五階、レクリエーションルームのおもちゃ
「今日はここにいたのね」
女の子がレクリエーションルームにいる僕を見つけて近付いてくる。
「何で遊んでいるの?」
子供用のブロックだよ。積み木で建物を作って、ブロックで車を作っているんだ。
「へえ、面白そうだね。そう言えばさ、このレクリエーションルームに新しいおもちゃ入ったのって知ってる?」
うん、知っているよ。大量のトレカがあってさ、なんか医者の先生で大人買いしたトレカがいらなくなったから寄付するっていうので山積みになっていたね。
カードのレアってよく判らないけどカードゲームとして遊ぶなら結構面白いよ。
「自分で山札を作ったりするんでしょ?」
デッキね。うん、好きなカードを集めて、それで自分のデッキを組んで戦うんだ。
やってみる?
僕は女の子にトレカのバトルを勧めてみた。
大きめの段ボールには無造作に置かれたカードの束が転がっている。
「このイラストかわいいのね。あ、こっちはキラキラしている」
女の子は未開封のブースターパックを開けて中を取りだしていた。
僕が簡単なルールを教えてお互いにカードを選ぶ。
「定期的におもちゃが増えるのっていいよね」
そうだね、僕たちは基本的に外へ出られないから、欲しいおもちゃがあっても買いに行けないし。
こうやって新しいおもちゃが入ってくるのは嬉しい。
僕たちはカードゲームを楽しみながら他愛ない会話を続ける。
不満は不満だけどそれよりも今は病気をどうにかすることが大切だから、こればかりは仕方が無い。
「今は通信販売で色々届くから、買い物もしやすくなったけどね」
そうなの? 僕は通販やったことないなあ。
「看護師さんに代理で受け取ってもらうの。あまり大きな物は駄目だけど、ちょっとした物だったら持ってきてくれるから」
それはいい事を聞いたな。僕も今度頼んでみよう。
「それがいいよ。お店には買いに行けないけど、最近は結構いろんな物が売っているから」
そう言って女の子は手にしたスマホの画面を見せてくれた。
「このカードゲームって結構前に販売終了しちゃっていたんだね。今だとプレミアがついていたりするみたい」
へえ、そんな事まで判るんだ。
「このカードもさ、元々は先生が患者さんの男の子のために買ったのがきっかけだったみたいよ」
どうして買ってあげたのさ。
「男の子がこのゲームを好きでね、お薬を飲んだり注射を我慢できたりした時に、ご褒美で一枚ずつあげていたんだって。男の子も特に好きなカードは、保護シートに入れて大切に持っていたんだってさ」
なるほどね、僕もそういうご褒美があるとお薬の時間も楽になるかもなあ。
そりゃあ、薬だって病気のことを考えての物だっていうのは判っているけどさ。やっぱりご褒美があると気持ちも違うよね。
「私もそうだと思う。でもね、その男の子もちょっと前に亡くなっちゃって、それでここに寄贈したみたいよ、残ったカード含めて全部」
そうだったんだ。確かに何枚かは保護シートに入っていたカードもあった。中は結構汚れたり折れていたりしていたけど、男の子の名前が書いてあったしお気に入りだったんだろうね。
それにしても先生は結構いっぱい買っちゃったんだな。僕もこのカードたちが来た時はまだ開けてない袋をいくつか見たけど。箱買いしたんだよきっと。
でも今は段ボールの中に未開封のパックは無かった。
それもそうだ、レクリエーションルームに置かれた時に集まってきた子供たちが開けてしまったのだから。
あれ、だとするとさっき開けた袋は……。
「どうもね、それからもずっと、新しいカードが送られてくるみたいなの」
女の子の手元を見ると、また一つ未開封のパックがあった。
「男の子が亡くなったことを知らずに、先生が送ってくるみたいなのよね」
その先生って、だって病院にいたらその子が死んじゃったの知ってるよね?
「大分前に他の病院に行っちゃったらしいのよ、配置転換とかで」
だったらその先生に教えないと、もうカードはいらないよって。
「そうなんだけどね、前にその先生の配属されたところへ連絡した看護師さんがいたんだけど、その先生ね、急な病で数年前に亡くなられていたんだって」
僕は持っていたカードを落としてしまった。
「それからもね、送り主不明の荷物がたびたび届くんですって。その中には未開封のカードゲームが……」
先生が生前大量に買っておいて、それを誰かに頼んでいたとかじゃないの?
「うん、そうかもしれない。でも、荷物の伝票も無いし、誰が持ってきたかも判らないんだって。いつの間にかこの中に入っているって……」
へ、へえ。でもそれって誰かのいたずらとかさ。
「そうだよねきっと。私もそう思う」
女の子が段ボールの中から取りだしたのは新品未開封のブースターパック。
ゆっくりとその袋を破くと、中には保護シート付きの使い古されたカードが入っていた。
男の子の名前の入ったカードが。