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冬の女王と約束の青い薔薇  作者: 霧島花代
2/4

中編1


―昔を思い出すと冬の女王様はいつでもひとりぼっちでした。


正確には彼女が冬の女王様になる前のことです。


彼女は妖精の森で生まれ、そして次期女王様として生きていました。


季節の女王様の地位は、親から子へ受け継がれるものではなく、千年に一度、次期女王様を選ぶときに、それぞれの季節の妖精の中から、一番魔力が強い者が選ばれて受け継がれるのです。選ばれた妖精は、前女王様と交替がされるその時まで必要な教育を受けます。


そして、彼女も赤子の頃に選ばれてからずっと次期女王様として毎日厳しい教育を受けていました。毎日、天気や風などの自然に関することや、ダンス、魔法、マナー……あらゆることを学びます。彼女は学んだことは全て完璧になるまで頑張り続ける努力家でした。


もちろん睡眠時間やご飯を食べたり、他にも自由に過ごす時間もきちんと与えられており、贅沢でおいしい食事や綺麗な服や宝石、天蓋付きの広いベッド、好きなことができる時間など、まさに次期冬の女王様として恵まれた環境でした。しかしどんなに恵まれていても彼女はいつでも幸せではありませんでした。


それは、皆が彼女を恐れて、ひとりぼっちだったからです。


彼女はまず、強大な魔力を持って生まれました。何でも、他の季節の女王が束になっても敵わないほどの膨大な魔力を持っているようなのです。


次に恐れられたのはその姿でした。彼女はとても美しいのですが、その雰囲気はとても冷たくゾッとするような美貌なのです。


その次は、彼女の雰囲気でした。彼女は自分の感情を表現することがとても苦手でした。そして、元々の冷たい顔立ちからか、皆、彼女が不機嫌であると思い込み震えあがります。


もちろん彼女を恐れない者達もいました。それは、彼女に勉強を教える教師たちと当時の冬の女王様でした。しかし、教師たちは彼女を次期女王様としてしか接してはくれませんでしたし、会話をしても私情をはさまず、とても淡々としていました。それに、当時の冬の女王様―前冬の女王様は一応、後継者の彼女を気にかけていましたが、前冬の女王様には優しい夫と可愛い子ども達という愛しい家族がいました。仕事以外の時間は家族と過ごすことが何よりも大切なことだったのです。


周りを見れば、他の妖精や季節の女王様たち、彼女と同じ次期女王様たちは、皆が友人や家族、恋人など、誰かと手をつないだり、笑いあったりしてて、とても幸せそうでした。


彼女はそれがとても羨ましくてしょうがありませんでした。


『次期女王様』


皆が敬意を払って彼女をそう言いますが、誰も、この手を握ってくれることも、心の底からの笑顔を彼女に向けてくれることもありません。


不幸ではないと分かっていましたが、幸せだと思うことも、とてもできませんでした。


彼女にとって生まれてから数百年間、周囲に誰かがいてもいつでもひとりぼっちでした。


―それが変わったのは、数十年前のことでした。


********


―数十年前の冬


「はぁ…はぁ…あぁっ…」


彼女は、雪に覆われた人の国の大地を走っていました。雪のような白銀の髪を振り乱し、冬の夜空のような青い瞳からは、大粒の涙があふれ、口からは絶えず嗚咽がこぼれます。


原因は、つい一刻ほど前の出来事でした。


彼女は、人の国に冬の季節を招くために、妖精の森を出てきた前冬の女王様や大勢の臣下の冬の妖精と共に、人の国にある季節の塔を訪れていました。彼女自身、人で言うところの17歳くらいまで成長し、あと数年で、冬の女王に就任するということで、その仕事ぶりを実際に学ぶために一緒にやってきたのです。そして、彼女にとっては初めての人の国でした。


季節の塔に着いてから彼女は、実際に冬の女王の仕事をこの目で見ながら、魔法で寒さや雪の調整などの一部の仕事を任され、一日に数時間与えられる自由時間で読書や人の国の中を散歩し、相変わらず一人で過ごしていました。


そんな日々を過ごすなか、つい一刻ほど前に自由時間を与えられた彼女は散歩に行こうと塔の外へ出ていました。


その時彼女の耳に、


「あんな、冷たい方が次の女王様なんて、困ったものだわ……」


それは、塔の外を掃除していたある冬の妖精の一言でした。


「本当にまったくだわ。どんなに魔法や知識は完璧でも、あんな方じゃあ、女王にふさわしいとは言えないわ…」


「お綺麗だけど、怖いよな。他の次期女王様たちみたいにお優しい方だったらよかったのに…」


「他に、もっとふさわしい方はいなかったのかしら?」


その一言を皮切りに他の庭にいた妖精たちも口々に言います。


その言葉たちはたまたま外に出ていて、ちょうどその妖精たちに姿が見えない場所にいた彼女の耳に入ってしまったのです。


それは彼女にとって衝撃的な言葉でした。


どれほど周りから冷たい、恐ろしいと言われても、生まれた時から並みならぬ努力をしてきて、そして、それを身に着けてきた自分は次期女王として貶されることだけはないと思っていたからです。


そして、その自身だけがひとりぼっちの彼女を支えてくれるものでした。


気が付けば彼女は駆け出していました。長い白銀の髪は乱れて、目からは絶えず涙があふれます。口からは嗚咽がこぼれてうまく呼吸ができません。自分の足がどこへ向かっているかも分からないまま、がむしゃらに走り、そして、たまたまとある森へと入っていきました。


「ふぅっう…うぅっ…」


真っ白な雪をまとった草や木、茂みの間をぬけ、ザクザクと雪道を踏み分けていきます。彼女の足音に聞いて逃げていくリスや小鳥たちにも気をとめず、ただ、ひたすらに彼女は森の中を走ります。


そして、目の前の木々の間から光が見えたかと思うと、そのまま視界が開けました。


辿り着いたそこは、広い野原でした。


彼女は森を抜けて、この広い野原に出たのです。


ただどこまでも雪に覆われた真っ白い大地以外に何もない場所。


そこにポツンと一人の彼女は、二、三歩ほど歩いて、膝から崩れ落ちました。


「あぁ…あっ…!」


涙と嗚咽が止まりません。


こんなことなら、膨大な魔力も、どれほど美しくても皆を怖がらせる姿も、常に身にまとう冷たい雰囲気も、次期女王の地位もいらないのに。


ただひたすらに泣き続けます。もし、自分が魔力の量も容姿も雰囲気も、そして次期女王などではない普通の妖精であったなら、こんなに孤独で寂しいこともなく、今頃誰かが隣にいてくれたのだろうか、そう思わずにはいられません。


―私は冬の女王になんてなりたくない!―


そう心の中で叫んだときでした―


「―どうしたの…どこかいたいの?」


それは幼い声でした。


彼女が慌てて振り向くと、幼い子供が立っていました。


その子供は、大地のような温かみのある茶色の髪に、好奇心あふれる緑色の瞳を持つ、穏やかそうな顔立ちの人の男の子でした。


男の子は心配そうな顔で彼女に近づきます。


「きみは、どうして泣いているの?」


再び問いかけられ、傷ついた彼女は泣きながらしゃべります。


「…わたし…冬の妖精で…次の女王なの………いっぱいがんばってるのに…みんなが…わたしのこと…冷たいって……」


「誰も…わたしの周りにはいないの…ずっとひとりぼっちで……わたしはッ……」


「さびしいっ…ひとりぼっちは…もう嫌ぁ…!」


彼女はそう言い切ってしゃくりをあげます。そんな彼女を見て男の子は、彼女の手を優しく握ります。


彼女は驚いて男の子を見ました。


「妖精さんは冷たくないよ、だって妖精さんの手、とってもあったかいもの」


『みんな、妖精さんを冷たいって言うなんて不思議だね?』と心底不思議そうに言う男の子。そして、心の底からの笑顔を浮かべながら、


「妖精さん、ぼくと、ともだちになって、そうすれば、きっとさびしくなんてないよ!」


彼女は驚きで、涙の幕を張った目を見開きます。


「…ほんと…うに…?」


「ほんとうだよ!ぼくは妖精さんと、ともだちになりたい!」


そんな言葉を言ってもらえたことは生まれて初めてのことでした。それに言葉だけではなく、ダンスの授業以外で誰かに手を握ってもらえることも初めてのことでした。


戸惑う彼女に、男の子はさらにしゃべりかけます。


「ねぇ、妖精さんのお名前はなんていうの?」


「…え…あ、ごめんなさい…わたし…名前がないの…妖精は、季節の女王と次の女王は名前…いらないから……」


彼女の言うとおり季節の女王様と次期女王様は名前がありません。そもそも妖精にとって、名前とは最低限、相手を識別するためにあるのであって、最初から、役職と地位だけで誰であるか分かる季節の女王様や次期女王様には必要のないものでした。


「じゃあ、ぼくが妖精さんの名前をつけていい?」


「え…うん…」


男の子は彼女をじっと見つめると、パッとひらめいたように


「青薔薇!妖精さんの名前は青薔薇!」


「あ…おば…ら?」


「うん、だって、妖精さんは森に咲くバラの花みたいにきれいだし、妖精さんの目は青くてきれいなんだもん。だからどっちも合わせて、青薔薇」


―…青薔薇…わたしの、名前…!―


彼女―青薔薇の胸に温かいものが広がっていきます。


「青薔薇、ぼくの名前はね、チュードっていうんだ。いつもそこの森とこの野原で遊んでるの。もし、さびしくなったらここに来て、一緒に遊ぼう!」


男の子―チュードは優しい笑顔を浮かべます。


―友達…青薔薇…チュード……―


気が付けば涙は止まっていました。


その日から青薔薇となった彼女はひとりぼっちではなくなりました―


********


―窓辺で、目を閉じていた、あの頃は次期女王様だった彼女―数十年たった今では冬の女王様となった青薔薇は、目を開きます。


「…チュードだけだったわ、私を見ても、怖がらないで…純粋に綺麗って言ってくれたのは…」


自分に言い聞かせるように呟きました。


「彼がいたから、この数十年間はまったく寂しくなかった……」


そして、また夢の続きを見るように瞳を閉じて、右手は左手の薬指をさすります。


********


―それから、彼女は今まで以上に次期女王の勉強を頑張る傍ら、毎年冬になり季節の塔を訪れる時期になると、必ず暇な時間には、チュードと出会った野原へ行きます。


そこで、色々な話をしたり、雪ウサギや雪だるまを作ったり、すぐそばの森の中を一緒に探検して過ごしていました。


一緒に過ごしていく中で互いに様々なことを知っていきます。チュードの家は代々森の番人の家で、彼もまた、次期森の番人でした。


森の番人とは、森を管理する仕事のことです。その仕事の内容は、森の見回りや季節の山菜やきのこなど山の恵みの採りごろの時期を村人に知らせたり、シカやクマなど動物の狩りのお手伝いをすることです。他にも森に何かあれば、いち早く駆けつけます。


彼は森の近くに建てられた木の家で両親と共に暮らしているようでした。ちなみにそこは村の中心部から離れており、そこだけポツンとチュードたちが住む木の家がある以外には他に建物もなく、人気もないところです。


そのため、チュードの遊び場は家のすぐそばの彼の家が管理する森のなかと、その隣にあるこの野原だったのです。


「青薔薇、これあげる」


いつもどおり雪に覆われた野原に来て、腰掛にちょうどいい石に座った青薔薇の首に何かがかけられます。


「あら、ラグの実のネックレスね」


ラグの実とは、冬になると地面に落ちる木の実のことで、子供の親指の爪くらいの大きさの赤茶色の実です。チュードからプレゼントされたネックレスはそのラグの実に穴をあけ、何個も連なるように紐を通したものでした。


このラグの実のネックレスもそうですが、チュードはとても手先が器用で、物作りがとても得意です。よく森で拾った木の実や小枝、葉っぱ、他の季節に花を摘んで、保存しては、駒や押し花、しおりなど様々なものを作り、青薔薇にプレゼントしているのです。


「チュード、いつもすてきなプレゼントをありがとう、とても嬉しいわ」


青薔薇はお礼を言いながら顔をほころばせます。次期女王様として自身の髪や瞳の色に合わせた真珠やサファイアなどの宝石で作られた装飾品をよくもらいますが、それよりも、チュードが心を込めて作ってくれる木の実や葉っぱを使ったプレゼントの方がずっと嬉しくて、大切なものでした。


「別に、お礼なんて言わなくていいんだよ。ねぇ、それよりさ、この前、村に降りたら、吟遊詩人が村にいてね……」


チュードが話す内容は、村の中心部に行った時の話や、村に住む友達の話、森の番人である父との修行、動物の不思議な行動、どんな草が薬で毒であるかなど、青薔薇にとっては知らないことばかりでした。


一方で青薔薇も、妖精の森の話やそれぞれの四季を司る妖精の話、次期女王としてどのようなことを勉強しているか、この世界の神話や、魔法の話など、こちらもチュードが知らないことを話します。


外は寒くてもチュードといればそれも気にならず、二人で他愛もない話をするこの時間がとても穏やかで、幸せでした。


チュードはまだまだ子供ですが、初めて会った頃よりも体も大きくなり、顔つきも少し大人に近づきました。それでも大地のような温かみのある茶色の髪と好奇心あふれる緑の瞳、優しい笑顔は毎年変わりません。


彼の成長を目にするのが青薔薇の密かな楽しみでした。できれば、彼のすぐ側でその成長を見守れたらいいのにとも思います。


一度は次の冬の女王になどなりたくないと思っていましたが、今では、目を輝かせながら雪に喜ぶチュードを見ると、彼を見守りながら冬の女王になるのも悪くはないと思うようになりました。


********


―それからまた数年が経ちました。


季節は夏で、季節の塔には夏の女王とその臣下の夏の妖精が暮らしていました。


冬の妖精の青薔薇はいつもどおり妖精の森で勉強をしながら次期女王として暮らしていました。あいかわらず、皆が彼女を恐れていて、やはり一人で過ごすことが多かったですが、あまり気にならなくなりました。


そんななか、人の国で疫病が流行っているという知らせが妖精の森に届きます。その病は瞬く間に広がり多くの人の命を奪い、今も病で苦しんでいる人たちがたくさんいるとのことでした。


その知らせを聞いて、青薔薇は慌てて、遠くの場所の様子を見ることのできる、魔法の鏡で人の国の様子を見ました。


人の国では夏の輝く太陽の光に照らされているのに、漂う雰囲気はとても暗く、どこもかしこも悲しみに包まれていました。あちらこちらから、人の泣き声が聞こえてきます。


鏡の中の場所を季節の塔の中に切り替えると、いつもは気丈な夏の女王様とその臣下の夏の妖精たちが泣いていました。彼女たちは苦しみ、死んでいく人たちをただ見ていることしかできない、そんな自分たちの無力さを嘆いているようでした。


「…チュードは…」


青薔薇の頭にはチュードの顔が浮かびました。


青薔薇は急いで魔法の鏡に、いつもの野原、よく二人で探検する森、チュードの家の周り、様々な場所を写して探します。


やっとチュードを見つけた時、彼は教会にいました。


彼はたった一人で夏の暑い日差しを背中に受け止めながら、教会の裏の墓地で、ちょうど二つのお墓の前に立っていました。


それは、チュードのお父さんとお母さんのお墓でした。


この流行り病でチュードの両親は亡くなってしまったのです。


「…と…うさん…かあ…さっ…」


チュードは泣いていました。いつもは好奇心あふれる緑色の瞳からは絶えず涙が流れ、彼の口からは嗚咽が漏れます。いつもは優しく笑っているその顔も今は涙で濡れて悲しみに歪んでいました


「おいて…いかないでぇッ…」


そう泣き声をあげるチュードの姿に青薔薇は心が痛くてたまりません。本当なら、今すぐにでも彼の下へ駆けつけて、その手を握ってあげたいのに彼女は妖精の森からは出られません。


だから、代わりに魔法でチュードの頭の上から雪を降らせました。彼は、すぐに雪に気づき、周りを見渡しました。


「…青薔薇…いるの…?」


チュードがそう問いかけると、青薔薇は魔法で今度は彼の手の中に、ポンっと氷の薔薇の花を咲かせます。それは、夏の光を浴びて、きらきらと青い色に反射していました。


チュードはその青く輝く花をじっと見つめると、涙にぬれた顔でくしゃりと下手くそな笑みを浮かべ、


「…僕は…ひとり…じゃないんだね…」


そして、しばらくその花が溶けるまで、チュードはそこで泣き続けました。


青薔薇はまだ、大切な人が永遠にいなくなる悲しみも、そのことへの無力感も知りませんでした。チュードに出会う前はずっとひとりぼっちでしたし、いなくなる相手もいませんでした。


ただ、彼女には涙を流すチュードと自分たちの無力さを嘆く夏の女王様たちの姿がいつまでも頭から離れませんでした―


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