先生は附属の先輩なんですか?」


「そうよ。まあ卒業したのはもう十年以上前だけどね……それよりあなた、この人に危ないところを助けてもらったって言ったけど、逆に危ない目に遭わされたりしなかった?」


「いえ、全然。すごく守ってもらってます」


「ふうん、それならいいんだけど……この人はこうやって女性を泣かす人なんで要注意よ」


「え、そうなんですか? 分かりました。気をつけます!」


陽奈が冗談っぽく調子を合わせる。


ちょっと場が和んだ。俺も何か言いたくなって、女医さんと陽奈の会話に入ろうとした。


「いや、アオイ、お前だって……」


そこまで言いかけて、自分で固まった。今、俺、この女医さんのこと「アオイ」って名前で呼んだよな。無意識に。


名前を呼ばれた女医さんも、陽奈までも、こっちをジッと見ている。


やがて陽奈が切り出した。


「先生、ひょっとしてアオイさんっていうんですか?」


「……そうよ」


女医さん、いや葵は、俺に向き直り真顔で尋ねた。


「あなた、私の名字は思い出せる?」


言われなくても思い出そうとしてるさ。


『田中 葵』

『鈴木 葵』

『佐藤 葵』


いや、そんなよくある名字じゃなかったな。といってまさか珍名さんでもないよなあ。


なんだろう。アカサタナ……ハマヤラ……ワ。


ワ?


ワ?


ワ、っぽいな。ワで始まる名字だ。何かそういう気がする。


ワカ、ワサ、ワタ、ワナ……ワタ?


ワタ……ワナ……ワタ……


ワタナベ?


あ、ワタナベっぽい。ワタナベだ。


「外れてたらごめん。ワタナベさん、じゃないかな?」


「そうよ、ピンポン。私は渡辺 葵よ。元カノの名前ぐらいは思い出せるのね」


葵はちょっとホッとしたように笑った。


良かった。俺もホッとした。


ここで外したらさらに気まずくなるところだった。


「他に何か思い出さない?」


葵に促され、他にも芋づる式に出てこないかなと頭の中を探ったが……やっぱり出てこないなあ。


「いや、ダメだな。さっぱり出てこない」


「まあいいわ。それより、あなたさっき、この子が感染したとか、治療しないといけないとか、言ってなかった?」


「ああ、そうなんだ」


「ひょっとしてそれって、アデノウイルスのこと?」


「あ、あれ? それも知ってるのか?」


「あなたって本当にひどい人ね。こちらが訊きもしないのに研究の話をあれこれして、この1ヶ月間、人を巻き込んで散々振り回したのは誰? それも覚えてないの?」


「すまん。さっぱり覚えてない。でもそれなら話が早い。この子に抗体を点滴で投与したいんだ。どこか適当な場所と点滴セット、それと生理食塩水の100mlのボトルはないかな? できれば救急カートも」


「それならこの先に当直室があるからそこを使えばいいわ。それに点滴セットもボトルも救急カートも、ICUからすぐ持って来れるわ」


「あ、点滴セットとボトルは2つずつだ」


「どうして?」


「葵、お前の分もだ。こうやって俺と至近距離でしゃべってるだけでも既に感染した可能性がある」


「あら、ありがとう。一応私のことも気遣ってくれるのね。でも私は、1ヶ月前にあなたから渡された抗体を既に使わせてもらったわ。おかげ様で私だけこうやって生き残っちゃったけど」


「ああ、そうだったのか」


俺はだいぶ前からこういう事態になることを見越してたのか。


「じゃあ私、ICUに行ってくるから、あなた達、当直室で待ってて。部屋はみんな鍵開いてるし無人よ」


「いや、俺たちも行くよ。危ないだろ」


「別に私だけでいいわよ。この辺にゾンビがいないことは確認済みよ」


「まあ、そう言うな。一緒に行くよ」


「じゃ、まあご自由に。行くわよ」


陽奈を振り返ると、うんうんとうなずいている。高校の先輩と一緒の方が心強いのだろう。




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