表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/7

六階、閉まらないトイレの個室

「ちょっと聞いて!」


 女の子はいつもと違って少し元気よく僕の所へ来た。


 どうしたのさ。


「六階のトイレなんだけど、あそこの個室、扉が閉まらないのよ」


 そ、そうなんだ。

 女子トイレのことは流石に僕に言われても。看護師さんに話してみたら?


「もう話しているんだけどね、正確に言うと、扉は閉まるんだけど鍵が閉まらないの」


 ああ、まあ意味としては同じかもね。うん、判るよ。どっちにしろ困るよねそれだと。


「そうなのよ、ちょっと急いでいたから。そうしたらどこもトイレが使用中だったり故障中だったりしてさ、六階まで行かなくちゃならなかったのに、そこで入ったトイレの扉が壊れていてさ」


 それは大変だったね。


「個室は三つあって、そのおかしい鍵は一番手前の個室でね、なんでそこのトイレだけ鍵が閉まらないのかって事なんだけど、なんでもそのトイレ……出るって噂なのよ……」


 出るって、トイレなんだから出る物は出るよね。っていうか出すよね?

 女子トイレじゃなかったら僕も使いたいくらいだよ。薬の飲み合わせで便秘になることも多いから。


「って、そっちじゃなくて!」


 女の子はむくれながらも突っ込みを入れる。


「トイレで出るって言ったら幽霊に決まってるでしょ!」


 幽霊!?

 そりゃあここは終末期医療の病院だから亡くなっている方もたくさんいるし、幽霊の一人や二人いてもおかしくはないと思うけどってそれも変か。それにしてもトイレってベタだよね。


「ベタだろうが出る物は出るの!」


 それで、出たの?


「……出なかった。でもねでもね、トイレの向かいの病室の子に聞いたら、やっぱりここのトイレは出るんだって」


 出るって、幽霊?


「うん。その子が経験した話なんだけど、六階のトイレ、本当は鍵が壊れていないんだって」


 でも閉まらなかったんじゃ……。


「逆に鍵が掛かったら危なかったって言ってた」


 え、それって……。


「あのトイレ、普通に使う分には問題無いんだけど、夜中に一人で入ると危ないらしいのね。その子はその時一番手前の個室に入ったんだけど、一人だからいいかって思って少し扉を開けて鍵をかけていなかったのね。そうしたらどこからか風が吹いて扉が勢いよく閉まっちゃったんだって」


 えー、扉も開けっぱなしだったの?


「夜のトイレって怖いでしょ? トイレの照明って薄暗いし。少しでも明るくするのに扉を開けていたみたいなのよ」


 そうか、それは判るかも。この病院のトイレはちょっと薄暗いから不気味だよね。


「そうなんだけど、それで扉が閉まった衝撃か何かで、鍵が掛かっちゃったんだって」


 それは勢いつきすぎでしょ。


「それでなんだか怖くなっちゃって、すぐ出ようとしたのね。そうしたら鍵が開かないのよ」


 固くなっているとかじゃなくて?


「男子トイレはどうか判らないけど、扉を閉めた後に鍵をスライドさせて閉めるタイプの鍵なのね。だからその鍵を横にずらせば開くはずなのに、何か固い物でも引っかかっているみたいに、鍵が動かないんだって」


 それは焦るよね。誰かを呼んだりしたの?


「それがね、声を出そうにも怖くてなのかなんなのか、声が全然出なくなっちゃって、助けを呼ぼうにも呼べなかったみたいなの」


 急にそうなったら僕もパニクってしまうかも。


「でしょー。そうしたらね、何か気配がしたんだって。トイレの個室は三つ、その子は廊下近くの一番手前の個室に入っていたのね。そして誰もトイレに入ってきた音がしないのに、一番奥のトイレから水の流れる音がしたんだって……」


 それって、定期的に流れる汚れをつかせないためのやつとかじゃないの?

 男子トイレの小便器には、人がいなくても水が流れますって書いてあるし。


「それって個室の方のやつもそうなってる?」


 え、いや、なってない……。勝手に流れたりしないね。


「だよね。だからその子も凄い怖くなっちゃって、そうしたら今度は真ん中のトイレで水の流れる音が……」


 なんでだろう、やだなそれ……。


「誰も入ってきた音がしていないのに、水を流す音だけが聞こえる。いったいどうして、って思ってふと上を見ちゃったんだって。そしたら……」


 誰かが覗いていた、とか……?


「そしたら、足首を何かがなでるような感じがして、その後に自分の座っているトイレの水が流れたんだって」


 え、なんで? どうして? だって自分では流していないんでしょ?


「そう、なぜか勝手に流れて、びっくりして立ち上がったんだけどおかしいところは何もないの。でも水が流れていくの。それどころかずっと流れっぱなしで止まらない、叫びたくても声が出ない、そんな状態で鍵をガチャガチャさせたら何とか鍵を外せて扉を開けることができたんだって」


 出られたんだね、よかった。


「うん。それで病室に戻ってからもまだ水の流れる音が止まらなくて、布団を被って耳をふさいでいたんだけど、ふと足に痛みを感じて見てみたら足首に指の跡が付いていたんだって。誰かにつかまれたような指の跡が赤くくっきりと……」


 え……。


「だからね、トイレで気配を感じた時、自分は何もしていないのに勝手に鍵が掛かったり水が流れたりした時には、絶対何かがいるの。すぐに出た方がいいっていう話」


 そうなんだ、怖いなあ……。夜中一人でトイレに行けなくなっちゃいそう。

 今日は消灯前におしっこ行っておこう。


「あれ、でもさ」


 なに?


「他の階のトイレって、個室二つだよね」


 男子もそうだよ。一番奥は用具入れになっている……。

 じゃあ一回目の水の音……って。


「その子もね、先日亡くなっちゃったんだって」


 え、どうして?


「散歩で外出していた時に川で溺れてしまったんだって。一緒に行っていたヘルパーさんが言うには、誰かに足をつかまれて川へ引きずり込まれるようにして落ちた、って。それで川下の方で発見されて遺体が引き上げられた時には、足首に手の跡のようなあざが付いていたんだって」


 じゃあその子は……。


「そうだね……。ずっと水の流れる音が止まなかったと思うよ……」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王を倒した勇者が王国から解雇されました。~俺のスローライフを邪魔する奴はSSSスキルでぶっとばす!~
理不尽な世の中を無双スキルで吹っ飛ばせ! 連載中の長編ハイファンダジーも併せてお楽しみください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ