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二階、お風呂の日

ふたつめ。

「今日も元気だね」


 そんな訳があるか。

 終末期医療のおかげでなんとか痛みや違和感を薄めているような生活だから、元気といえば元気なのかもしれないけど。

 それはあくまで、健康のバロメーターがマイナスじゃないってだけで、まったくプラスになっていないんだからさ。


「今日お風呂の日だったんだ」


 女の子はそんな僕の気も知らずに勝手に話し始める。


 入院患者は特別待遇でもない限り、週に四回の風呂の日がある。

 他の病室の患者さんとローテーションになっているけど、その時の治療具合によって入浴できなかったり本人が拒否したりっていう事もあって、それほど混み合ったりはしない。


「君は明日みたいだね。だとしたら気をつけてね」


 何がだ?

 滑って転んで頭を打ったりとかしないでね、って事か?

 僕はそんなにドジじゃないぞ。


「そうじゃないんだけどさ、この前お風呂で事故があったっていう話を聞いてね」


 事故か。僕は聞いた事なかったな。


「お風呂のボイラーが故障しちゃったみたいで、急に熱湯が出ちゃったんだって」


 それは大変じゃないか!


「でしょう? その時に大火傷を負った女性がいたんだって」


 それは大事故だろ。僕は知らなかった……。


「その人ね、長い黒髪の綺麗な女性だったんだって。本人も自分の髪がお気に入りで、入院生活の癒しって言って、毎日のお手入れも欠かさなかったらしいのね」


 たしかに入院生活は刺激がないからな。髪だっていつのまにか伸びているし。


「それでね、その人はお風呂の日じゃなくても、洗面所で毎日髪は洗っていたんだって。でも、その大火傷で、髪が大量に抜けて、というより頭皮と一緒に剥がれちゃって」


 うわ、痛そうだな。


「それでその人は自分の火傷よりも抜けてしまった長い髪を悲しんで、そのまま怪我も心も回復しないで亡くなっちゃったそうよ」


 それはかわいそうだ。事故の怪我も辛いけど、大切にしていたものを失った痛みは相当なものだったろう。


「それからよ。シャワールームで故障でもないのに熱いお湯が出るようになったり、排水口に長い髪が絡み付いていたりしたらしいの」


 髪の毛ってそういうところ気持ち悪いな。


「ある日ね、五つあるシャワーの一番奥の一つだけが出なくなったんだって。仕方なく残りの四つでみんな我慢して使っていたそうよ」


 男湯も五つあるけど、全部普通に使えるよ。


「女湯も今は全部使えるけど、それでね、シャワーを使っている患者さんたちが話をしていてね、あの亡くなった人が使っていたシャワーが、一番奥のやつだったな、そんな話をしていたら、急にそのシャワーからお湯が出てきたんだって。蛇口をひねってもいないのに」


 え、なんで出てくんの?


「誰も蛇口をひねっていないから、なんでシャワーが出たのかそこにいる誰もわからなかったのね。

 詰まっていた時に蛇口を開けっ放しにしちゃったんじゃないか、なんて話していたら、出てくるお湯から変な臭いがしたんだって」


 変な臭いって……。


「焼けた肉のような、腐った魚のような。

 そうしたら出てきたお湯がだんだん赤くなって、真っ赤なお湯になったのよ。

 辺りには鉄の錆びたような臭いが充満して」


 それって血……な訳ないよな。


「それはね、詰まっていた時に溜まっていた鉄錆だったみたいなのよ。だからずっと流していたら、だんだんと透明になってきたらしいんだけど、それでも何かちょっと他と違うのね。

 お湯の出が少ないというか」


 元々詰まっていたんだから当然だろう。


「なのでね、蛇口を閉めてお湯が出ないようにしてから、シャワーヘッドを開けてみたの。そうしたらさ」


 僕は息を飲んで女の子の言葉を待つ。


「中に長く黒い髪がたくさん詰まっていたんだって」


 へ、へえ。でも水道管に中に髪が入るなんておかしいよね?


「そうだよね。だからこのシャワーおかしい、どうなっているんだろうって思って、髪の毛を引っ張ってみたらね、痛い……痛い……ってパイプの奥から声がしたんだって」


 それは嫌だな……。

 あれ、女湯って二階だっけ? 男湯は三階だけど。


「そうよ、女湯は二階。二階のシャワー室で起きた事だって。だから気をつけてね、シャワーが詰まってもシャワーヘッドを無闇に開けたりしないって」


 そ、そんなのしないよ、する訳ないよ。


「でもね、お風呂に入る時、シャワーで急に熱いお湯が出たり、冷たい水が出たりしたら周りに注意して。その時周りに自分のじゃない長く黒い髪が見つかったら……」


 女の子は俺の目の前まで近づいて声をひそめる。


「蛇口を閉めて出てこないようにしてね。シャワーから何かが出てこないように……」


 ぼ、僕、明日はお風呂の日、キャンセルしよう。


「それがいいかもね。でもこれからずっとお風呂の日をキャンセルする訳にはいかないもんね。そうだ、シャワーを使って、頭を洗っている時とか目をつぶるでしょ?」


 そりゃあ、シャンプーが目に入らないようにするから目はつぶるけど。


「その時に、あれおかしいな、今日は変だなって思ったら、深く調べちゃダメ。急にお湯が熱くなったり、背後に気配を感じたり。そういう時は目をつぶったまま早く出た方がいいよ」


 どうして?


「たとえ目の前に大火傷をした長い髪の女の人がいても、目に入らなければ安心だから……」

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魔王を倒した勇者が王国から解雇されました。~俺のスローライフを邪魔する奴はSSSスキルでぶっとばす!~
理不尽な世の中を無双スキルで吹っ飛ばせ! 連載中の長編ハイファンダジーも併せてお楽しみください。
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