三階、エレベーター脇の姿見
女の子が僕を見つけて近付いてくる。
「中央のエレベーターの脇って、大きな姿見の鏡があるでしょう? あれで死期が判るんだって」
唐突に何を言っているんだか。
「この病院のエレベーターの隣の柱にある鏡の事だよ」
そうだね、一階にはないけど、他の階は全部あるみたいだね。
荷物用とかの業務用エレベーターにはそういうのないけど。
「そりゃそうだよ~。仕事で使うエレベーターだと配膳台とかがぶつかっちゃうじゃない。割れたら危ないし」
まあ姿見の鏡なんて来客とか患者さん用だからね。
「見栄えっていうのもあるみたいだよ。ほら下の方に何か書いてあったりするでしょう、どこそこ病院からの寄贈、とか、どこそこ大学同級生一同、とか」
あるねそういうの。なるほど、ただ鏡を置いてあるって訳じゃないんだ。
で、それがなんで死期が判るとか言うの?
「あの鏡ね、患者さんには判らないみたいなんだけど、入院している患者さんと面会に来た人が一緒に映るとね、患者さんの死期が見えるっていう噂があるの」
一緒に?
「なんでも夜中の三時三十三分に三階の鏡を見ると、判るんだって」
どう見えるのさ。
「姿見にね、一瞬ヒビが入ったような筋ができて、割れるんじゃないかってくらいにヒビだらけになっちゃうんだって」
何それ、割れたりしないの? 危なくないの?
「鏡は割れないんだけどね、そこで映っていた患者さんのメスを入れた所に丁度そのヒビが入るんだって」
手術した傷の所?
「うん。だから面会に来た人にはヒビが入らないんだけど、それでね、患者さんの傷以外の所にヒビが入ったら要注意でね、顔にヒビが入ったらその本数で死期が判るんだって」
へえ、どうやってさ。
「自分の年齢から鏡に映った顔に入ったヒビの本数を引いた歳だけ生きられる、って」
それなら本数が少なかったら結構長生きできるって事じゃないの。それならいい鏡だよね、不思議だけど怖くはないよ。
「私もそう思ったんだけどね……。私の友だちがその鏡を夜中に見ちゃって……」
え?
「その子、次の夜に亡くなってしまったの」
わ、若かったから……とか? 本数少なくても若かったから……。
「そうかも知れないけどその子が言っていたのはね、まるで私の顔に蜘蛛の巣がかかったようだった……って。それでね……」
うん……。
「その子が亡くなった時たまたま大きな地震があってね、枕元にあった花瓶がその子の顔に落ちて割れちゃったのね。慌てて看護師さんがどけたんだけど、その時の顔が……赤い蜘蛛の巣が顔中を覆っていたように見えたんだって」
き、傷だよね?
「だからね、ヒビの入った鏡で自分を映しちゃいけない、真夜中三時三十三分に見ると、三百三十三本の傷ができて死んでしまう、だってさ」
でもさ、それだったら大丈夫でしょ、だって面会の人って真夜中にはいないじゃない。
「うん、だからその面会の人が誰だったんだろう、ね……」