表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/17

白細之手本寛久人之宿



シンカの体調が完全に戻るまで更に10日と言う時間を要した。


その間ナウラは自分がどの様な思いをしたか。その絶望の程をとくと語った。


合間に里の今、シン家の今を伝えた。

カヤテの出産、ユタの懐妊、リンファとその子供の様子、ヴィダードの出奔。


「ヴィーが心配だな」


シンカは感慨深そうに目を閉じてナウラの話を一通り聴き、暫く考えた後そう言った。


「ヴィーはきっと、その身が朽ち果てる迄先に召された伴侶を探し求め、何処かの森の片隅で朽ちていくのでしょう。なんと哀れな」


「俺のせいみたいに言うのやめて」


「貴方の、せいで、しょうが!」


怒れるナウラの乳房を欠伸をしながら揉みしだくと腕を叩かれた。


「もう俺は疲れた。全裸で打ち上げられた女を虫から一晩守って戦ったり、泣き落としで戦争に参加させられて背中に矢が刺さったり、でかい熊に潰されたり、おっさんを助けて長旅したり、馬鹿な弟子を助けに行って手足を4本中3本斬られたり、王都の王城に殴り込みしたり。女難の相が出ているに違いない」


「シンカ。3人も孕ませて何を言っているのですか?」


「俺はもう戦わないぞ。ヴィーも導かれたとか何とか言うなら自分で俺を探し出すべきだ」


「……酷い暴論が飛び出ましたね。……尤も、貴方がその身が朽ち果てる限界まで私達や里の皆の為に腐心した事、皆が分かっています。ヴィーには頑張って貰いましょう」


そう言うことになった。


これはシンカが既に疲れ果てており、旅を続ける心のゆとりが失われていた事が大きい。

その他にも身重のユタが優先されたという側面もあるが、いずれにせよヴィダードは見捨てられた。


「恐らく以前よりヴィーはおかしくなっていることでしょう」


ナウラはそんな事を述べた。


「あれ以上だと…?」


「ええ。白骨化した貴方の腕を後生大事に抱えて頬擦りしているのですから」


「え…?…こわい」


「それでもまだましでしょう。それ以前は腐り始めた貴方の腕を家の中で肌身離さず抱えていましたから。隙を見てユタが奪い、カヤテが燃やしたのです。あの時の怒り狂い様は…思い出したくもないですね」


シンカは白目を剥いて髪を振り乱し咆哮を上げ暴れ回るヴィダードを想像した。

二度と想像したくないと思った。


「……そんなもの捨ててくれ」


「骨を上手く針金で加工して手の形に戻し、漸く許しを得ました。……シンカ。私が言うのも何ですが、伴侶はきちんと見極めてから作った方が良いのでは?」


シンカはあの人の意識を吸い込むかの様な瞳に薄らと笑みを浮かべ、白骨化した腕を抱きしめて頬擦りし、時に口付けをしてぼそぼそと骨に愛を囁くヴィダードを想像した。


完全に狂人であった。


「本当にお前が言うなよ」


シンカとナウラは一晩だけ酒を飲んだ。


その席で如何にしてヴィダードにシンカの生存を伝えるか相談を行い、あれこれ議論を重ねたが翌日にはすっかりと酒精が抜けるのと一緒にその記憶も抜け落ちてしまった。


2人にはヴィダードに薬師組合経由で伝言を送ったという事実のみ記憶に残った。


酩酊するまで酒を飲み、蛇の交尾の様に絡まり合ってお互いの身体を貪り合い、カヤテと挙式を執り行った結晶堂を見て周り、そしてその合間に最低限の装備を整えた。


「…以前は何も持たなかった私が、シンカの為に装備を整えるのですね。感慨深いです。何も出来なかった私が……。まるで貴方の母親の様です」


「おぎゃん」


更に10日が経ち、シンカとナウラは街を出る前に最後の豪勢な食事を行った。

体臭の出る肉類は避けて麺麭や穀物主体の食事はやはり味気ない。


食事を終えて小舟に乗って川下りをしつつ、河岸に立ち並ぶ美しい街並みを観光した。


船頭が櫂で舟を進める中、そっとナウラと口付けをした。


舟から降りてのんびりと宿へと戻る途中、細い路地の先を複数の男達が塞いだ。


にたにたと卑俗な嗤い顔を浮かべてナウラの衣類の上からでも分かる豊満な肢体を舐め回す様に見ていた。


「…相変わらず凄いな。お前は」


シンカは感心半分、呆れ半分でナウラを見遣った。

ナウラは顎を上げてシンカを流し見た。


表情は冬の湖面の様に冷ややかだが、その内側に潜む信頼や愛情をシンカは感じ取ることが出来る。


「おいにいちゃん!随分な別嬪連れてるじゃねえか!」


「近くで見れば凄え身体付きだな!なあ!そのねえちゃんちょっと貸してくれよ!銅貨1枚やるからよ!」


背後からも2人やって来る。


「うほぉっ!ドルソ人は好みじゃねえがこのねえちゃんは別だな!撫で心地良さそうな肌ぁ打って俺の手形つけてえしよ、俺の逸物で思いっきり突いて澄ました面が歪むとこ見てみてえぜ!」


「あの薬使おうぜ!直ぐに自分から尻を振る様に変えてやるよ!」


男達は下卑た言葉を口々に投げかける。


「相変わらず凄まじい人気だ」


「そろそろ不快です。やっておしまいなさい」


自分で出来るくせに、とは言わない。

甘えているのだろう。彼女には心配もかけた。

それに鈍った身体の具合を確かめるのにも役立つ。


そしてそれ以上に


「人の女を集団で囲んで嬲ろうとは、殺されても文句は言えんな。覚悟はいいか?」


気に食わない。この女は自分のものだ。これまで命を賭して守ってきた、大切な妻だ。


「あ?!雑魚が!お前の手足叩き折って目の前でぐちゃぐちゃに壊してやるぜ!」


「はははっ!粋がってどうなる!お前1人で!」


「いままでそんな事言って女守ろうとした男の前でよぉ、自分から強請る程輪してやったけどなぁ!」


3人目が唾を飛ばして野次を飛ばした時には既にシンカは前方を塞ぐ1人の頭を掴んでいた。


「汝等にこの女は勿体無い。汝は自分で自分の逸物をしゃぶっていろ」


男の頭を強烈な力で引く。

枯れ枝の折れる音と共に男の首が地面に向けて伸びた。立ったまま、男の腰は折れ、伸びた首など気にせずに掴んだ頭を股間にぶつけた。


「素晴らしい経の廻りです、シンカ」


「まあな」


「あと、台詞も良いですね」


シンカは微笑んで唖然と立つ2人の暴漢の頭を両手で掴む。


「汝等は男同士で接吻していろ」


2つの頭をぶつけた。


ぐしゃりという生々しい音と共に赤茄子の様に2人の脳髄が飛び散った。

シンカは飛び散る脳漿と血液の飛沫すら視認して躱した。


あまりの事に棒立ちになり唖然としていた背後の2人に振り返る。


「うん。やはり筋力が衰えている。分かってはいたが」


「矢張り亭主に守って貰うと言うのは気分が良いです」


シンカは気負い無く残る2人に近付いた。


「……ま、待て。誤解だ、誤解!」


「そう!間違いだ!落ち着いてくれ!」


「うん。どんな誤解だ?」


関節や筋肉の調子を確認する。問題無い。

経の廻りも潤滑である。


「いや、あれだ。別人だったんだ!人違いだ!」


「訳が分からん」


ばっさりと否定すると1人が叫び声を上げて背を向け駆け出した。

しかし二歩目で彼の膝に穴が開き、崩れ落ちる。


倒れた男にもう1人を捨て置いてシンカは迫る。


「馬鹿め!死ねぇっ!」


シンカが背を向けることとなったもう1人が刃物を抜いて背後から襲いかかった。

シンカは振り返ることすらなく蹴りを背後に放つ。

シンカの踵が吸い込まれる様に背後の男の喉を蹴り砕いた。


「……それで、俺の妻をどうすると?」


脚を引きずり這い進む輩の首を踏み付け命を奪った。


「………シンカ。私の旦那様」


「…………何やら嫌な予感がするが」


ナウラがシンカを梟の様に感情の見えない表情で凝視した。


「確か近くに連れ込み宿がありましたね」


「もおおお、すぐ興奮するのやめて!」


「……長く、離れていましたからね。足りないのです。それとも、もう私には飽きてしまいまいましたか?」


女を感じさせる仕草は控えめのナウラであるが、今は大層妖艶にシンカには見えた。


体格の良い女に連れ込み宿に手を引かれる男の姿がそこにはあった。




つづく

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 10日とは言え、両手片足が生え、両眼が復元される薬があるというのは良いですよね。 [一言] 精霊の民とは経の相性で御導きがるということでした。 精霊の民の懐妊には、経を纏った状態での絡まり…
[一言] 待ってました! シンカの人間味が増しましたね?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ