びだあどのぼうけん 急-言い残すべき片言もなし
突拍子の無い言葉を吟味しているのだろう。
その隙を見逃すシンカでは無い。
川のせせらぎの様に氷塔原を流れる様に抜け敵に迫る。
背後ではずるりとスイハとスイホが地に沈み、ナウラが大きく背を逸らす。
ヴィダードが矢を番えて狙いを定め、リンドウが丹田に集中させていた膨大な量の経を腕に移動させる。
シンカにいの1番に反応したのは山渡りのアナトリだった。カラキア含む5人の敵に迫るシンカに対し、懐から瞬時に取り出した短剣を投擲する。
首筋に迫る短剣をシンカは避けない。
あわや首に突き立つ一寸手前で短剣は弾かれる。
ヴィダードの放った矢が短剣弾き上げてシンカから軌道を逸らし、氷塔の1つに突き刺さる。
次いでナウラが胸を大きく膨らませた後、上半身を折って呼吸を吹き出した。
火行法・劫火扇
ナウラの口腔から吹き出された強烈な火焔が扇状に広がり、氷塔を溶かしつつシンカに押し寄せようとする敵を牽制する。
「其は真なる地の営み」
リンドウが言葉を発する。
右手が振られ、リンドウの頭上に巨大な火球が形作られた。
カラキアの配下がカラキアを守るため前に出る。
「ペテルソン!ルリダス!こいつは強い!防御に徹しろ!サクレ!隙を見つけて後方から攻撃しろ!」
ビグエリと呼ばれた男が3人に指示を出す。
「…」
肉薄したシンカ。
その手に武器は無い。
無手・点打
背を丸め顎を引き、顔を守る様に拳を持ち上げたシンカの両腕が五度、目にも止まらぬ速さで動いた。
防ぎにかかったルリダスの剣を一撃目でひしゃげさせ、二撃目でその剣を弾き飛ばし、三撃目で防ごうとした腕をヘシ折り、四撃目で腕を引き千切り、五撃目で頭部を破裂させた。
「個々で相手取るな!この男が本当に狐男ならケツァル王城に1人で斬り込んだ事になる!そのつもりで相手せよ!」
オベサムの指示に敵が動き出す。
「させるか…おらぁっ!」
シラーが鉄棍を横薙ぎにして氷塔を破壊する。
氷の破片がばら撒かれ、一歩前に出た盾持ちのトレメンスが破片を防ぐ。
「全てを照らし、全てを燃やす、赤い華」
火行法・焔天華
固定砲台たるリンドウの大技。
頭上に打ち上げられた巨大火球が火炎を撒き散らし、地に落ちたそれが爆炎を上げて周囲を焼く。
ナウラによって溶かされ、土を濡らした水分が蒸発して水蒸気が立ち込める。
山渡り達と大山公司の護衛達が抜かるんだ後衛のナウラ、ヴィダード、リンドウを潰すべく動き出す。
水蒸気の立ち込める泥濘を越えにかかるが、蒸気の中から何かが山なりに緩く四つ投げつけられる。
乾いた土塊の一つを取った山渡りのスタニスはそこに内包された経を感じ取り目を見開く。
「まっ!危ない!」
手にした一つを抱えながら、味方の近くに落ちたもう一つにスタニスは覆い被さる。
直後爆音が周囲に響く。
スイハとスイホが行った四つの土行法・火栗が破裂した。
同胞を庇ったスタニスが自身を犠牲にして被害を抑えた。
2つの火栗を腹の下に敷いて倒れ込み、腹這いになったスタニスは火栗爆発の瞬間に衝撃で浮き上がり、すぐに地に落ちて動かなくなった。
スタニスの犠牲で作られた時を見逃さず、山渡り達は降り注ぐ土塊の中を進む。
行法を行ったばかりのスイハとスイホはぬるぬると地面に沈み込み、山渡り達の攻撃を躱す。
6人の山渡りはナウラ、ヴィダード、リンドウに接近しようと試みる。
「3人とも後衛だ!接敵すれば仕留められる!」
アナトリの激にいきりたったヴァシリが長剣を振り翳し、ナウラに向かおうとするが、シンカから土行法・石筍の妨害を受け脚を止める。
「邪魔臭い…先に狐男を仕留めるぞ!」
山渡り達はシンカに刃を向けた。
ジャブダル率いる雨月旅団の面々とウルガリ率いる大山公司護衛の面々は行法の合間を抜けてシラーとファラの元に辿り着いていた。
雨月旅団のウガルと護衛のオーデマは連射されるファラの矢を身体に受けていたが致命傷には程遠かった。
「ぶはははははっ!らぁっ!どちゅん!」
シラーが振りかぶった鉄棍を雨月旅団のアサグに叩き付ける。
「ぐぅっ!?」
受け流したアサグが威力に呻く。
力を込めた一撃を受け流されたシラーの体勢が僅かに崩れる。
前方に身体が流れた隙に左右から迫った雨月旅団副官のサティと大山公司護衛のフォルクが剣を振るう。
「シラー!?」
ファラがフォルクの喉を狙い矢を放つが、鎧の大袖で受けられてしまう。
「ざけんな雌狒々がっ!」
フォルクの胸元に前蹴りを放ち吹き飛ばすシラーだったが右方から迫るジャブダルとサティには対応しきれていなかった。
シラーはジャブダルの振り下ろしを辛うじて鉄棍で受けるが、無防備な背をサティに晒していた。
だがサティの剣が振り下ろされる事は無かった。
サティの腕が振り下ろされるべく、腕の筋肉が膨張した瞬間、その腕に黒く塗られた竹籤が突き立っていた。
シラーは僅かな隙に身体を苔生した地に身を投げ出して距離を取る。
竹籤を投擲したのはジュリだった。
体を落とし、指の股に3本づつ竹籤を挟み構えたジュリが動く。
右手を外に振り抜き3本を投擲。続き左手内に振り3本を投擲、左手を振る間に、すかさず腰の袋から3本を引き抜き指に挟む。6本目の投擲完了後には既に右手を振り始めている。
内に振った左手は懐に忍ばせた竹籤を引き抜き、間断無くサティに向けて竹籤が放たれた。
無手・矢絣
サティは致命的な竹籤の投擲を防いでいたが、見る間に針鼠の様に全身に針を生やしていった。
ジュ家の投擲術は岩や金属すら穿つ。
僅か4呼吸。放たれた竹籤は既に50近く。サティはまともに動けなくなり、恐怖の目を年若いジュリに向けた。
そして彼が瞬きをして次に瞼を開いた瞬間には、既に眉間に竹籤が深く突き立ち、脳幹を穿ち命を奪っていた。
体勢を立て直したシラーが、振り下ろされるジャブダルの剣を鉄棍で弾き上げる。
「己れっ!女風情がああああっ!」
ジャブダルはいきり立ち鈴剣流・木枯しの舞を始め、シラーに連続して斬りかかる。
防衛に移るシラーに対し、ウガル、アサグが背後を取ろうと動く。
ジュリに対しては大山公司のウルガリ、フォルク、オーデマがじりじりと距離を詰め始めた。
そこに様子を伺いつつ経を練っていたガンレイが地を強く踏み付けることで土行法を発動させた。
地面が鋭く隆起してジュリに迫る。
ジュリは大きく飛び上がり鋭く突き出た土行法・虎落峯の鋒に降り立った。
ジュリの背に隠されて行使された虎落峯は、大山公司の男達の視野に入っていなかった。
街中での荒事を生業にしていた男達には経の感知も、ジュリとガンレイの見事な練経に対応する事もできなかった。
オーデマの身体は百舌の早贄の様に虎落峯の鋭い鋒に吊り上げられ、口の端から粘度の高い血液を垂らしながら息絶えた。
ジュリは虎落峯の上、高い打点から五寸釘を放つ。
ジュリの動きに気付いたアサグが自身の目前で剣を平にして構えた。
眉間狙いと見て防ぎに掛かったのだ。
側でその様子を窺っていたウガルは、甲高い音と共に五寸釘が弾かれる事を疑っていなかった。
だが、ジュリは防がれる事を想定していた。
想定し、経を練り、五寸釘を放つ瞬間、極小規模の風邪咳を釘の頭に放っていた。
無手・井筒割
目にも止まらぬ早さで打ち出された釘は、アサグの剣を貫通し、剣とアサグの頭蓋骨を釘で留めた。
戦闘の間隙を縫って領兵団長ラクテア含む5名がナウラ、ヴィダード、リンドウの3名に接敵しようとしていた。
「ラクテア!後衛だが接近戦も行える相手だ!中距離にて行法を牽制しつつ、飽和攻撃にて仕留めよ!」
「了解」
ラクテアは上げていた面頬を落として剣を八相に構えた。
「リバエ!エブレネ!女どもを近距離にて牽制!トレメンス!遠距離で牽制!隙を生み出して仕留めろ!」
ラクテア本人はリバエ、エブレネの背後を陣取り、経を練り始める。
指示を受けたトレメンスが剣を鞘に収めて弓を取り矢をつがえる。
狙う先はナウラ。リバエが攻撃する瞬間と合わせるべく機会を窺う。
大鉞を脇構えにして待ち受けるナウラに向けて、リバエが動いた。
前に出していた左足の爪先で地を蹴り、ナウラが後退する。
後退した先、首筋に向けてトレメンスは矢を放った。
上半身を沈めるだけで躱したナウラに向けてリバエが更に迫り、剣を突き入れる。
体勢を低くしていたナウラに回避行動は取れない。
刹那、ナウラの頬が膨らむ。
松明が照らし出す夜の森の中、煌々とした火炎がナウラの口腔から吹き出される。
大気を焼く轟音と共に吹き出された火行法・息吹をリバエは地に身を投げて躱した。
残るラクテア、エブレネは左右からナウラを回り込み、最後のヴィダード、リンドウを目指す。
トレメンスが首を動かして息吹にてリバエを追うナウラの隙をつき、矢を射掛けた。
ナウラは大鉞を回転させ矢を弾く。
僅かな時間で体勢を立て直したリバエが再びナウラに斬りかかる。
上段からの素早い振り下ろし。
ナウラは寸で見切り、眼前を鋒が通過した。
リバエは直ぐに手首を返して横凪の一撃。
ナウラは大鉞の柄で受ける。
そこにトレメンスが矢を射る。
胴を狙う射線を、半身引いて躱した。
その間にリバエは更に踏み込む。
強い踏み込み。
千剣流・岩断ち
ナウラは軌道を見切り、斜め右に潜り込む様に身体を移動させて躱した。
リバエとナウラの距離は1尺にも満たない。
斧を振う事は出来ない。
リバエとナウラの視線が交差した。
剣を振り切ったリバエは懐のナウラを葬るべく、下がりながら右から左へ剣を振おうとする。
しかしナウラが追いすがり振るわれる手首を左掌で受け止めた。
「っ!」
ナウラの右手が動く。
トレメンスの3射目、落とされた胴を狙い射られたそれをナウラは左手刀で打ち払い、斧頭でリバエの腹を突く。
リバエは右に身体を半身にする事で回避しようとするが、金属鎧の胴部全面に斧頭が掠り、接触部を削り取った。
激しい衝撃にリバエは吹き飛ばされる。
トレメンスがすかさず矢を射る。
ナウラは突き出していた鉞を左に振るい、矢を叩き落とすと、手首を捻り鉞を回転させ、勢いを利用して手首を鉞を地に叩き付ける。
大地が抉れ、土塊が飛散する。
そして、飛散した土塊が宙に一瞬の間停滞する。ナウラの経が纏わり付いている。
土行法・礫時雨
土塊が硬化しトレメンスに向けて飛来する。
トレメンスは右方に身を投げ出し、体勢を立て直して直ぐに矢を放つべく、地の上を回転しつつもナウラから視線は離さず、手元で矢の矢筈をしかと摘む。
トレメンスの視線の先で、ナウラが大鉞に経を流し込み、強く地を突く。
大鉞から地に流れ込んだ経が作用し、荒らされた森の下土が床板の様に捲れ上がる。
土行法・芝返し
更に内から外に向けて流れる様に鉞を振るう。
捲れ上がった土が飛散し、再度の礫時雨となり扇状に飛散した。
トレメンスは立ち上がりながら自身に向けて飛来し、視界に大きく映る礫時雨の一つを見納め、頭部を吹き飛ばされた。
一方ナウラを大きく回り込み、ヴィダードとリンドウに向かっていたラクテアとエブレネは、後方トレメンスからの援護を期待しつつ、リンドウの行法を阻止しつつ、ヴィダードを相手取ろうとしていた。
ナウラとリバエ、トレメンスが交戦を始めると、ラクテアは経を練りリンドウに向けて両手を突き出す。
風行法・大風刃
風の刃がヴィダードとその延長線上のリンドウに向けて飛ぶ。
「………」
ヴィダードが無言で呼気を小さく吐き出した。
倒された月光の下、憂げに伏せられた金の長い睫毛に目が移る。
刹那、放った大風刃がヴィダードの眼前で霧散した。
「私に風を向けるなんてぇ、愚かにも程があるわぁ」
「なっ!?」
驚愕に喘ぐラクテア。
ヴィダードは吐き出した吐息に経を混ぜ、迫る風行法の制御奪い霧散させた。
ラクテアには何が起きたのか理解すらできていなかった。
隙を見せたラクテアを支援するべく、エブレネがヴィダードに斬り掛かる。
大きく右脚で踏み込み袈裟で斬り落とされた剣をヴィダードは大きく後退して躱す。
踏み込み連撃を放つエブレネに対して、ヴィダードは短剣で巧みに受け流す。
続き全力で振られた横薙ぎを腰を折って躱すと、爪先で地を蹴りエブレネに肉薄する。
ヴィダードは右手で逆手に握っていた短剣を素早く突き出してエブレネの喉笛を掻き切ろうとする。
しかし横合いからラクテアが迫り、ヴィダードの短剣に向けて上段から剣を振り下ろした。
腕を引き回避するヴィダードに向けてラクテアとエブレネが連携を取り攻撃を仕掛ける。
「払え、浄化の息吹」
リンドウが告げると地面から炎が噴き出す。
火行法・火叢
2人は後退して回避した。
ヴィダードが瞬時に弓を構え矢を射る。
矢は番られていない。
番たのは経。
エブレネが地に手を突き岩壁で防ぐ。
3射目の着弾を確認した2人は岩壁を回り込み再び左右からヴィダードに迫る。
ヴィダードは弓を身体に斜め掛けにすると再び短剣を握りつつ、両手を突き出した。
エブレネに向けた風行法・月鎚
エブレネはヴィダードが両手を突き出したのを見ると、瞬時に地に身を投げ出した。
「勘がいいわねえ」
呟きつつ右方から迫るラクテアに対処する。
ラクテアは走りながら長剣を両手で握り、剣身の平をヴィダードに向け、背を丸めつつ腕を折って眼前に構えた。
強い蹴り出し。
下土が方法に蹴り飛ばされる。
王剣流・戦陣突破
正面からの攻撃を防ぎながら対面する敵を突破する王剣流の奥義だ。
ヴィダードはなすすべなく吹き飛ばされる。
吹き飛ばされ、小枝の様に手足は折れ曲がり、地に伏す。
そうなるはずだった。
風行法・杭打ち
正面に向けてではなく右から左に向けての強烈な突風。
正面からの攻撃に強い戦陣突破であるが、ラクテアは横合いからの風による殴りつけにより、ヴィダードの作法に吹き飛ばされた。
月鎚を躱したエブレネが立ち上がり、ヴィダードを牽制する。
ラクテアも痛みに呻きながら立ち上がった。
経を練り始めるラクテア。
ラクテアの行法を推察したエブレネが動く。
素早い動き、素早い振りかぶり。
千剣流・割波
足運びから予知したヴィダードはエブレネの攻撃範囲から離脱してリンドウの隣まで後退した。
「悪なる命、悪なる定め」
攻撃を空振ったエブレネの右耳に女の静かな声音が届く。
「不味い!ラクテア様!?」
「糞っ!誰か止めろ!」
ラクテアが声を張り上げるも、トレメンスは既に頭部を失って地に臥しており、リバエはナウラと対峙していた。
「炎よ、聖なるかな。其れは全てを焼き貫き、善を、悪を見通し貫く」
リンドウの頭髪が風もないにも関わらず浮き、八岐の蛇の如くうねる。
ぼう、と彼女の右眼が炯々と赫く輝いた。
火行法・熱視線
刹那、赫い閃光が閃く。
「かっ?!
エブレネの首を赫い閃光が駆け抜けた。
シンカはカラキア達4人にアナトリ達6人を相手取っていた。
シンカを囲もうとする10人はシンカに牽制され、扇状に展開してシンカと行法の小競り合いを繰り広げていた。
「行法で飽和攻撃を仕掛け、敵の動きを止めた隙に取り囲めませんか!」
「若様!敵の行法の間隔が速く、動きを止めるのは難しく!」
オベサムにカラキアが答える。
シンカに対しては弓兵までもが矢を射かけていたが、混戦に放つ機会も少なく、射てもぬるりと避けられ、剰え矢を握り取られた際には投げ返されて命を失う始末だった。
「行兵は残っていないか!?こちらに回せ!」
「敵の攻勢に部隊は崩壊しています!誰が何処に居るかも分かりません!」
オベサムにシンカ達の後方で森渡り達と戦っている兵士が答える。
その兵士も直後にトウリュウの赤面獼猴に握り潰され、肉塊に成り果ててラタトゥスク兵に投げ付けられて二次被害を増やす。
「ええい!ならば私も!」
指揮棒として振るっていた剣を構え直し、オベサムはカラキアの隣に立った。
シンカの経が地に広がる。左側のイゴールという山渡りの経と地中でぶつかり、捩じ伏せ更に押し進める。
「駄目だっ!?来ます!」
イゴールが叫ぶ。
左方の数名が飛びすさり、シンカの土行法・石筍を躱す。
右方から行われたラタトゥスク兵ビグエリの炎弾を拾った剣で行った千剣流・割波で断ち割り正面のオベサム、カラキアに肉薄する。
「させるか!」
ラタトゥスクの槍兵ペテルソンが槍を突き出し、シンカの前進を防ぎにかかる。
しかしシンカは左の素手で口金部分を握り掴み、捻ってペテルソンの手を滑らせて奪い取った。
左右からラタトゥスク兵のサクレと山渡りのルスランが剣撃で援護に入る。
サクレには奪い取った槍の石突きで、ルスランには右手の剣で応戦し、再度飛来するビグエリの炎弾を地を踏む事で行った岩戸で防ぐ。
更に2本の矢を躱し、右手の剣で振り下ろされたルスランの剣を弾き上げる。
その場で回転し左の槍を振るう。
石突きで胴を横殴りにされたルスランが左方に吹き飛ばされ、剣を抜き払ったばかりのペテルソンに激突する。
2人揃ってもんどり打つ中、山渡りのパーベルとオベサム、カラキアが経を練り上げる。
時間を稼ぐ為、ラタトゥスク兵のサクレ、山渡りのオレーク、ヴァシリが岩戸を回り込んでシンカに迫る。
シンカが再び地を踏み付ける。
シンカが踏み付けた位置から行法が起こる。
風行法・青兎
兎の様に青白い雷光が地を跳ね、無軌道に駆ける。
「がっ!?」
1つに触れたオレークが直立したまま硬直し、痙攣する。
死には至らないが大きな隙だ。
オレークを守りに入るヴァシリ。
だがシンカの狙いはそこには無い。
左に握った槍を地に突き刺し、腕力を利用してその場で高く跳ね上がる。
空中で槍を地から抜き、右手に槍を持ち替え、身体を地と水平に倒しながら回転する。
直後、眩い閃光が迸る。
春槍流・落雷
春槍流の徳位を得る条件となる投槍落雷。
そこに風行法の雷系統を纏わせた必殺の一撃だ。
嘗てロボクで敵将を一撃で葬った技である。
オベサムに向けて彗星の如く放たれたそれは、しかし彼には到達しない。
ラタトゥスクの行兵、ビグエリがシンカの挙動と共に何かを感じたのか、動き出しオベサムを突き飛ばしたのだ。
「っ!?」
オベサムの目前でビグエリの左片口から反対の脇腹まで槍が突き抜け、地に突き立ち、ビグエリを串物の様に縫い付けた。
人肉が焼け異臭が漂う。
「すまないっ、すまない!」
オベサムは嗚咽を漏らしながら立ち上がり剣を構える。
一方でシンカの着地に合わせ、右方から山渡り達が迫る。
躱し切れない宙にいる時分を狙いルスランが剣を薙ぐ。
シンカは膝を畳みながら振られた剣に拳を叩き助ける。
金属を殴る異音と共にルスランの剣が地に叩き落とされる。
続くイゴールが着地直前のシンカの胸に向けて剣を突き込む。
シンカは左素手で外に剣を逸らし、着地と共に右拳をゆるりとイゴールに当てる。
無手・掌雷
轟音と共にイゴールの背中が破裂し、血肉臓物骨片を撒き散らし、自身も吹き飛び襤褸布の様に地に臥した。
「…やはり、狐男という言は本当なのか…?」
「赤鋼軍がなす術なく逃した者を我等で倒せるとは……」
カラキア、パーベルが業法を行う。
カラキアが水弾、パーベルが風刃を行う。
シンカは残心を解き岩戸を立ち上げて防ぐ。
「魍魎どもめ。疾く、去ね」
シンカが地を蹴る。
これまでシンカは守勢を取り、攻撃は反撃のみに徹していた。
多くの敵を引き付け、残りの面々への負荷を軽減する為だ。
指揮能力に優れるオベサムを戦闘に引き摺り出す事にも成功した。
ナウラ達も、ガンレイ達も優勢に相対し敵を押していた。
もはや後方を憂う事もない。
右爪先の蹴り込みだけで滑る様に動く。
青兎に触れた影響が残るオレークに迫る。
再びヴァシリがシンカを剣で牽制する。
止まらぬと見て小さな振りで斬りかかってくる。
松明の明かりが白人に映り込み光を放つ。
左の拳で剣の腹を払い外に弾く。
ヴァシリの隙を守る様にオレークが突き込んで来る。
前傾で潜り込み、剣を躱すと右手でオレークの剣を握る拳に触れた。
「ぐああああああっ!?」
そのまま拳を握り潰した。
金属製の籠手がひしゃげ、剣を取り落とす。
再び剣を振るうヴァシリ。袈裟に斬り落とされるそれを体を右に開いて躱し、体を開いた事でヴァシリに近づいた左腕を滑らかな動作で突き込む。
「ごっ!?」
ヴァシリの喉に拳が減り込み、骨の砕ける音と共に彼の命を奪い取る。
痛みに呻きながらも左手で短剣を振るうオレークを、右の足裏で手首を蹴り込む事で防ぎ、左脚で地を蹴り飛び上がり、そのまま左回し蹴りを放つ。
威力は出ない。しかし蹴りはオレークの側頭部を捉え、オレークの首が伸びる。
そのまま倒れ、動かなくなった。
「ヴァシリ!オレークっ!?よくもっ!よくもおおおおおお!苔豚風情が我等をっ!許せぬ!許せぬうううう!必ず!必ず汝に報いてみせるっ!」
シンカと対峙する敵はオベサム含め7名。
シンカの胸中にある感情は怒りと安堵。
里に帰りつき妻達と再会し、新たに増えた命を腕に抱き、涙と鼻水を流してシンカの無事を喜ぶ父と母達との感動の再会も束の間、同胞が失踪してケツァルに囚われている可能性が高い事が伝達された。
伝達はグレンデーラから齎されたもので、ケツァルには精霊の民の姿もあると伝えられた。
シンカはそこに何らかの形でヴィダードが関わっている可能性があると判断し、ケツァルへの同行を申し出た。
シンカは十指を首になっていた。
旧ファブニル領都ファブニーラに到着直後、行方不明となっていたガンレイとジュリからの伝達が届き、急ぎ南西へと足を向けた。
必死に戦うヴィダードの姿を認め、どれ程安心したか。
他が為に戦うヴィダードの姿を目にし、どれ程嬉しく感じたか。
シンカは誇りに思う。気高く孤高な女が、自分の妻が、人としてどれ程成長し、尊敬に値する一角の人物となった事が。
人は1人では生きていけない。
他者との繋がりを手繰り、強く心を持ち、支え、守る為に戦い抗う。
それをできる人を、シンカは何よりも尊敬する。
敵が何を考え、何に窮し、この様な悍ましい行為に及んだのか。そんな物は一顧だにする必要も無い。
立場や状況が人を作る。
同胞を守る為に敵と戦い散っていった多くの戦士達と、自らの利を守る為に他者を贄とするラタトゥスク。
それは立場の違いから来るものなのか?
彼等の立場になれば彼等の気持ちを理解できるのか?
いや。
シンカは心中で断じる。
努力を怠り他者を貪る事に活路を見出した山渡りやラタトゥスク。
これまで己らは搾取という選択肢をただの一度も取ってこなかった。
無力な人間は何をしても許されるのか?
否。
ただ己が境遇に抗えば良いと言うわけではない。
人はただ生きれば良いと言うわけではない。
そこには人として真っ当な努力と結果があって然るべきなのだ。
何より、同胞を、そして己が妻を脅かした者どもを赦す事はできない。
シンカの、己の命より大切なものを。命を賭してでも護って来た、何よりも大切なものを脅かし、汚そうとした事を。
身を持って、その悪行を後悔と共に魂に刻みつけ、その後に殺す。
「死ね!苔豚ぁぁぁっ!」
アナトリ、パーベル、ルスランの山渡り達が動く。
僅かに遅れてカラキア、ペテルソン、サクレが続く。
シンカは両の拳を握り締め、体を落とし左足を大きく前に出した。
そして小刻みに前後する。
鈴剣流・振り子の構え
前に身体を動かした時分にアナトリが剣を振る。
千剣流・割波だ。
シンカは左の爪先で地を蹴りするりと後退する。
アナトリが2撃目、横薙ぎの一撃を放つ。
後退はしない。
シンカは既に背後の足元に経を感知している。
潜り込んで頭上を通り抜ける刃を感じながら、左脚を蹴り込む。
練経は不十分。右肩口をアナトリの胴に激しくぶつける。
蹈鞴を踏んで後退するアナトリの隙を埋めるべく、ルスランとサクレが左右から迫る。
背後でパーベルの行った土行法・岩槍が立ち上がる。
読み通り擦りもしない。
「強すぎる!なんだこれは!?我々は何を敵に回したのだっ!?」
喘ぐ様に言葉を発するカラキア。
「わかっていた事だ!森渡りだぞっ!我等を滅ぼしたっ!」
アナトリが腹部を抑えながら絞り出す様に、憎々しげにシンカを睨みつけながら言葉にする。
「狐男…眉唾物の尾鰭の付いた噂かと思っていましたが、この様子だと真実であった様ですね…」
オベサムは周囲の弓兵に指示を出し、シンカを狙わせながらアナトリに返す。
シンカは後方回転でルスランとサクレの攻撃を躱し、パーベルの行った複数の岩槍上に倒立し、握った岩槍を一つへし折りながら地に足をつく。
直ぐにへし折った岩槍の先端を放り、その底辺を経を纏わせた拳で殴りつける。
無手・天突き
尖った岩は宙で砕けながら、次なる行法の為練経を行なっていたパーベルに異音と共に突き進み、パーベルの上半身に無数の小さな穴を開けた。
「この、人で無しがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
重力に浸れてパーベルの遺体が崩れ落ちる。
地に突き刺していた彼の槍だけが墓標の様に残っていた。
「………笑止」
両手を突き出す。目に見える変化はないが、シンカに迫っていた敵が警戒して急停止し、何が行われるか見定め、直ぐに回避に移れる様に構えている。
空気がひり付く。
地中の砂鉄がシンカの作り出した雷の帯に集う。
風行法・磁引き
砂鉄は帯となり墓標となった槍に絡み付く。
シンカの意思を反映し、砂鉄の帯は地から槍を引き抜くとシンカの手元に運んだ。
右腕を柄に絡み付け穂先は右斜後ろ、左脚前、体勢は低く前傾、左手は緩く正面に。
望槍流・右弦調律の構え
じりじりと近寄る左前のラタトゥスク兵サクレに無手の左掌を向ける。
牽制されたサクレが足を止めるが、大きく右に開いたシンカの身体と相対したルスランは隙と見て打ち掛かってきた。
シンカは槍ごと腕を奮いつつ左脚を軸に右足を蹴り出し、身体を回転させながら素早く槍を振るう。
ルスランの剣と打ち合う穂先。
だが身体の回転まで利用して振られた望槍流奥義・外弧月は、ルスランの手を痺れされる事になる、回転により背を向けたシンカに対し、牽制の外れたサクレが切り掛かる。
だがシンカは背後のサクレに向けて槍の石突きを突き出していた。
サクレは避ける事に成功するが、攻撃は阻止された。
更にサクレとルスランの間からカラキアが躍り出る。
振りかぶられた剣が月光を映して煌めく。
シンカは再び左脚を軸に素早く転じながら両手を使い槍を突き出す。
「ぐぅっ」
間合いに入る前にシンカの攻撃を受けたカラキアは首を傾けて攻撃をすれすれで回避した。
彼の左頬に切傷が残る。
直ぐに左方のサクレが斬りかかる。
シンカは今日に槍を手元で操り石突きで強かにサクレの胴を突く。
鎧の胴が大きく凹み、サクレが背後へ吹き飛ばされた。
更に右方から続くルスラン。
シンカは後方に下げられた左脚を軸に左回転しながら距離を取り、間合いをずらしつつ手元で槍を操り、ルスランに向けて穂先を突き込む。
間合いを空けられ警戒したルスランは立ち止まっており、辛うじて攻撃を避ける。
直ぐにカラキアが正面から打ち込む。
放たれた敵後方弓兵の矢を躱し、槍の柄で剣を受けると左に受け流す。
受け流した時の動きを利用して袈裟に槍を薙ぐ。
カラキアは背を逸らして回避する。
槍の穂先は浅くカラキアの左肩口から右脇まで走り、鎧を薄く傷付ける。
正面から行法の気配。
アナトリが右手を振るう。
俄かに地表が明らむ。
オベサムの指示により放たれた矢を躱しつつ回転しながら行法の範囲外、後方に逃れる。
直後立ち上がる火焔。
火行法・火叢
炎の中から矢が飛来する。
右手で掴み取り飛来した方向に投げ返す。
短い悲鳴。
シンカは大きく息を吸い込む。
背を逸らし、息を吐き出しながら身体を前に畳む。
口中の水分が増幅し奔流となり火を消し去る。
そのままカラキアを押し流し、その背後のオベサムまでも後方へ流し去る。
直ぐ様駆け寄るサクレとルスラン。
春槍流・啄木鳥の構えから素早く五度の突きをサクレに放つ。
春槍流・五俊。
サクレは二撃を捌き、残る三撃を後退して躱す。
その間に間合いに入ったルスランが剣を振り下ろす。
シンカは左脚軸に回転し、石突きでルスランの剣を薙ぎ払う。
「糞っ!」
回転を利用し、更にもう1回転。
望槍流・旋風薙ぎ
ルスランが地に身を投げて回避する。
一人一人の技術は尺たるものではない。
だがオベサム・ラタトゥスクの指示、支援により彼等の戦線は致命的な崩壊を免れ、隙あらばシンカを食い破ろうとする気迫に溢れていた。
兵の練度とオベサム自身の経験が今よりも積み重なっていれば、シンカと言えどただで済まない可能性もあった。
しかし、それは今ではない。
彼が今此処でシンカと相対しているのは、彼が中央貴族ラタトゥスクの人間であるからだ。
彼等は内戦時に碌に戦わず、不利と見るやいの一番に戦場に背を向けた。
だからこそ、彼等は窮地に立ち、悪行に手を染め、今この森の中に骸を晒しつつある。
オベサムにはシンカやオスカル・ガレの様な天性の才があった。しかし真っ当な場でその才を開花できなかったのだ。
アナトリが右手を振るう。
火線が伸びシンカを襲う。
火行法・火綱渡り。
直前的な行法をぬるりと左方に移動して躱す。
そこに飛来する弓矢。
槍の中心を両手で持ち取り回す。
穂先で一矢、石突きで二矢目を撃ち落とす。更なる掃射。
再び槍を回して二本を撃ち落とす。
そこにルスランが斬りかかる。
回転しつつ後退し、槍を構え直す。
立て直したカラキアとサクレ、そして攻撃を空ぶったルスランが同時に斬りかかってくる。
全身に意識を集中させる。
足の裏、脹脛、腿、臀部、腿、腰、背、腹、胸部、肩、腕、
余すことなく力を注ぎ、最高率で、最も力を発揮する挙動で槍を突き出す。
春槍流・落雷
防ぐ事も、回避する事も能わずシンカの槍はサクレの胸に吸い込まれた。
「っかっ!?」
サクレは目を見開き硬直し、僅かな痙攣の後歯を食い締めて自身のむねに突き刺さる槍の柄を両手で握り、崩れ落ちた。
自身の死すら味方の利に繋げようとするサクレに対し、シンカは無情に槍を引き、剣を振おうとするカラキアの剣を背を逸らして躱し、槍を胴に打ち付ける。
「ごっ?!」
腹を甲冑の上から押さえるカラキアに右脚を軸足に右回り回転し、槍を振るう。
カラキアは咄嗟に背中から倒れ込む事で槍を躱す。
そこにアナトリの火行法・鳳仙火が行われる。
無差別に撒き散らされる小火球を背後で戦う味方に届く物を厳選し、水行法・水蜘蛛針を吐き出して撃ち落とす。
飛来する矢を躱し、弓兵とオベサムに向けて水蜘蛛針を吐き出す。
脇に控える兵士がオベサムを庇い、弓兵は喉元に風穴を空けて倒れた。
「…狐男……お前は……本当に人間なのか……?」
喘ぐ様にカラキアが口にした。
「奴等は森渡り。北東、白山脈の山腹に里を持ち、森を彷徨う一族だ。千年前の文献にもその怪しげな風体は記録されている、魍魎の如き一族よ」
山渡りのアナトリが森渡りを貶す。
「…我等の里の所在を口にしたな?蛭の如き浅ましい者どもは滅ぶに限る。蛭男。教えてやる。蛭共の首魁、ラングを打ち取ったのは俺だ。……仇を取れるかな?」
この者たちは此処で滅ぼす。
「このっ、下衆がああああああああああああああああああああああああっ!」
シンカの挑発にいきり立ったアナトリが怪鳥の様な奇声と共に駆け出した。
明けましておめでとう御座います。
頑張りましたが、最後ですしボリュームたっぷりの戦闘にしようと思ったら年内に収まらないどころか、1日の昼にも間に合わず、しかも続きます。