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びだあどのぼうけん 急-散りぬべき時知りてこそ世の中の



今にも女達を嬲らんとすると兵士達の前に、唐突に菅笠を被った男が現れた。


緩くそよいだ風が、男の外套を揺らした。


「は?」


突然目の前に立たれた兵士が素っ頓狂な声を上げた。

直後、兵士は男に首を掴まれていた。


ぐしゃりと湿った音が鳴る。


兵士の首が細く歪に伸びていた。


握り潰されたのだとオベサムはぼんやりと考えた。


皆が動きを止めていた。


「……あ………あぁ……」


樹妖人の女が掠れた声を出してその場に座り込み、男に震える手を伸ばした。


白い肌が月光に晒されて青白く浮かび上がっていた。


それは、絵画の様に美しい光景に見えた。


「……嘘……でしょ…?」


シメーリア人の女が喘ぐ様に言葉にした。


オベサムは嫌な汗を背にじっとりと掻いていた。


「精鋭を集めよ…」


確信があった。

あれは、雑兵では止められない。


オベサムの目に、男が全身から瘴気を漂わせている様に見えていた。

幻覚だ。それは分かっている。しかし、その様に感じられたのだ。


喉がひりつき唾を飲む事すら躊躇われた。


中肉中背の、変哲の無い男だ。その筈だ。


隣で角笛が吹かれた。


各隊から名付きや隊長格が人を割って出てくる。


「…俺の妻が世話になった様だな」


まずいと瞬時に考えた。


異様な気配を漂わせた男。

女達の中に男の妻が居るとすれば、和解は不可能だろう。


いや、とオベサムは首を振る。


そもそもこちらは数百。敵が1人増えようと瑣末な問題しかない筈なのだ。


「お、お前は!?」


ラタトゥスクで雇った流れ者、深編笠と引き回し合羽の男、アナトリが目を見開く。


「…知っているのですか?」


「…ああ…知っている。知っているに決まっている!忘れもしない!森渡り!お前達の所為で!我等は!」


森の樹々の合間からぞろぞろと同じ装備の男達が湧き出てくる。


「モールイド人、山渡りか。生き残りがいた様だな。再び我等を害するか。いいだろう………………皆殺しだ!」


男が奇声を発する。

怪鳥の様な異音だ。


呼応する様に遠方から幾つも同じ奇声が上がる。


次の瞬間、男の周囲が輝いた。


風行法・白波


白く輝く雷が扇状に男の前方に広がる。


「ぐああああああああああああああああっ!?」


絶叫を上げて数人が身体を痙攣させて倒れ伏す。


「矢で射殺せ!」


領兵団副官のミルテルの命令に従い兵士達が矢を番える。


直後、大地が揺れて隆起を始める。


土行法・茸傘


女達をすっぽりと包み込む岩の壁が瞬時に出来上がった。


「な、何という速さ!?」


カラキアが喘ぐ。


男は飛び上がり、岩の傘に飛び乗りしゃがんで手を突く。


土行法・山嵐


岩の傘から鋭く針が突き出る。


男に殺到していた兵士達が串刺しとなる。


矢が射かけられらるが、男は己に触れる矢のみを見極めて素手で打ち払っていく。


矢が途切れると飛び上がり中空で胸を反らせる。

そして口から何かを吹き出した。


霧だ。

先の見えない濃密な霧が吐き出され、男の着地点を覆う。


男は霧の中に飛び込み、静寂が訪れた。


「やるぞ!奴を殺せ!」


アナトリの言葉に深編笠達が殺到する。


だが、霧の中から突如異音と共に白い線が伸び、振り払う様に横薙ぎにした。


複数の兵士もろとも数人の深編笠ごと首が切断される。


「霧を払え!集中砲火だ!」


深編笠達が南側から扇状に霧を囲み、手振りを行う。


一斉に霧にむかって、或いは霧の中に行法が行われる。


防がれた気配は無い。


深編笠達は経を練り様子を伺う。


涼やかな秋の夜、森の中で皆が脂汗を流し固唾を飲む。


何かが霧の中から飛来し、深編笠の顔面を破壊する。

一斉に再び行法が行われる。


起こった行法の下、地面すれすれを猛烈な速度で何かが進む。


四肢を地に突いた男が蚰蜒の様に素早く手足を動かし、飛び行く炎弾や鎌鼬を掻い潜りながら疾る。


進みながら首だけを深編笠の1人に向けて、頬を膨らませる。


ぷすぷすと気の抜けた音と共に口腔から吐き出された水弾が1人づつ頭部を破壊していく。


猛烈な勢いで手脚を動かしているにも関わらず、頭部は微塵も上下せず、正確に次々と水弾を吐き出していく。


オベサムは鳥肌を立て、思わずえずく。


「仕留めろ!同胞の仇だ!殺せぇっ!」


男はひたりと進むのを止めると、今度は同じ速度で後退を始める。追い縋る深編笠や領兵達を次々に葬り、足から逆さまに気にしがみつき、尻から木に登っていく。


「来るぞ!躱せ!」


樹の幹に逆さに張り付いた男が頬を膨らませる。

直後、左を向き水条を吐き出した。

男が顔を左から右に振る。


しゃがむ者、飛び上がる者。


しゃがみ遅れた者は椿の花の様に首を落とし、飛び上がり遅れた者は胴や脚を切断され、湿った音を立てて地に転げた。


「我等錆土隊の力を見せよ!」


アナトリの激に呼応し、深編笠達が武器を手に迫る。


男は木の幹を蹴り、音も無く地面に降り立つと目前の兵士の腕を掴み、あっさり捻り折った。


「いああああああああああっ!?」


取り落とした直剣を地に落とさず取り、刃を首に走らせる。


首が刎ねられ、回転しながら血を飛ばす。


男が身体を縮ませた。

片脚立ちとなり、背を丸め肘を曲げる。


直後強烈な踏み込みと共に低い体勢で腕を突き出した。


轟音と共に首を刎ねられた兵士の身体が巨大な何かに跳ねられたかの様に飛び、途中でばらばらに分散して進行方向の兵士達を傷付けた。


残心を取る男に兵士が背後から斬りかかる。


男は背に目が付いているかの如く身体を開いて躱し、兵士の胴を薙いだ。


皮鎧ごと腹が斬り裂かれて臓器を溢しつつ倒れる。


あまりにも無駄の無い剣技。

強力な行法。


クサビナ三英傑以上の腕なのではと考えてしまう。


左右同時に斬りかかる深編笠。

男は飛び上がり、大きく開脚する事で左右同時に頭部を蹴り付ける。


枝が折れるような乾いた音が二人の首から鳴る。

二人の首は後頭部が背中に付いている。そしてそのまま倒れ込んだ。


続く兵士が袈裟に剣を振るう。

男は体を左に開いて剣筋から逃れ、右手を柔らかく突き出し、兵士の胸に当てた。


轟音と共に兵士が吹き飛ぶ。地に転がった兵士は胴に巨大な穴が空いていた。


「囲め!囲んで押し潰せええ!」


領兵団副官のミルテルが胴間声で叫ぶ。


意を決した兵達が斜に無に突撃する。


男は剣筋を見切り、拾った剣で鋒を逸らす。

背後からの剣撃を見ずにずれて躱し、がら空きの胴を薙ぐ。

左方からの突きは身体を逸らして躱し、横一文字に薙ぐ。

身体の回転を巧みに利用した豪打が、至近距離にも関わらず放たれ、兵士は吹き飛ばされながら上下に分かれて臓器を散らした。


男は豪打により曲がった剣を即座に背後から迫る兵の顎下に突き刺し、脳天まで貫通されると、痙攣する兵士の剣を奪い取り、左方の兵士の首に突き立てる。

右方から迫る兵士には足刀蹴りで胸部を陥没させつつ飛ばす。


更に前後から兵士が迫る。

剣を突き立てようとする2人に対し、男は身を沈める。

2人はあっさりお互いを突き刺し合い、崩れ落ちる。

恐るべきはその挙動だ。

直前まで躱す気配を見せていなかった。

篝火に照らされるままの薄暗い森の中、まるで男は暗闇で昼間のように周囲が見えているかの様に動いた。

加えて、背中に目が付いているかの如く的確に剣の鋒を直前で躱してみせる。


「矢を射掛けろ!針鼠にしてしまえ!」


再びミルテルが叫ぶ。自身も弓を構え狙いを定めている。


剣兵達が男から距離を置く。


すかさず弓兵が南側から半円状に広がり男に狙いを定める。


「放て!」


ミルテルの号令と共に矢が放たれる。

同時に男の頬が膨らんだ。


男は屈み込みながら片足を軸に回転する。


耳に異音が届く。

何かが擦り合わさる様な耳障りな音。


男が口から水条を吐き出し、その場で横回転する。

多くの矢は狙いが逸れる。

数本は吐き出された水条に散らされる。

しかし数本はしゃがんだ男の身体に先端を向けている。


刹那の瞬間、オベサムは男を仕留められると安堵した。


薙ぎ払われる水条。


絶叫と共に弓を放ち終わった兵士達が上下に分断されて崩れ落ちる。


それでも、男を手負いにすることは出来ると安堵した。


だが。


飛来する矢を男は握り取った。片手に1本づつ。

更に矢を握り締めた拳を飛来する矢の矢柄に当てて撃ち落としていく。


「馬鹿なっ!?」


オベサムはその常軌を逸した技量に、半ば悲鳴染みた声を上げる。


男は素早く立ち上がると握り取った矢を投げ放つ。


「かっ!?」


1本はミルテルの眉間に突き刺さる。


もう1本はオベサムに飛来し、庇った副官の肩に突き立った。

金属の肩当てを貫通して。


手に負えない。


それでも引くことは出来ない。


父が何を考えてこの悪行に手を染めたかは知りたくも無い。

だが、父がオベサムを説得する為に使った言葉、ラタトゥスクの血族の為、ラタトゥスクの領民の為という言葉にはある種の摂理が含まれている。


ラタトゥスクがこのまま滅びれば、先祖代々守って来た土地は麺麭の様に切り売りされ、碌な統治をされる事無く、土地に住む領民達は酷使され、摩耗され、軈て統治した貴族の縁者に追い払われて森の魍魎供の餌と消えるだろう。


自己愛故の保身が無かったとは言わない。


だが、代々ラタトゥスクの土地に住まい、税を納め、ラタトゥスクに敬意を払って来た領民達を、みすみす卑しい魍魎の餌や、何処ぞの木端貴族を富ませる為の贄などにさせる事は断じてできなかった。



遠くで何かの叫び声が聞こえた。

甲高く、耳を劈く様な、巨大な何かの咆哮。


それが東西から。


何かが起ころうとしている。



オベサムはここに来て漸く、本気で後悔していた。


恐れに脚が震え、喉が渇き声は掠れていた。


地響きが聞こえた。


ごりごりと硬いものが擦れ合う音が聞こえる。


暗闇から大きな人影が現れた。

松明に照らされて浮かび上がったのは、巨大な岩の巨人だった。


「…ああ…聞いた事がある……」


オベサムは浮ついた様に言葉を溢す。


「三色の役でグレンデルに味方した岩の巨人…強力な黒づくめの行兵達…私達は…そんな者達を敵に回したのか…」


エケベルから戦端がが開かれたグレンデルとファブニルの激しい戦争、その初戦から姿を見せ始めた黒づくめの強力な行兵達。


側から聞いていれば実在を疑う怪しげな存在だが、黄迫軍や赤鋼軍の生き残り達は、必ず彼等の存在を畏れと共に口にした。


岩の巨人が腕を振るう。


一薙で10人の兵士達が潰されながら飛ばされて行く。


「な、なんだ!?蜘蛛!?…来るな!来るなああああああああ」


絶叫が聞こえる。


北側の衛兵達が何かを振り払うように暴れ回り、影に飲み込まれていく。


樹々の枝が軋んでいる。


オベサムは頭上を見上げた。


赤ら顔の巨大な猿が、大樹の枝からぶら下がっていた。


背後には同じく樹々に取り付いた猿が此方を見下ろしていた。


あまりの事に言葉が出ない。


大小様々な蜘蛛が暗闇から湧き出し、兵士達に集っていく。


巨大な猿達は地に降りて此方を威嚇していた。


未だ枝にぶら下がる一際大きな一頭の肩には、歳を経て尚美しい中年の女が、此方を見据えながら跨っている。


東と西からは地響きと共に何か巨大なものが迫っていた。


オベサムは覚悟を決める。


この森から出るのは、自分たちか、歯向かう男たちか。


何れか一方のみだ。


剣を握り締める。

大きく息を吸い上げた。

描写するのに相応しいBGMを長い事見つけられずシーンを書けていませんでしたが、漸く見つけたので投稿します。


下記ご紹介です。


西木康智-記憶を求めて/異界より来たりし者/きぼうの唄



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― 新着の感想 ―
[一言] ヴィダードおめでとう!
[良い点] やっぱ…ヒロインのピンチに無双する主人公は最高やな! [一言] ラタトゥスクは言ってる事は分からんではないけどやってる事が下衆すぎるので領地もろとも滅んでどうぞ
[良い点] いよっ! 千両役者! [一言] 私の中のびだあどさんが、自分を守って仁王立ちする夫の勇姿に身動ぎ一つできぬまま半年に渡る石化…このまま年が明けるかも、と覚悟していたので、心の底から嬉しい更…
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