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暗号は解けた、後は警察にどうこれを伝えるか。俺は山田さんに相談することにした。
俺としてもさっさとケリをつけてしまいたい。
「あのね、確かにつじつまは合う、動機に関してはどうも扇谷誠以外にはほぼ全員あると言ってもいい」
扇谷誠は二階堂の多角関係をずいぶん前から知っていて面白がって付き合っていた。それは調べで裏が取れているんだとか。
「まあ、蝶子さんは家族に見せて体裁のいい彼女って役割だろうね、一応まあ、上品な見た目だ」
山田さんはちょっと言葉を選んでくれた。
まあ、多少の劣化は見られるが、それでも一般よりましなのかね。
「斎藤さんにも来てもらって、警察に訊いてもらおうか」
「こじつけにも思えるが、一応調べるだけ調べてもらわないと」
山田さんはそう言った。
「犯人が分かっただと?」
俺の単刀直入の言い分に相手は敬語を忘れたようだ。どうすんだ公務員。
七三分けのいわゆるちゃんとした大人の格好をした刑事さん。これが丸棒だとどこから見ても立派なチンピラらしい。
「あのな、お姉さんが心配なのはわかるが、わざわざ疑われていない人間に罪を押し付けるのはどうかと思うが」
「警察の安直な思い込みで、どんだけ冤罪事件が起きたかを考えると、ちょっと行ってみたくなっただけです」
俺は単に事実を告げただけである。実際に冤罪で十数年刑務所に送られた人、この人に支払った慰謝料は税金なのだ。
警察は慎重であってほしいもんである。
「実際、ダイイングメッセージはもう一つあったんですよね、鏡が」
俺がそういうと刑事さんの顔色が変わった。
「それは捜査上の機密だろう何故知っている?」
「あの、あのマンションで、親御さんが死体を発見した時駆け付けたおばさんがいたんじゃないですか、あの人あっちこっちで言いふらしてるみたいですよ」
ぐらっと刑事さんがよろめいた。
捜査上の機密を言いふらしているおばさん。あまりにも詰めが甘すぎた。
「あのばばぁ」
とりあえず、聞かなかったことにした。
「それでですね、こちらの斎藤さんが、その鏡について教えてくれたんですよ」
「鏡って何のこと?」
いきなり後ろから声をかけられた。
背後にいたのは見知らぬ女。誰だろ。
「牧羽さん」
青ざめた顔でガタガタ震えているこの女が牧羽鏡子、つまりダイイングメッセージに残された二人目か。
「私、疑われているの、だから呼び出されたの」
だいぶ動揺しているらしい、持っているハンドバッグが小刻みに震えている。
「ええと、それを話しに来たんですよ」
いきなりハンドバッグで殴られた。
「あんたの身内が犯人じゃないって思いこませようとしてるのね」
牧羽鏡子は山田さん曰く親受けのよさそうな地味な女性だった。
「疑ってませんよ、貴女が犯人なら、どうして死体を蹴飛ばして、鏡からずらさなかったんですか?」
鏡子さんは沈黙した。
「うちの姉にしてもそうです、蝶の絵の付いたものを握って死んだなら、それをもぎ取って持ち去るくらいするはずです何故しなかったんでしょう」
そして俺は周囲を見回して言った。
「犯人はそれが自分を指すものだとわからなかった」
「それはあくまでこじつけだ」
七三分け刑事はあくまで言い切った。