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姉貴はとりあえず拘束されてはいない。
ただ、家から出ることができないでいる。その理由も薄々察することができた。
あの小母ちゃんの話では、死体は扇を手にしていたが、さらにその扇で姿見、つまり鏡を指していた。
蝶の絵の付いた扇で鏡を指さす。つまり容疑者は三人いて絞り切れないのだ。
蝶の絵が毛利蝶子、扇が扇谷誠、そして、鏡が牧羽鏡子となる。その三人が絞り込めれば逮捕起訴されるのだろうか。
こうなると、姉貴の話も聞かないとならん。
いい加減お花畑からも解放されているだろうし。
「というわけで、サクサクわかっていることを話してもらおうか」
姉貴はぶすくされた顔で、ずっと部屋にこもっていた。
最低限風呂や日常成果活に必要なことは行っているようだが、大学はずっと休んでいるし、食卓にもまともに顔を出ない。
最近は軽く薄化粧し、髪をセットしてめかしこんでいたが、今ではかなり容姿が劣化した。さらに最近動かないので太った気もする。そして。部屋に閉じこもってめそめそ泣いている。両親は文字通りはれ物に触るがごとき対応である。
「話せって」
再び目が潤み始める。
「あのな、俺は何とか姉貴の容疑を晴らしたいんだ、姉貴殺ってないよな、殺ったんなら今すぐ本当のことを話してくれ、無駄なことをしなくて済む」
「やったって何を、私本当に何も知らなかったんだから、殺されたって聞いた後実は浮気してたなんて話までもう何が何だか」
「浮気じゃなくて六股だな、まあ、この中に本命がいたとしても、姉貴が浮気相手だろう」
「なんでそんなひどいこと言えるの、私のために頑張ってくれるって言ったじゃない」
「頑張るに決まってるだろ、姉貴が殺人犯なんてことになったら俺が、さらに俺の子孫がどれだけ不合理な目にあわされるかわかってんのか、俺は俺のために頑張るの」
姉貴はふらふらと立ち上がる。
「とりあえず、あんたのことを殺すことにするわ」
バカでかい辞書を俺の頭に叩き落そうとするのを何とか阻む。
「あのな、起訴されたら終わりだぞ、検察は起訴したら絶対有罪に持ち込む。以前そのために書類偽造して大ごとになったじゃないか」
実際、起訴した人間の無罪が確定しそうになり書類を新たに偽造するという事件はあった。姉貴が知っているかどうかは知らないが。
「あの腐れど外道はどういうやつだったんだ」
「ひどいわ、私の愛していた人なのに」
「六股されたら百年の恋も冷めるぜ、爺ちゃんの頼んだ弁護士にもあんまり口きかないそうじゃないか、爺ちゃんの心遣いを無駄にすんなよ」
「あの人は、そのヴァニタス画の研究をしているって言っていたわ、ヴァニタス画っていうのは、静物画に描かれている暗号を読み解くってこと見たい」
俺の中で何かが引っ掛かった。
「犬を連れた女性と猿を連れた女性は意味合いが違うとか言っていたわ」
「訳が分からん」
「つまりモチーフとして、犬と猿は違うの」
姉貴の頭が悪いのか言っている意味がどうにもつかめない。