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びだあどのぼうけん 急-雲集


腹を殴られて気絶したティタが目覚めて覚えた感想は、牢屋とは意外とじめじめしていないし、臭くも無いのだな、という気の抜けたものだった。


ティタの身嗜みは襲われる前と変わらず、身体に不自然な点も無い。


寝ている間に姦淫されたという事は無いようであった。


ならば何故、という疑問に尽きる。


怨恨か。

自分は怨恨を持たれる様な生き方をした記憶はない。


ティタはリュギルの寒村でオテロ、トゥスと共に育ち、村の滅びと共に日銭を稼ぐ様な生活を送ってきた。


自分の見た目は随分と優れている様で、色々声をかけられる事もあったが、そちらの道には進まずにこの年まで生きてきた。


それも終わりかと考えたのが一月前の商隊襲撃だったが、ティタはそこで運命的な出会いをした。


本当に美しい人だった。


麦穂色の輝く御髪、高い空の様に透き通った瞳。

小さな頭とか顔、綺麗に尖った鼻と顎。

長い手足に薄い胸。


余分な物が一つとして無い、完成された美の精霊の化身。


それがヴィダードに対する第一印象だった。


一眼見た瞬間から心酔した。


腕に抱える骨は不要だったが。


大切な幼馴染を救って貰い、更に好意を持ち、教えを乞う事にも成功した。


後は弟子として少しづつ距離を詰め、亭主を失った悲しみを自分が癒やし、後釜に座る。


ティタの人生は頗る好調の一言であった。


それがこの様だ。


周囲を見渡す。


無数の檻に女性達が囚われ叫び散らかしている。


特に酷いのは左隣と、斜め左隣の檻。


「絶対に許さない」


「別に貴女に許されたいとは思わないけど、原因は貴女でしょ?」


「違う。私はごはん奢ってくれるって言うから、奢ってもらっただけ。空腹には勝てない」


「その奢ってもらった食事に睡眠薬入れられてたんだから世話無いわよ」


「そもそも運命の人を探すとか言って旅に出たのが悪いし、何なら貴女も睡眠薬入りのごはん食べてる」


「貴女が旅行するなら各地の美味しい物が食べられそうって言って勝手についてきたんでしょ!?」


「誘惑するのが悪い」


「貴女と話してると頭がおかしくなりそうよ!どうするのよこんな所に入れられて!変な煙で経は上手く錬れないし!」


「それはこっちの台詞。ここのごはん美味しく無い。いつも同じ。最低」


「もうっ!煩いっ!ああ、まさか私の処女、薄汚い毛むくじゃらの下腹の、太った貴族に奪われるんだわ…あのお方に捧げる筈の、私の尊い処女が…」


「出た。きも。あいつなんてただ強いだけじゃんっ。男は顔。顔さえ良ければ何でもいい。それが全て。後はお金持ちで、優しくて強くて、料理が上手で私の事放っておいてくれて、姑がいなくて、小舅も姉妹もいないといい。後は…」


「理想高っか!そんな男の人いませんー!ていうか、あのお方がそれじゃない?」


「知らないの?あいつ、50人くらい兄弟いるらしいよ。嫁も5人いるし」


「それを言うなっ!忘れてたのにっ!…大丈夫よマルギッテ。あのお方は独身なの。孤独な身の上で、その悲しみを貴女が癒すの。大丈夫大丈夫。……。………あれ?…私、何でこんな所に?貴女は…?発情猿?」


「全然忘れてないでしょっ!この女ほんと腹立つっ!あの頭のおかしい三白眼女の次に腹立っ!この白激アクアをこんなに馬鹿にしたのは2人目っ!」


騒ぎたてる2人に対して牢屋番が吠える。

怒られた2人はぶうぶう牢屋番の悪口を言い始め、足の長さから口の臭いまで50を超える悪口を言われた牢屋番は、半泣きになって引き下がっていった。


「はぁ。屈辱よ。この私がこんな程度の低い奴らに捕まるなんて…」


「煩いわねぶつぶつと。まああっちで騒いでる2人よりはましだけど」


「あ?何?あんた。態度でかくない?何なの?」


「ぶつぶつ気持ち悪いのよね。ほんと。憂げな感じ出してたら男が寄って来る?そんなんで寄って来る男なんて、気持ち悪いやつだけよ」


「私には将来を誓った相手がいますから!隣の牢に!」


「サンゴ。静かに」


「はい」


「うわっ。こいつ自分の男とそれ以外とで性格使い分けてるの?きっも」


「ガンレイも静かにしよ?」


「だってぇ!暇なんだもん!ジュリぃぃ!」


「もっと危機感持ってよ…」


右側ではそんな罵り合いが繰り広げられている。


正面の牢、その寝台の上にはトゥスが横たわっている。

胸が上下しているので無事ではあるだろう。


幸いな事にこの牢は清潔だ。

寝台も綺麗。


自分達は売り物にされると考えるのが妥当だ。


トゥスも含め、牢に捕えられた女性は美しい人ばかりだ。


数人男もいる様だが。


少し離れた牢に囚われ、向かいの牢に入れられた誰かに興奮した様子で話しかける男も随分と美しい。


男も売るのだろうか。


ティタは溜息を吐いて寝台に腰掛けた。


経を上手く練る事ができない。

練ろうとすると上手く丹田に集められず、全身に散ってしまうのだ。


牢にはうっすら煙が漂っている。

無臭だが、これを吸い込むと頭の奥が霞み、物事に集中出来なくなるのだ。


集中しなければ行えない練経と行法。


行使は難しい。


暫く寝台に横になり眠ろうとしてみたり、経を練ろうとしてみたり、自重鍛錬を行い時間を潰していた。


攫われた時の事を思い返す。


突然扉を蹴破られ、自分はすぐに気絶させられてしまった。


トゥスは取り敢えず無事だろうが、オテロがどうなったか心配だった。


悶々としていると、トゥスが起き上がり周囲を見渡す。


「トゥス!目が覚めた?大丈夫?怪我はない?」


鉄格子に近寄り声を掛けた。


「え…?何?これ…」


「私達、宿にいた所を襲われて、捕まったみたいなの…」


「襲われて…、そうだ!オテロは?!」


「オテロはいないみたい」


「オテロが!あたしが連れて行かれそうになった時にオテロが護ろうとしてくれて!それでっ…オテロが、オテロがお腹を…剣で…」


「そ、そんなっ!?それじゃあっ!」


「このままじゃオテロが死んじゃうよっ!?ねえっ!ティタ!どうしよう!オテロがっ!」


想定外だった。


襲われた時、師匠は宿を出ていた。


直ぐに戻ってくれれば助けて貰えるかもしれない。

でもそれは希望的観測だ。


「トゥス、落ち着いて。師匠なら癒せる筈だから。きっと大丈夫」


それは自分に言い聞かせるものでもあった。


きっと師匠が助けてくれる。

だが、そういう思考を彼女は嫌うだろう。


ティタはヴィダードという女の本質をある程度理解しているつもりだった。


彼女は他者への興味が薄く、身内と断じた者以外への情は殆ど存在しない。


路で襲われていた自分達を助けたのは、本当に気紛れや、何かの必要性に駆られた結果に過ぎないのだろう。


だがそれでもいい。

ティタは奇跡の様な可能性で繋がれた縁の糸を手繰り寄せ、ヴィダードとの縁を保ち続けるだけだ。


それが生きる為、憧れた人と同じ時を過ごす為にできる事だ。




日が落ちる。


街に刺していた夕陽が黄昏色に変わり、軈て夜の帳が街に降りる。


直に昼と夜の長さが同じになる秋下月上旬。

大陸やや北方のクサビナ、ケツァルとはいえ、まだ夜の気温は蒸し暑く、じっとしているだけで汗ばむ気候だ。


そんな中でヴィダードは涼しげな表情で商会を宿の屋根上から見下ろしていた。


日中に調合した薬を、納めた皮袋をひっくり返す事であたりに撒く。


起こした風が宿に向けて薬を運ぶ。


商会の構造は散布した経で把握できている。


動き回る人の気配からして虜囚は地下に囚われていると考えられる。

地下までは感知する事ができなかった。


ヴィダードは起こした風に粉薬を運ばせ、夏の夜の開け放たれた窓から薬を侵入させる。


ばたばたと商会の者が倒れていく。


衛兵の巡回はまだ先。


合図を送る。


シラーが正面扉の取手に手をかける。

そして閂ごと扉を引き千切った。


鉄が無理やり伸ばされる耳障りな音と、鉄が引きちぎられる大きな音が響く。


「お馬鹿!何してるのよ!」


「だって閂が…」


こそこそと揉めているシラーとファラの元に宿の壁の突起物や柵等を素早く伝って降りたヴィダードが合流する。


「何してるのお?…もたもたしている暇があるのお?」


「…え、ええ。ごめんなさい。行くわよシラー」


間近で見開かれたヴィダードに見据えられ、ファラが気を引き締めなおし扉を抜けた。


床に倒れる商会の関係者を尻目に建物内を進んでいく。

辛うじて意識がある者は顎を蹴って気絶させる。


ヴィダードは深く息を吸い込む。

様々な匂いの中、知っている匂いが嗅ぎ取れる。


二つと言わずそれ以上。


ヴィダードの苛立ちが心中で膨れていく。


目的地を見つけるのは容易い。


敷地内の幾つかの倉庫の内の一つ。


踏み入り地下に続く階段を発見する。


階段を降りる。


「何だ?」


男が1人木製の椅子に腰掛けこちらを見ている。


ヴィダードは矢筒から抜いた矢で眼窩を抉り、動かさせずに殺す。


脇の卓に香炉が置かれており、煙が周囲に立ち込めている。

ラクサスで森渡りを捕えるのにも使われていた練経をできなくさせる薬煙だ。


ヴィダードは風咳で香炉ごと吹き飛ばすと、地下牢内の空気を纏めて風にし、煙ごと外に流し出した。


替わりに新鮮な夏の夜の空気が流れ込んでくる。


「あーっやっと忌々しい煙が…あっ!?貴女はシンカさんの奥さん!」


囚われたガンレイとヴィダードの視線が合う。


ガンレイは ラクサスのヴィルマ王城で同じシンカの小隊に所属した森渡りの女で、ヴィダードの脳にも記憶が残っていた。


「よかった…ヴィダードさん。ここから出してもらえますか?」


ガンレイの隣りの牢には同じくヴィルマで一緒だったジュリ。


「ヴィダード…?師匠!」


「師匠!やっぱり助けに来てくれたんですね!」


「師匠!オテロはどうなりましたか!?あたしが攫われる時にオテロが刺されてっ!」


「治療したわぁ。命に別状はないけどぉ、体力を失ってるから、休ませてるわぁ」


ヴィダードの言葉を聞くとティタは安堵にその場で座り込み、トゥスは崩れ落ちて号泣を始めた。


地下牢に鳴き声が響いて頭を揺さぶられ、顔を顰めた。


だがヴィダード自身も2人の弟子の無事な様を見て思わず安堵し小さく息を吐いていた。


「あっ!あんたは。早く此処から出して」


「この女はっ!?あのお方の…妾!」


弟子達の次の牢にはシメーリア人の中肉中背の女と、赤毛の華奢なアガド人女が囚われていた。


ヴィダードを目に留めると鉄格子にがぶり寄って来る。


ヴィルマとエケベルで相対した白激アクアとエケベルで敵の鬼火隊として戦い、グレンデルに降伏したマルギッテだ。


「ん?…おおっ!ヴィダードか!」


「ヴィダードちゃん?」


「……兄様…義姉様…。こんな所で何してるのお?」


ヴィダードの実の兄カリムとその妻のジャミーラ、他イーヴァルンの民4名。


「いや、ははっ、食事に混ぜ物をされたみたいでな。妻共々この様だ。しかし、さっきまで漂っていた煙、あれは凄いな!お前は何という薬か知っているか?経を使えなくなるとはな!」


興奮しているカリムを無視して牢の入り口に戻る。


シラーが死んだ牢番の後頭部に棍を突き刺し、吊し上げ、ファラが所持物を漁っていた。


「……牢の鍵が無いわね。どうする?」


「私の武器で殴れば鍵も壊れるだろうが…」


「あまり音が出るのは良く無いわね」


「…じゃあ私が鉄格子を切るわぁ」


ヴィダードは左右に続く牢の間を歩き、中に閉じ込められている人達に端でしゃがむ様に伝えていく。


「あ、貴女達は此処から出す気は無いからぁ、そのままでいいわよお」


アクアとマルギッテにはそう声をかける。


「何でよっ!」


「虐め酷すぎ。見て。あんたの仲間にやられて傷ついた私の玉のお肌。肋骨もかけてる。悪いと思ったら出して」


アクアはわざわざ服の裾を捲り脇腹を晒す。確かにユタに刺された場所に傷が残っている。


「知らないわぁ。私達の前に立ち塞がったのが悪いのよお。さよなら」


「待って待って!このままじゃ私、豚みたいに声太った男に種付けされちゃう!助けてよっ!」


今度はマルギッテが必死の形相で喰らい付く。


「貴女は私の旦那様の事を狙っているものお。出す訳無いでしょお?」


騒ぐ2人を放置して牢の奥へ。


イーヴァルンの民達の奥には人間の娘が10人程。

1番奥には腕の立ちそうな者も収監されている。


ヴィダードは経を練る。

風が横一文字に渦巻き、どんどんその太さを減じさせていく。


細く細く束ねられ紐の様に細くなると、それを直進させる。


銀色に輝く風の線が、幾つもの鉄格子の上部を切り裂き、シラーとファラに迫る。


「ちょっ!?」


「うわっ!?」


2人は辛うじて屈んで避けた。


「ヴィダード!危ないでしょうがっ!」


「当たらなかったんだからいいでしょお?そもそも当たる様な愚図は足手纏いだからぁ、此処で死んでおいた方がいいわぁ」


「こいつっ!?」


シラーが淡々と上部が切断された格子を力でひん曲げて虜囚を解放させ始める。


その時、ヴィダードの耳は地下牢の外からこちらへ駆け寄ってくる足音を捕える。


「敵が来るわぁ。…数は3。経も使える様ねぇ。私が相手するからぁ、2人は早く牢から」


弓を構え、矢を番えながら経を練る。


「!?」


足元から経が浸透してくる。

土行法の前触れだ。


「手練れねえ」


跳ねて後退する。

直後今まで立っていた足元が隆起する。


立ち塞がった岩戸の影に人影が転がり込む。


「よし、ヴィダード!援護するぞ!戦える者は協力だ!」


カリムが声を掛けながら経を練っている。


「…ちょ、ちょっと待て!様子がおかしい!」


岩戸に隠れた敵が声を上げる。

男の声だ。

無論、匂いで既知の人間では無い事は把握済み。


しかし違和感もある。


この建物の中の人間は全て眠らせた。

異変に外部の者が気付いたとして、たった3人で乗り込んでくるだろうか?


関係無い、と両手を突き出す。


風行法・群燕無数の小さな風の刃が、突き出したヴィダードの手元から射出され、岩戸を飛び越えてその背後に向かう。


「まっ、ちょっと待てこらっ!ミラ!ユーリス!止めてくれっ」


「何これっ!?数多すぎるぅっ!」


男は後退しながら天幕を、女が後退しながら風流陣を行い群燕を辛うじて防いでいる。


ヴィダードは更に経を込めて刃の数を増やす。


「その声…イグマエア様!?私達を助けに…!お願いします!止めてください!彼は味方です!無益な殺生はお控え下さい!」


「大隊長でありますか!?」


侵入者は1番奥で囚われていた女性2人の知人らしい。


ヴィダードは行法を中止し、様子を窺う。


群燕が止まったのを確認し、侵入者2人が恐る恐る岩戸から顔を覗かせた。


「オランシス っ!」


牢に収監されていた女が人を掻き分けて走り出し、男の内の1人に抱き付いて激しく接吻を始めた。

男も女を抱き留め、接吻に応じながら尻を揉みしだいている。


ヴィダードは舌打ちをしつつ外からの確認を行う。


動き出す人の気配は無い。


「兄様、義姉様、ティタ、トゥス。此処から出るわぁ」


「ヴィダードさん。このままこの街に止まるのは危険よ。この街の衛兵、人身売買組織と協力関係にあるわよ。早く街を出ないと、今度は正規兵に犯罪者として捕まることになるわ」


ガンレイが寄って来てヴィダードに告げる。


「装備はぁ?」


「このまま行くしか無い。武器程度なら森で調達するわ」


皆を連れて森へ逃れる事になる。


「え?ちょっと待って?何でこんなに綺麗な女の人ばかり?」


侵入者の女が騒ぎ出す。


「ミラとユーリスは捕まって、どうして私は捕まってないのよ!?私だって十分美人でしょ!?ねえ!?」


「ディギ、煩い」


「イグマエア様、有難うございます。ディギもオランシスも、助かりました」


「隊長、ディギータ、オランシス。助かったであります」


再会を喜び合っている5人を捨て起き、ヴィダードは階段を登る。


「ファラ、兄様。この後どうするか相談しましょお」


夏の夜の空気を吸い込みヴィダードは確認を行う。


「正規軍が人攫いに関与しているとすれば、間違い無く追跡してくるわよ」


あまり時間の猶予は無い。


囚われていた者の中にはこの街の出身者もいる。


複雑な状況下に置かれている事をヴィダードは改めて認識していた。


どうするべきか。慎重に考える必要があった。


最早ヴィダード1人の命では済まないのだ。



オールスター感謝祭

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