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ゾンビ先生は美脚がお好き  作者: 改 鋭一
二日目 「再会」
14/44

突破

大学病院は大学キャンパスに隣接した場所にある。ただ、キャンパスは全体が丘陵になっており大学病院はちょうど丘の向こう側だ。ここから歩くと結構な距離がある。


建物の裏手を通って最短距離で行く経路もあるが、見通しが悪く何があるか分からない。やはり昨日と同じように、銀杏並木に隠れながら進んだ方が良いだろう。


俺は相変わらずデッキブラシを手にしたへっぴり腰の美少女剣士を後に従えて、少しずつ前進した。


初秋のひんやりした朝の空気はとても爽やか……なはずなのだが、それを感じる余裕はなかった。


俺は焦っていた。


残された時間は少ない。10時までには陽奈に抗体の点滴をしないといけない。朝6時に陽奈を起こしたのに、メシを食わせたりあれこれ話をしてるうちに1時間ぐらいは経ってしまった。


そして、ようやっと歩き出したが、こうやって銀杏の木に隠れてゾンビを回避しながら進んでいると、なかなか大学病院に近づかない。ハッと気がつくとすぐ後にゾンビが近づいていて、陽奈がブラシを振り回して撃退する場面もあった。


焦りながら、びくびくしながら、ちょっと迷ったりしながら、歩くこと30分ほど。どうにか大学病院の建物が見えてきた。


8階建ての大きな建物。俺はここで働いていた、はずだ。見覚えがあるような、ないような。




しかし病院の建物に近づいて行くと、またあの隔離壁が、俺たちの前を遮った。


大学のキャンパスを取り巻いているのと同じ鉄板の隔離壁が、病院周囲の駐車場を横切るように設置されており、大学側から病院には、近づくこともできない。


しかも少し離れて高い位置からのぞくと、病院の建物も1階、2階まで窓や出入り口が全て鉄板で封鎖されている。


異様な光景だ。病院そのものが封鎖されてる。


……これは、やはり、病院もゾンビパニックに巻き込まれたということか。


まあ、あり得ることだな。


大学構内で人がばたばた倒れたら、まず運ばれるのは隣にある大学病院だ。そして運ばれた人がそこで次々ゾンビ化して行けば、そこからさらにウイルスが拡がって、ゾンビパニックになるだろう。


全て、俺が作り出したウイルスのせいか。


俺はまたとてつもなく暗い気分に襲われるが、もう萎れている場合じゃない。とにかく、今ここにいる女子高生を助けなければ。


しかし。


まずどうやって病院の中に入るかだ。このままでは病院に近づくことすらできない。


隔離壁の隙間を探すか。


いや、それは危ないな。どこかから狙撃されるリスクがある。


しかも仮に隔離壁を抜けられたとしても、病院の建物自体も1階2階が封鎖されてる。簡単に中に入れるとは思えない。


隔離壁に近づくと危ない。俺達は少し手前まで撤退し、そこにある建物の陰であれこれ思案した。




その時、陽奈が何気なく言った


「この建物も医学部って書いてますね。病院と関係あるんですか?」


という言葉で俺の生前の記憶が刺激されたようだ。


ん?


そういえばこの建物、臨床講義棟じゃなかったかな?


臨床講義棟というのは、基礎医学を学び終えた高学年の医学生に、より医療現場に近い臨床医学の講義をする場所だ。


たいてい階段教室になってて前に診察用のベッドが置いてある。講義の中では実際に病気の患者さんに来てもらって診察場面を見せたり、話を聞かせてもらったりすることもある。


大学病院の入院患者さんに来てもらうこともあるため、雨の日でも行き来できるように、確か地下道で大学病院につながってたはずだ。


「陽奈、でかしたぞ! お前の言葉で思い出したよ。そうだ、地下だ。地下から病院に入れるところがあるぞ」


陽奈は褒められて、尻尾があったら左右にフリフリしてるんじゃないかというぐらいの得意げな顔だ。よしよし良い子だ、と頭を撫でてやりたかったが、抗体を点滴するまで接触は極力避けた方が良いだろう。残念だ。


よし、この臨床講義棟の地下に下りてみよう。


しかし建物正面の分厚いガラス扉はばっちり施錠されていた。さすがに俺が持ってる鍵なんかは全く受け付けない。


叩き割るか?


いや、かなり時間がかかりそうだし、破壊活動はなるべく避けたい。非常扉とか、他に入れそうな所を探そう。




建物の横に回ると、前の道路からスロープが建物の裏にぐるっと回り込んでいて、そこを下りて行った先にゴミの集積場があった。ちょうど地下1階まで掘り込んだスペースにゴミを入れる金属製の大きいカートがいくつか並んでいる。


ああ、確か……確か病院への地下通路はここから伸びてたんじゃなかったかな。何でこんなゴミ捨て場を通らなきゃならんのだ、と思ってた記憶がある。


ゴミ集積場の奥に進むと、案の定、病院への地下通路の入り口があった。ここだ。間違いない。


そしてこのゴミ集積場には意外な収穫があった。ゴミの収集に使うものだろう、荷台に古新聞、古雑誌や段ボールを山積みにしたトラックが1台置きっ放しになっていた。


大きさから言うと2トンかな? 3トンかな? 念のために、と思ってトラックのドアに手をかけると……意外にも簡単に開いてしまった。しかも、まあ何と言うことでしょう、運転席にキーが差し込まれたままになってるではありませんか。


まさかこんなご都合主義はないよなと思いつつ、運転席に座ってキーをひねると、何事もなかったかのようにあっさりエンジンがかかってしまった。


運転手の姿はどこにも見当たらない。ゾンビなってしまったのか……それともゾンビに囓られてしまったのか。


いずれにせよ、申し訳ないが、理学部棟への帰り道にはこのトラックを使わせてもらおう。




病院へ続く地下通路の扉をそっと開く。


幸い扉の鍵は開いていた。しかし中は照明が落ちているため真っ暗で、鼻をつままれても分からないぐらいの漆黒の闇だ。懐中電灯を持って来たので前には進めるが、陽奈がまた背中にぴったり貼り付いてきて、歩きにくいことこの上ない。


「頼むからもうちょっと離れてくれよ、陽奈」


「え、そんなの無理です」


仕方なく入ってきた扉を大きく開け放って、そこにあったコンクリートブロックで閉まらないようにした。それでこの扉の近辺は明るくなったが、中に進むにつれて暗くなるのはどうしようもない。結局通路を進んでいくと周囲は再び闇になり、懐中電灯の明かりだけが頼りになった。


それでも200メートルぐらいは進んだだろうか、もうそろそろ病院の地下階に出るはずなのだが、いくら進んでも周囲は真っ暗なままだ。


あれ? 何か変だぞ。


やがて俺たちは壁にぶち当たってしまった。懐中電灯の明かりで目の前に白く浮かび上がったのは、鉄製の大きな防火扉だ。


しっかり施錠もしてある。鉄製で分厚く頑丈な扉だ。手で押したり叩いたりしたぐらいではびくともしない。


そうだ。学生の頃、雨が降ってる日なんかに、ここを通って病院地階の生協に昼メシを買いに行こうとして、たまにこの扉が閉まってて、がっかりして引き返したことを思い出してきた。


物事はそううまくは運ばない。


どうするか。


引き返すか? しかし地上に戻っても隔離壁で追い返されるだけだ。


さっきのトラックでこの狭い通路に乗り入れて、フルスピードで体当たりするか。


いや、もしこの防火扉が滅茶苦茶頑丈だったら、トラックが大破してしまうし、乗ってる人間の身体もタダでは済まない。ちょっと危険過ぎる。


うーん……


そういえばトラックの横にゴミを入れる大きなカートがあったな。あれも金属製でかなり頑丈そうだし、重たそうだ。あれを2つ3つ縦に並べて、俺と陽奈で押して押して加速して行って、勢いよく防火扉にぶつけたらどうか。それなら最悪、カートがぶっ壊れて周囲にゴミは散らばるが、俺達に危険はない。


他に手はない。よし、それで行こう。


作戦を説明して陽奈に協力を乞う。


「うわ、何かゲームみたいですね、やりましょう、やりましょう」




俺達はもう一度通路を通ってゴミ集積場に戻った。


ゴミが入った重たいカートを3つ、通路の中に押し入れて縦に並べる。まるでトロッコ列車のようだ。


これをぶつけるだけでもかなり強力そうだが、このままだと扉とカートの前面が、面同士のぶつかり合いになってしまって衝撃が分散してしまう。もっと衝撃を集中させて、扉を固定している鍵の部分だけを壊したい。


カートを置いてあった場所の奥で、ちょうど良い物を陽奈が見つけてくれた。何かの作業の足場に使ったのだろう、鉄パイプと金属板があったのだ。


よし、この鉄パイプを……金属板を使って先頭のカートに固定して……できた!


先頭のカートにカブト虫のような「角」を着けることができた。この角を防火扉の左端、ちょうど鍵のある辺りにぶつけることができれば、そこに衝撃が集中する。何とか鍵をぶっ壊して扉を開けることができるだろう。


そして、狙いを定めるために、二つある懐中電灯の一つを先頭のカートの蓋に固定してヘッドライトのようにした。


「陽奈、俺が合図するからちょっと手前でカートを放すんだぞ。カートが跳ね返ってきたら危ないからな」


「はーい、了解です」


「よし行くぞ!」


「はいっ!」


俺達はカートを押し始めた。


くっそ重いな。


中にゴミがいっぱい入ってるらしいカートは、単体でも、力いっぱい押してようやっと動かせるぐらいの重さだ。そんな物体が3つ連なると、ゾンビになったおっさんと女子高生の力では、なかなか動かない。


せえの、よいしょ! せえの、よいしょ!


二人で何回か声を出して力を合わせ、ようやっとカート列車はごろごろ動き出した。


いったん動き出してしまえば後はスムースだ。俺達が押せば押すほどカート列車は加速していく。


しかしそのスピードは途中から予想外のものになり、俺達はほとんど全力疾走になった。それでも狙いをちゃんと定めないとカート列車は右に左に進路が逸れていく。最後はもうカートにしがみついているような有様だった。




目印として通路の途中に置いてあったもう一つの懐中電灯の横を通り過ぎた。


「よし! 陽奈、手を放せ!」


俺達の手を離れたカート列車はごーっと音を立て、あり得ないスピードでそのまま真っ暗闇の中を突っ走って行った。


そして……凄まじい大音響を発して防火扉に激突した。


陽奈は悲鳴をあげ耳を押えてしゃがみ込んだ。それぐらいのすごい音だったのだ。最後に、外れた鉄パイプがからんからんと床を転がって、ようやっと周囲に静寂が戻った。


防火扉は……完全にぶっ壊れてしまったが、見事に人が一人通れる隙間が開いていた。


鉄パイプの角がめり込んで1両目のカートを貫通し、2両目のカートを突き上げてひっくり返し、辺りにはゴミが散乱してしまった。生ゴミも入っていたのだろう、強烈なゴミ臭が漂っていたがそんなことに構ってはいられない。


俺達は、懐中電灯とデッキブラシを拾い上げ、壊れてしまった防火扉をくぐり抜け、ようやっと大学病院の地下階に侵入した。





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