一階、面会受け付け
ひとつめ。
「今日も来たんだね」
目の前の女の子が僕に向かって言う。
僕だってこんな病院にいたくはないけど、結構長い事病を患っているんだ。仕方がないだろう。
「そうだここの病院、絵麻病院ね、不思議な話があるんだって。聞きたい?」
太陽が落ちるか落ちないかっていう時間帯。逢魔が時って言うんだっけ。そんな時に病院で不思議な話っていうのも不謹慎な気がするけど。
僕がそう伝えると、それでも女の子は目を輝かせていた。
よっぽど話したいんだな……。
僕は根負けして女の子の話を聴く事にした。
「この絵麻病院にね、七不思議があるんだって!」
女の子は屈託なく笑う。
七不思議のどこが楽しいのやら。
「一つ目はなんだって? 聞きたい~?」
面倒くさいなあ。
「仕方がないなあ、じゃあ教えてあげるね。えっと一つ目は……」
絵麻病院。ここはとある地方の山間にあり、難病の患者のための終末期医療を目的とした病院だ。
不治の病で余命幾ばくもない状態にあって、延命措置よりも穏やかに余生を過ごせるように、人生の最期を有意義に迎えられるようにと考えられた施設。
特に絵麻病院は、入院したらまず生きて帰れないとも言われている。
この女の娘はまだ思春期前だろうか。顔色は悪いし生気もないが、それでも幼い女の子特有の無邪気な勢いはあった。
「この病院ね、入院したら死ぬまで出られないって言うんだけど、そうじゃない事もあるんだって」
僕はそれが噂だという事を知っている。痴呆症を患っているおばあさんが食事のスプーンを飲み込んだとかで、救急車で運ばれていったという事があった。
おばあさんはその後外科手術で一命を取り留めて、今は別の病院に行っているそうだ。
だからここに入院したからって全員が全員死ぬ訳でもないし、死ななきゃ出られないという事もないんだ。
「えっとねそうじゃなくてね、入院していなくても出られない人がいるんだって……」
ん? 入院していなくても?
「どういう事かって? それが一階の受け付けなんだ」
あの正面入り口の?
「ううん、脇の面会受け付け。あそこに面会しに来た人が名前と訪問先と連絡先を書くでしょう?」
そうだね、用紙があってそれを受け付けの守衛さんに渡すんだった。
「それで毎回帰るときに、退出っていうところに丸を付ける所あるよね」
あれだろ、ちゃんと面会に来た人が病院に居座ったりしないで、きちんと帰っているかって確認するからだろ。
「そう、それなんだけど」
まさかチェックを入れない人がいる、面会に来たまま消えちゃった、とでも言うんじゃないだろうね。
「そうだと思うでしょ? そんなチェックし忘れの人も何人かいるみたいなんだけど、そうじゃないんだって」
女の子はさっき以上に目をキラキラさせて僕を見る。
それでも声を潜めてゆっくりとしゃべり始めた。
「一〇九号室に面会に来た人がね、いっつもチェックしないんだって。面会で入ってそのままいなくなっちゃう」
だからそれは忘れちゃってるんじゃないの? 面会受け付けじゃなくて正面口から帰っちゃうとか。
「守衛さんは面会に来たときに入院患者さんのリストをパソコンで確認するんだけど、その人が来たときは普通に面会先と照らし合わせて問題がないのね。でも、いつも面会終了時間の時にはチェックのない用紙が残っちゃうんだって」
ただ面会に来た人がずぼらなだけなんじゃないか?
「でもさよく考えてみてよ。その人は誰に会いに来たたのかな。絵麻病院の一階にあるのって……」
受け付け、薬局、コンビニ、それから診察室が外科、内科、脳神経外科と内科、整形外科、消化器科、循環器科、眼科、耳鼻咽喉科、あと放射線科もあったかな。
後はせいぜいトイレくらいで……。
「そうなのよ、ここ、一階には病室無いのにね……」
あ。
「ほら、もう日が落ちる……。面会終了の時間だよ……」