悲しみと、もう一つ
先ほどの勉強部屋となっている応接膝へ戻るセランとニア。
長い廊下を、ニアとゆっくり足を進める。
小さく聞こえる声に、二人はまだ室内にいるんだとセランは足を速めた。
「…でも、そんなこと言ってもお兄さんってことには変わりないだろう?」
「…………でも」
「それに、フランはセランのこと好きだったろ?」
「…………」
「な?だから避けるとかさっきみたいの、やめよう?」
「ぁ、まだ居たっ」
小窓から覗くとまだ居た二人を見つける。
部屋の扉に手をかける。
少し開かれるだけで、中からぼそぼそと聞こえていた二人の声が途端に大きく聞こえる。
大事な話だったら、と開けるのを途中でとどまり、その場で耳を傾けた。
感情により声が大きくなってきてるのか、だんだんはっきりと聞こえてくる。
「先生だって、思ってるんでしょッ!?気味悪いとか、怖いとか、思ってるでしょ!??」
「っ」
聞こえた。
はっきりと、聞こえた。
セランは息を呑んだ。
─これは、自分のことだ…
そう、わかってしまったから。
─ずきん…
── ずきん…
…胸がぎゅうぎゅうする。
セランは胸元をおさえ、きゅっと服を握った。
ふとぶつかる胸元の石に、更に胸が締め付けられた。
「僕、まだ小さいけどこれくらいわかる!」
─ずきん…
「セランは、普通の子じゃない、悪魔の子だって言ってた!」
──ずきん…
「しかも、精霊いないの、儀式しなかったんじゃなくて出来なかったんでしょ?」
───ずきん…
「あんなの、お兄ちゃんじゃない!!」
──────…
「あら、セラン坊っちゃんどうしたのこんな……きゃあっ」
「「 !!! 」」
突如聞こえた召使いの声に、二人は一斉に扉を見た。
マークは急いで駆け寄り扉を勢いよく開けた。
そこに立っていたセランに、そのまま目を見開く。
「………セラン…お前、聞いて… !!!」
「………………」
セランは俯いたまま黙っている。
そして、
「………セラン…?」
おかしい。
様子がおかしい、と気づくには十分だった。
セランの周りに、ぼんやりとオーラが纏われている。
それは少なくとも魔力がなければ出来ないはずなのに。
生まれて直ぐに魔力を封印されたセランには出来る筈ないのに。
なんで、できている?
「セラン…?お前、どうして…」
「───……ぃ?」
「え?何て?」
小さく、口が動いたのにうまく聞こえない。
マークは屈んでセランに問い掛けた。
「なんだいセラン?もう一回言って?」
「────…だい?」
「………ぇ?」
今度は、ちゃんと聞こえた。
聞こえた、けれど。
マークはその内容に、また目を見開いた。
【 先生の精霊、ちょうだい? 】
「…なっ────!!」
屈んだおかげでセランの顔が見えた。
しかし見えた瞳は、生気がないように虚ろだった。
光がうつらないような、真っ暗な瞳。
「せ…セラ……」
「先生の精霊がダメなら…」
す、と顔が動く。
向いた先には、フラン。
セランの口の端が微かに上がった。途端、周りのオーラが大きく広がる。
それを見たフランの身体は大きく跳ねた。恐怖にか震えている。
「っ、やめろ!セラン!!」
「……ひっ…」
一歩、また一歩と近づく。
フランの足はガクガクと震え、立って居るのがやっとのようだ。
逃げられない。
オーラが、まるでフランに襲い掛かるように伸び、飛び掛かる。
「──セラン!!!!」
─── ピタッ
その声にか、オーラの動きが止まる。
セランの足が止まったことに、マークは急いでフランに駆け寄り抱き寄せる。
震えてるフランを強く抱き締めて、セランを見た。
「セランっ、どうして………!!」
目に写るのは、こちらを見ながら涙を流すセランの姿。
瞳には、腕の中で震える小さな身体が写っている。
腕の中のとなんら変わらない小さな身体。
先ほどから変わらない表情で、ただ涙だけ流していて…
マークは、言葉に詰まった。
「……───…ん…」
「? セラン…?」
「フラン………ごめん……」
ぼろぼろと涙を流して、そう呟いた。
刹那。
――ぶわッッ
大きく膨れ上がるオーラ。
それは二人に行くことなく、セランを包み込む。
何重にも重なって、ついには透明な筈のオーラが透明じゃなくなっていく。
小さな身体の何処にこれほどのオーラがあるというのか。瞬く間に姿が見えなくなる。
「ッ……セランッッ!!!!!」
「わっ!!?」
名前を呼ぶと、どこから吹くのか強い風がマークとフランを襲う。
咄嗟にフランを強く抱き、態勢を低くする。
二人分の体重が、今にも動き出しそうなほどの勢いだった。
それから暫く。
風がおさまってきて、マークは身体を起こしセランが居たほうを見た。
が。
そこにセランは居なかった。
そして、その日…
レンジェーナ家から、一人の少年が消えた。