神に嫌われた少年
・・・あれから、もう5年
リ――ン ゴ――――ン…
教会の鐘の音がよく聞こえる、そんな丘にレンジェーナ家の館は建てられていた。
数年前はどれほどの大きさだったろうか。
ラルバンシェなのは変わってはいないが、場所が少し移動しているのだ。
そして今では、あの時よりも一回りは大きい屋敷に変わっている。
間違えてる?――いやこれで良い。
あの時より、大きくなっているのだから。
そんなレンジェーナ家に、一人の青年が玄関先でうろうろしている。
何回かベルを鳴らすが、教会の鐘に紛れて聞こえないのか誰も出てこない様子。
そうして青年は、鐘が鳴り終わるのを待ち、もう一度ベルを鳴らした。
押して数分…
扉越しにでも聞こえる子供の足音。
―ガチャッ
「こんにちはぁ!マーク先生!!」
「こんにちは、今日も元気そうだね、フラン」
「えへへ、元気だけが取り柄だからね!!」
扉を開けたのはまだ小さな子供。
そして名をフランという。
実は4年前、レイミーは二人目の子を授かったのだ。しかもフランには、ごく稀といわれている聖霊である、光の守護神レムナスが宿ったのである。
そのことにより、レンジェーナ家は一気に昇位し更に位が高くなったのだ。
二人は大広間を通り、召使いにもてなしを頼んで一番身近な応接室に入った。
「今日は何を教えてくれるんですかぁ?」
「その前に、宿題は?」
やりとりで想像はつくだろうが、マークはフランの家庭教師だ。
しかも生まれてから直ぐの子守りの段階から付けているため、フランも兄弟同然のように慕っている。
勿論、
「あっ!マーク先生!!」
セランもだ。
マークは現在21才、セランが生まれて半年後に彼は若くしてこの館に来た。
普段はレンジェーナ家の敷地内に建てた使用人専用の家に住んでいる。
フランが生まれ、セランと一緒に付けられれば良いとレイミーは思ったのだ。
しかし、フランが4才になった今では
「マーク先生、今日は「先生っ!宿題できたの見せるから、見て!」
周りから何か噂で聞いたのだろうか、フランはセランを嫌っているように見える。
ほんの1.2年前までは仲の良い兄弟だったのだが。
突如自分へのあたりが変わってしまったことに戸惑いつつも、どう対応したらいいかわからないセランは、ただ我慢するだけだった。
マークを前にフランは静かに詠唱を始める。
「我に宿りし精霊よ…」
フランの周りにうっすらと光が生じる。
その光の中、一際目立って小さく動く物体がある。それはフランの周りをぐるぐると駆け回り、頭の上で止まった。
よく見ると、それは一瞬人型のようにも見えるが、すぐただの光になってしまう。
フランに宿る精霊が、意思をもち動き回っているのだ。
「ホラ、ちっちゃいけど…具現化出来るようになったんだよ!」
「…すごいね!僕でも一週間近くかかったのに、…才能かなぁ?」
「へっへーん!」
自慢気に胸をはりマークに押しつけている。
それをただ見つめるだけのセラン。
視線に気付いたマークは身体ごとセランへ向け、手招きをしてみせた。
下見がちに近づいてくるセランに小さく笑むと、自分の精霊を具現化して飛ばす。
マークの守護神は風を司るシルフィー。
フランの周りを飛ぶ白い光とは違い、それは小さく人の形をした、童話にでも出てきそうな妖精のような姿をしている。
精霊はセランの近くへ飛んで行くとにっこりと微笑み、くるくると回り始めた。
小さい人型をしたマークの精霊はセランの目の前で回りながら踊り始める。
その姿は、とても楽しそうで
「ニア、今日はご機嫌だね」
ちなみに名前はニアという。ニアはセランのお気に入り。
まるで自分の精霊のように動いてあそんでくれるからだ。
ニア自体も、セランを好いており、マークが指示を出すと嬉しそうに飛んでいく。
そんな様子を横目にみると、フランはマークの体に抱きつき、
「ね、次のレベルの教えてよ!先生っ!」
「これ以上教えたら学校つまんなくなっちゃうよ?」
「いーもん大丈夫~!」
そんな二人のやり取りを見て、悲しむかと思いきやセランはにっと笑い
「ニア、あっち行こ!」
ニアと一緒に館の中庭の方へ駆けていった。
セランが走って行ったのを確認すると、マークは小さくため息をついてフランに向き直す。
怒っているわけではない、諭すわけではないが、静かに問う。
「…フランは、どうしてそんなにセランを嫌うの?ついこないだまで仲良しだったのに」
「……だって、セランはイタンジってやつなんでしょ?」
「! 誰がそんなこと…!」
「召使いさんが言ってた。"悪魔憑き"って…」
その言葉につい詰まる。
そして、沈黙。
******
中庭の噴水に腰掛け、ため息をつきながら水面を見つめるセランの周りをニアがくるくると飛び回る。
「ねぇニアは僕のこと、好き?」
ニアを頭のうえに座らせ、ポツリと呟いた。
水面には落ち込んだ顔のセランが写っていた。
二人が…特にフランが居る目の前では元気に振舞っているが、実際のところやはり傷ついているのだ。
ニアは小さい手でセランの頭を撫でる。
元気づけるかのように、優しく。
水面越しに見えたそれはセランに笑みを戻すのに十分だった。
「…戻ってフランと一緒にお勉強しよっか。ニアもいるしね」
そう笑って立ち上がると、ニアは嬉しそうにまたセランの周りを飛び回る。
目を細めてそれを見る。
ちくん。
ちくん。
「…ありがとう、ニア」
ちくん。