悪魔の花嫁~母への愛~
悪魔の花嫁シリーズです。
シリーズを読んでいないと、分かりにくい内容となっております。
光沢のある真っ赤なシーツが敷かれたベッドの上で、ぼんやりシーツより暗い赤色をした天井を見上げている。もう何時間こうしているのか分からない。
気持ちの悪いカエルのような見た目の自称、私の『夫』を名乗る悪魔フログは暇さえあれば私を抱く。だから私はいつでも抱かれるようにと、寝室に閉じこめられている。あいつがいない時は、今のようにただなにもせず寝転がったまま時間を過ごしている。
最初の頃はあんな奴に触られることに嫌悪し、拒否し暴れていたが、いつも勝てずされるがままで、やがて抵抗する気力も失せ、ただ抱かれる日々。
どうしてこうなったのか……。
もともとは祖父が悪魔を呼び出し契約したことに始まる。悪魔は祖父の願いを叶える代償とし、死後魂は天国へ行けないことと、お前の孫娘を花嫁として十六歳になるまでに迎えにくると一方的に告げて去った。
そして産まれたのが双子の姉妹の私たち。
妹の私の手の平には産まれた時から悪魔の紋様が現れており、それで悪魔が花嫁として選んだのは私だと祖父や両親は思った。だからいつ連れ去られるか分からぬ恐怖の中で、私たち姉妹を育ててくれていたが、自然に姉との優劣がつき始めた。
いつかは悪魔にさらわれる娘と、人間世界で生き続ける娘。いなくなるまでに幸せな思い出をたくさん作りたいと両親が考えたのも仕方ないだろう。
私は自分が一番でないと我慢できない性格となり、姉に注目が集まろうとすれば仮病を使い両親を独り占めした。結果、姉は両親たちから愛されることを諦めたのか、空気のように家の中で過ごすようになった。家族の誰とも会話をせず出掛けもせず……。
そして十六歳になる直前、悪魔が花嫁として連れ去ったのは姉だった。
自分にも紋様が現れることがあると昔姉は言っていたが、まさか本当だったとは……。
悪魔にすれば見た目に騙され怯えていた私たちは、さぞ滑稽に見えていたことだろう。
まんまと悪魔の術中に陥り、姉へ関心を示さなかった償いとして祖父は田舎暮らしを選び、一家で引っ越すこととなった。
巻きこまれ貧乏な暮らしが嫌な私は悪魔を呼び出し願った。昔のようにお金持ちの暮らしに戻りたいと。
悪魔は裕福な家へと連れて行ってくれたが、そこは悪魔が暮らす世界だった。悪魔の花嫁として生活している姉に姿を見られないよう、赤ばかりで色取られた屋敷に閉じこめられ、カエルのような男としか顔を会わせない日々……。こんな暮らしを望んだ訳じゃない……。
……悪魔なんて、呼び出すべきではなかった……。
この屋敷にはもちろん使用人はいるが、全員骸骨人間。骸骨が人間の服を着て世話をしてくれるが、声を発して喋ることはない。ただアゴの骨を動かし、カタタタタと音を鳴らすばかり。それが彼らの会話方法らしく、フログには通じているが人間である私には理解できない。
会話を交わせる相手はおらず、気が狂いそうな真っ赤に装飾された寝室に閉じこめられ、正気を保つのさえ困難な状況だった。
「つまらんなあ。お前の姉はすぐ悪魔世界へ溶けこみ、今日も夫の好物である大トカゲの丸焼きを作るのだと、張り切って買い物をしていたぞ」
湿り気のある手で髪の毛を触られるが、抵抗しても無駄だと知っているから逃げようとしない。
大トカゲ。それは暗い紫色の体に黄色とピンクの斑点を体に散らばせ、舌の色は緑色という気持ちの悪い生き物。悪魔世界では人気の食材らしいけれど、何度か食事として提供されたが、どう調理しても生臭くて好きになれない。そんなものを嬉しげに買って調理する姉。彼女は産まれる世界を間違えたのではなくて?
そして私をつまらない女と思うのなら、今すぐ解放して人間世界へ帰してよ……。
避けることもなく撫でられるまま、目を閉じそう思った。
◇◇◇◇◇
そんなある日のことだった。
「リューナ殿‼」
寝室に飛びこんできたのは若い頃憧れていたクラン様だった。
「クラン様⁉」
老けたとはいえ面影があり、すぐに誰なのか分かった。
悪魔を呼び出さないよう各地で布教活動に励んでいるはずなのに、なぜこの悪魔世界に人間の彼がいるのだろう。堕落とは無縁の人なのに……。これは夢なの?
驚きながらも裸だと思い出し、慌てて真っ赤なシーツを引っ張って恥じらう部分を隠す。
「どうしてクラン様がここに? 本物なのですか?」
「ああ、ルジーの息子と名乗る少年が君のことを教えてくれ、ここへ連れて来てくれたんだ」
ルジーの息子ということは、私が呼び出した悪魔の息子でもある。そんな奴がなぜクラン様を?
「貴様! よくも勝手なことを‼」
寝室の向こうからフログの大声が聞こえるとほぼ同時に、今度は一人の少年が寝室に飛びこんできた。
体中に傷を作り、血を垂らして大きく肩を動かしている。片目は殴られたのか腫れていて痛そうだ。
「おい! なにをグズグズしている‼ アイツにばれた! 早く誓いを交わせ!」
状況が呑みこめず、クラン様と少年の顔を交互に見ていると少年が口早に教えてくれる。
「叔母上、あんたがこっちで暮らしていると母上に知られたくない。母上はあんたを嫌い、僕は母上だけの幸せを願っている。あんたが悪魔にとって目障りな布教師と顔見しりと知って、そいつに協力を願い出たんだ。悪魔世界から叔母上を連れ出してくれとね」
ではこの少年が悪魔の花嫁となった双子の姉の息子の甥なのか。驚き、まじまじその顔を見る。言われてみれば、どこか父……。少年にとって祖父の面影があるように見える。
夫である悪魔も妻の嫌がることはしたくないと言っていた。どうやら姉は家族から愛され幸せな暮らしを送っているようだ。人間世界では立場が逆だったくせに……! 一瞬悔しい思いが生まれる。
「あんたはこっちに来てから一度も外に出ていない。正式な結婚式も挙げていない。つまりまだ正式な悪魔の花嫁じゃないんだ! だからクランと結婚をすれば、この屋敷の主人から解放される!」
ここから解放される。
それは願ってもいない言葉。救いの光りが差し、悔しい思いが消えていく。
「幸い僕には半分人間の血が流れている。だから悪魔の血が流れていても、人間同士の挙式に立ち会うことができる。僕が立会人になる! 悪魔の血が流れている分、正直神への誓いの立会は辛いけれど耐えてみせるさ!」
「ここを開けろ‼」
フログの叫び声とともに、どん! と強く扉が叩かれる。
「早くしろ! 今この扉は僕の魔法で堪えているが、長くは防げない‼」
「リューナ殿、私に続いて言葉を……!」
ぎゅっと手を握ると強い眼差しを向けられ、その熱い思いを受け頷く。
クラン様と甥を信じよう。ここから逃げられるのなら、彼の見た目が老けていても構わない。
甥に急かせれ、クラン様に続いて言葉を口にする。
「私、リューナは」
「私、リューナは」
「目の前にいる男を夫と認め」
「目の前にいる男を夫と認め」
「一生愛し離れないと誓います」
「一生愛し離れないと誓います」
私が言い終わればクラン様は早口に叫ぶ。
「私は目の前にいる女性を妻と認め、一生愛し離れないと誓います!」
そしてクラン様は情熱的なキスをしてきた。それを受けながらこの方は、実のところ私を愛していてくれたのだと思う。それほど熱のこもったキスで、頭がぼんやりとしてくる。遅くなったけれど、ようやく私たちの気持ちは結ばれたとキスに溺れた。体が火照り、指まで痛いほど熱い。けれど気にならなかった。
「二人が夫婦となったこの場に、僕は立ち会った‼」
甥が叫ぶと同時に扉が開き、そこには目を吊り上げたフログが立っていた。初めて見る怒りの形相に震える。長い舌を口から垂れ下ろし、ゼーハーと悪臭を放ちながら荒い呼吸を繰り返している。
ベッドの上で夫となったクラン様に身を寄せる。ぎゅっと肩を握られれば、その温もりと力強さに安心でき少し震えが治まる。
「その二人は結婚の誓いを口にした。僕が立会人だ!」
甥が口もとから流れる血を指で拭いながら勝ち誇ったように言う。
「僕には人間の血が流れているから、自由にこちらとあちらの世界を行き来することが可能だと知っているだろう? だからリューナとクランが夫婦となり人間世界へ帰ることを望めば、それを手助けすることも可能だ。妻として匿っていた女に逃げられたなんて大恥だよな? だけど幸いこの女がこの屋敷にいることを知っているのは父と僕たち兄弟、そしてこの屋敷の者だけ!」
やがてフログはぶるぶると体を震わせ、やがて体の動きを止め俯く。どうやら負けを認めたらしい。
「じゃ、じゃあ! 私はクラン様と人間世界へ帰れるのね⁉」
勝ったと、つい喜色のこもった声をあげる。
「ああ、クランと夫婦になっていればね」
にやりと甥が笑う。
急に雰囲気が変わり戸惑う。まだ子どもと言える背丈だが、少し上目づかいのその狡猾で残忍な眼差しが、呼び出した悪魔を思い出させる。
理由は分からないが嫌な予感がし、冷気が背を伝う。
怖くなり、ついクラン様に抱きつく。その拍子にシーツが落ち、胸が露わになるが夫婦となった今、恥ずかしがる必要はない。
「ふっ。ふふ……っ」
突然フログが肩を震わせ笑い出した。
「ぷっ」
なぜかクラン様まで吹き出す。なに? なにが笑えるの?
「だから言ったではないか! まだ完全に壊れておらんと!」
顔を上げたフログが笑いながら言えば、クラン様も笑いながら答える。
「はははっ、確かに! これほどまで喋り感情を見せたのは、最初の頃以来だ!」
「はっ、ははっ。まんまと……! 馬鹿だ! 本物の間抜けだ……‼」
お腹を抱え、私を指さしながら甥は笑う。
状況についていけていないのは私だけ。なぜ三人とも笑っているの?
げらげら響く笑い声を不愉快に感じていると……。
ぼん!
音が鳴り、煙とともにフログとクラン様の姿が変化する。フログは私が呼び出した、姉の結婚相手でもある老人の悪魔の姿へ。クラン様はフログの姿へ。
呆然とする私の肩を抱いていた手が一瞬にして温もりのある人肌から、湿り気のあるベタつくあの嫌悪する感触へと変わる。
べろり。
フログがざらつく舌で私の頬を舐める。
「い、いや……っ」
逃げたいが強く肩を抱かれ、逃げられない。いつもこうだ、こいつには力では敵わない!
「君と正式に結婚式を挙げ、夫婦になりたいとフログに相談されてな。劇的な忘れられない演出を考えてあげたのだが、どうだったかね?」
「俺は満足だ」
「くっ、くくっ。自分が嫌っている奴を一生愛し離れず夫と認めますって言うなんてな。あっはっはっはっはっ、僕、ずっと笑いを堪えるのが大変だったよ」
謀られた……。
盛大な魔法を使った騙しに合ったのだと理解するのに時間はかからなかった。そして再び自分が過ちを犯したことも……。それでも抗うように叫ぶ。こんな騙し討ちに黙っていられなかった。
「う、う、嘘よ! 嘘よ‼ こ、こんな卑怯な……! 認められる訳がないわ‼」
「だから僕が立ち会ったんだよ」
甥がむしろ面白がっているように、悪気のない口調で言う。
「人間世界ではどうだか知らないけれど、こっちは一人でも立会人がいる中で宣誓すれば、正式に夫婦として認められるんだよ。あんたの左手の薬指、見てみな?」
慌てて見れば指輪のように円を描き、紋様が現れていた。何度こすっても消えない。これは消えたはずの手の平に現れていた紋様と同じではないか! 場所と形が違うけれど……。これではまるで……。
「それが人間世界で言う結婚指輪だ、おめでとう! これで二人は晴れて正式な夫婦となれた!」
姉の夫が笑顔で拍手をするが、それは遠くから聞こえるように響く。
「協力助かった」
「僕は母上が嫌う相手を騙せて愉快だった。こういう協力なら、これからもいつだって手伝ってやる」
悪魔三人は手を握り合ったり肩を叩き合ったり、互いの労いを称賛し合っている。
寝室に入ってきた骸骨の使用人たちも、カタタタタ、と顎骨を動かしながら拍手を始める。
ぐらり。
真っ赤な部屋にいるはずなのに視界が真っ暗になり、目眩がした。
あいかわらず骸骨がなにを言っているのか分からない。だけど祝福の言葉を発していると今なら分かる。
「僕の愛する母上を嫌な目に合わせたお前に、幸せを与える訳がないだろう? 馬鹿が」
ぺっ。甥が去り際、私の顔に唾を吐きそんなことを言った。
ぽすん。
瞬きを忘れ唾を拭うことなく、力を無くしベッドに倒れる。悪魔の親子が返ると、のそりのそりとフログが、いやらしく気持ち悪い目を光らせながらベッドに上がってくる。
「さあ正式な夫婦となったことだし、俺たちも愛の結晶を作ろうではないか! 義理の兄上たちには七人子がいる。俺たちは十三人作ろう! これから忙しくなるぞ‼ 肉体の年齢は若返らせているが、寿命そのものは人間本来のままだからな‼」
「い、いやぁぁぁぁぁぁ‼」
久方ぶりに激しく抵抗するが、やはり力では敵わない。
そしてフログの望むよう、程なく妊娠してしまった。
化け物の子は産みたくない。妊娠中は館内を自由に動き回ってもいいと言われたのを良いことに、わざと廊下を走ったり階段を段飛ばし上り下りしたりして運動をするが、悪魔の血が流れているからか子は頑丈だった。
「なんで! なんでよ‼ あんたなんか産みたくない‼ 流れてよ‼」
お腹を叩いても無駄だった。
しかも妊娠から出産まで、わずか半年未満という早さ。これなら本当に十三人産まされることになるかもしれない。
痛い思いをして産んだ最初の子は、夫と同じカエルのような見た目なのに、頭には私と同じ色をした髪の毛が生えていた。にたりと横いっぱいに広がった口で笑みを見せられ、こんな子を愛せる訳がないと芯から震えた。
お読み下さりありがとうございます。
この内容だったので、なろうで公開するか悩み……。
そこでアンケート結果も良くなく、文学フリマで販売しようとしました。
ただ文学フリマ用は年齢制限を気にせず書いたので、今回なろうでの公開にあたり、かなりマイルドな内容に変更しました。
(本当はもっと多くの描写がありましたが、年齢制限を考え割愛しました)
いろいろあり文学フリマ出店を取り止めたので、なろうでは公開しないと決めた作品でしたが、お騒がせした詫びと礼を兼ね、公開となりました。
意見をころころ変え、申し訳ありません。
フログは手持ちの資料の中にカエルな見た目の悪魔がおらず、それでそのままなネームを付けました(笑)
なのでフログは「悪魔の花嫁」という作品世界の中に存在する悪魔で、現実とは異なりますのでご了承下さい。