あなたにとってもっとも人間的なこと。それは、誰にも恥ずかしい思いをさせないことである。
神血教会は“魔王”を神の敵と呼ぶが、アレはそんな大袈裟な物ではない。
魔王とは人間に絶望した人間の終着点の一つと呼ぶのが正しいだろう。
故に、魔は獣の姿を取る。
人でいることに耐えられなかった人間が、人の姿を捨てた慣れの果てが魔王なのだ。
絶望が深ければ深い程、魔王の姿は醜悪になり、おぞましく捻じれ、禍々しい形になると言われている。
馬鹿弟子の姿からは、その絶望が如何程の物であったか俺には想像もつかない。
しかしが変わり果てた姿の頭頂部に王冠のように伸びる、不器用なまでに大きな角はあまりにも痛々しい。角は草食の獣の特徴だ。人に絶望し、魔王へと墜ちながらも、馬鹿弟子は人を貪るための牙や爪ではなく、武威を知らしめて人を遠ざける角を選んだ。怪物になりながらも、馬鹿弟子は争いを嫌ったのだろう。
実際、辺り一帯を懐かしい辺境の森そっくりの異界に変えこそすれど、馬鹿弟子は人を襲うことをしなかった。噂を聴き付けた俺が馬鹿弟子を発見した時、奴は飢えてやつれ今にも死んでしまいそうな程に弱っていた。魔王って奴は、人以外を食えないと言うのも本当らしい。
だから、年老いた俺でも何とか魔王の首を刎ねることができた。
「すまねえ。俺が愚かだった」
最早、面影の残っていない馬鹿弟子の毛むくじゃらな頭を整えながら俺は謝らずにはいられない。
「戦争を知っていたのに、悲劇しかないことをわかっていたのに、優しいお前を行かせてしまった。殴ってでも止めるべきだったが、お前に嫌われたくなかった。理解のある振りをして傷付くのを怖れていただけなんだ。お前の責任感の強さを無視して、直ぐに女でも連れて帰って来てくれるだろうと都合の良い夢を見ていた。俺の心の弱さが、お前を悪夢に誘ったんだ。本当にすまねえ」
本当に俺は馬鹿だ。
もう二度と悲劇を繰り返さないと誓って森に暮らしていたのに。
今度こそ幸せにしてみせると赤子を拾ったのに。
「息子のように愛していたのに」
また、俺の愚かさが故に、息子を不幸にしてしまった。
深い悲しみと同時に、自分に対する失望と、人間に対する絶望がごちゃ混ぜになって、わけがわからなくなる。この世の全てを呪い、この世の全てを破壊したい衝動に駆られる。
復讐の為の御旗は俺にあるはずだ。俺は沢山のモノを失い、大切な物を奪われて来たのだから。
だから、俺にはその権利があって良いはずだ。
行き場のない俺の感情を、世界は受け止めるべきに違いない!
「――――っ!」
だが、俺は最後の一線を踏み越えることができなかった。
俺は弱い。こんな悲劇を、俺は他人に強要できない。
歯を食い縛って衝動に耐え、涙を流してこの感情を捨て去る。
戦争も魔王もくそったれだ。
人はそれでも耐えねばならんのだ。
例え、この道の先に栄光も勝利も無かろうとも、絶望に負けてはならない。
「さあ、俺達の森に帰ろうぜ。お前が大好きだった丘の上に墓を作ってやる。心配するな。来年もきっと、綺麗に花が咲く」