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ゾンビ先生は美脚がお好き  作者: 改 鋭一
一日目 「壁」
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二人の夜

幸い、生協の建物は研究室に引き返す途中にあった。


もうすっかり夜になってしまったが、どうも壁の外から投光器で大学構内を照らしているらしく、どこからか少し光が差し込んでいて周囲は真っ暗ではない。


ただこうなると、どこにゾンビがいるかよく見えないので、かなり注意深く進まざるを得ない。


案の定、入り口を探して建物の角を曲がったところで、女性のゾンビに出くわした。暗闇でいきなり目の前にゾンビが立ってたら、ゾンビの俺でもびっくりする。思わず、こっちの方が大声を出してしまった。


幸い1体だけだったので、ゾンビがひるんだ隙に、陽奈を後にかばったまま通り抜けられた。




生協の入り口は開けっ放しになっていた。


建物の中に入って左手が書店、そして右手がコンビニになっているが、こちらは自動扉が固く閉ざされていて、簡単には中に入れない。


施錠されてたらガラスを割って入るしかないが、鍵がかかってるかどうかは見ただけでは分からない。とりあえず手動で開くかどうかやってみよう。


「陽奈、そっちを引っ張ってくれ。俺はこっちを引っ張るから」


「はい」


ガラス面に掌を押し当てて両側に引っ張ると、意外にも自動ドアはするすると開いてしまった。


一歩二歩、入ってみる。


外からの光で真っ暗闇ではないが、中は気持ち悪いぐらいにしーんと静まりかえっている。念のためバックヤードも含め店内をウロウロして確認するが、ゾンビはいない。良かった。


「俺がここで見張ってるから、今から言うものをレジ袋に入れて持ってきてくれ。まず、スマホの充電器と電池、それに懐中電灯、それからカップ麺やスナック菓子や食べられるものをありったけ。あ、飲み物もだ。他にも着替えとかタオルとか歯磨きとか、要る物があったら好きなだけ持って来ていいぞ」


「え、勝手に持って行っていいんですか?」


「いいんだ。俺のおごりだ」


「えー……」


陽奈は最初、気が進まないようだったが、いろいろ物色してる内に楽しくなってきたようで、あ、これも、あ、これも、みたいな感じでレジ袋に入れて行く。


男の俺からすると、これまで下着をコンビニで売ってる意味が分からなかったが、こういう時に役に立つんだな。下着やらパンストやらをありったけレジ袋に詰め込んで、陽奈はホッとした顔をしている。


結果、いろいろなものが入ってパンパンに膨れ上がったレジ袋が6つ、7つ、8つ……9袋にもなった。


「まあ今日の所はこれぐらいにしておいてやろう」


「そうですね。これ以上、持てないし」


泥棒にでもなったような気分でキョロキョロしながら店を後にする……と言うか実際にやってることは泥棒に他ならない。もし後で問題になったら、支払いの意思はあったが、ゾンビになっちゃって支払いできなかったんだ、とか言い訳しよう。


陽奈の片手は相変わらずデッキブラシで塞がっているため、俺が両手にコンビニ袋をいっぱい持ち、がしゃがしゃ音を立てながら外に出る。おっと、念のために自動ドアはもう一度閉めとこう。


建物の裏の方を通って、無事に研究室のある建物に戻ってきた。暗闇でゾンビに出くわさなくて良かった。正面の出入り口付近にいたもう1体のゾンビもどこかに行ったようだ。元警備員だから巡回に行ってくれたのか。


俺達は正面から堂々と入って階段を上り研究室に戻ってきた。




研究室の中はもうほとんど真っ暗だ。


俺達はがしゃがしゃと音を立てながら大量のレジ袋を床に投げ出し、中から手探りで電池と照明器具を探し出した。


ランタン風のライトに電池をセットして明かりを灯す。


辺りがぼうっと明るくなり、陽奈のちょっとホッとした猫っぽい顔が浮かび上がる。何か、ペットの子猫を連れてキャンプに来た、みたいな感じだ。バーベキューセットでもあればもっと楽しくなるんだがなあ。


それでもランタン風のライトなんて、大学構内のコンビニのくせに洒落たものを置いてやがる。機会があれば評価の☆を多めにつけといてやろう。


さあ、これで陽奈のスマホも充電できる。とにかく外部に連絡をとらないと、この状況からは逃れられない。


そして食う物だ。


どうしてもインスタントかレトルト物になってしまうが、ガスコンロと小鍋と水さえあれば何日かは食いつなげられる。


と思ったら、陽奈がポテチの袋を抱きしめてこっちをジッと見つめている。


いいよ、食え食え。


俺自身は全く腹が減らない。


もう、だいたい自分でも理解はしていた。


俺の胃腸は最早どんなに美味しい物を食っても、消化吸収はしてくれない。だってもう死んでるんだからな。


ゾンビが生きてる人間に食らいつくのは、食欲や攻撃性を制御する脳のシステムが壊れているからだ。本当に腹が減ってるわけでもないし、何か食ったからと言ってそれが血肉になるわけでもない。腹の中で腐っていくだけだ。


腹が減る。何か食わないといけない。食えば排泄もする。面倒くさいことだが、生きている者、健康な者にしかできない特権でもある。


俺は陽奈にレトルトのカレーや米飯を温めてやりながら、普通に腹が減って、メシを食えるという事を、ちょっと懐かしく、羨ましく感じていた。




「先生は食べないんですか?」


ポテチ一袋をあっという間に片付けた後、今度はカレーを頬張りながら陽奈が尋ねてくる。


「ああ、腹が減らないし、そもそも食べなくてもいいんだ」


「えっ? 食べなくてもいいんですか?」


「そりゃそうだろ。だってもう死んでるんだから」


「あ、そうか」


陽奈は黙ってしまった。


「だからその辺の食べ物はお前が全部食ってもいいからな。遠慮なく食え」


「はい……ありがとうございます」


何か空気が抜けたように元気がなくなってしまった。


まずいこと言ってしまったかな。目の前で、俺はもう死んでいる、って言われたらドン引きするのも無理はないか。


俺はちょっと申し訳なくなって席を立ち、隣の部屋に行って、物置状態になってたソファを片付け、彼女の寝床を作った。


ロッカーの中にもう一着白衣があったよな。白衣を二枚重ねて着ると意外に暖かい。布団が無くてもそれで何とか寝られるだろう。本当はちゃんと家に帰らせてふかふかのベッドで寝かせてやりたかったが仕方ない。エレベーターの中でうずくまって寝るよりは若干マシだろう。




隣の部屋に戻ると、カレーを食い終わった陽奈がスマホを手にしていた。何度も電話をかけようとしているが、どこにもかからないようだ。


「どうした? かからないのか?」


「はい。やっとちょっと充電できたんですけど、アンテナ一本も立たないし、とりあえず友達のところにかけてるんですけど全然かからないんです」


「自宅より友達が先か? まあいいけど、ネットはどうだ」


「ネットも全然ダメ。アプリも何もつながんない」


あれこれ操作しながらふくれっ面をしている。


おかしいな。


この大学が厳重に封鎖されてるということは、ゾンビパニックは大学キャンパス内が舞台になっていて、地域社会には大きなトラブルは出てないはずだ。じゃないと封鎖する意味がない。


しかし、こんな街中でスマホが全く使用不能ということは、かなり広い範囲で携帯電話のネットワークに問題が起きてるということだ。


近くの基地局がダウンしてるのか、もっと広域の問題なのか。特定のキャリアの問題なのか、全機種だめなのか。そして、その携帯電話の問題も、このゾンビパニックに関係してるのかどうか。


「陽奈、お前がエレベーターに閉じ込められる前、世の中に何か大きなニュースはなかったか? 例えば大規模なテロの予告とか、地震や台風みたいな自然災害とか」


「そういうのは別になかったですけど……あ、関係あるかどうか分からないですけど、太陽の活動が活発になってて、東京でもオーロラが見えるかもしれないってニュースで言ってました」


「それだ!」


思わず大きい声を出して陽奈を驚かせてしまった。




太陽の活動は十数年に一度、非常に活発になる時期がある。


そういう時期には太陽の表面で大規模なフレアが発生し、太陽がまき散らした様々な放射線や電磁波の嵐が地球にまで到達して、大規模な停電や電波障害などを起こすことがある。


いわゆる『磁気嵐』と呼ばれる現象で、歴史にも、都市レベルの大規模停電や、通信網が広範にダウンした有名な事例が記録されている。


オーロラも太陽からの放射現象によるものだ。普通は北極や南極など高緯度地域でしか見られないものだが、江戸時代に京都でオーロラらしきものが見えたという記録があり、実際、その時期に非常に強い太陽活動があったことが判っている。


東京でオーロラが見えるというのはそれに匹敵する歴史的な磁気嵐だ。大規模停電が起こったり携帯電話の通信網が広域でダウンしたりしててもおかしくない。


大学キャンパス内の電源が落ちた上に、災害用の緊急発電装置がうまく自動起動せず、陽奈がエレベーターに閉じ込められたままになったのもおそらく磁気嵐の影響だろう。


しかし。


それとゾンビパニックとがどう関係するんだ?


何かがちょっと見えた気もしたが、まだまだ話が繋がらんな。



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