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ペルソナ  作者: 朴訥
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 邦子小学三年生の一月頃の話である。その頃、邦子は内気な少女で、学校の休み時間には、友達と遊ばずに一人で絵を描いていた。邦子は小さな頃から華奢な身体つきをしていて、また大きな瞳と色白の肌が目立つ少女で、クラスの男子の人気を集めていた。しかし、その人気と内気な性格とが災いして、クラス内で権力を持った女子生徒から距離を取られ、いじめられていた。いじめと言っても、それほど大げさなものでもなく、あまり相手にされないと言った類のものだ。それでも、邦子は学校に居場所がないものと知り、毎日陰鬱な気分へと追いやられていた。


 冬休みが明け、学校が始まる日の朝、邦子が学校に行きたくないと言い出した。母親は、邦子の頑なな態度に戸惑いながら、一日だけなら、と学校を休むことを承諾した。しかし、当の邦子はというと、この日を境に学校へは一切行かないと心に決めていた。


「邦子、明日は学校に行くんでしょう」


「うん」


 そう答えながら、邦子は、明日はどうやって休もうかと思案していた。そんな日の夕方頃であった。この日、邦子は圭吾の存在を強く認識することになる。


「邦子、お友達が来たよ」


 そんなことを言いながら母親が邦子の部屋のドアを叩いた。友達と聞いてもピンとこない邦子は、不安な気持ちを前面に出しながら、玄関から外に出た。するとそこに立っていた男こそ、安原圭吾であった。


「浅山、元気か」


 そう言った圭吾は、満面の笑みで邦子の肩を叩いてきた。邦子が学校を嫌って今日休んだことを知っているような表情だった。


「風邪ひいたって聞いたから心配でさ。でも元気そうでよかったよ。明日は学校に来いよ、じゃあな」


 それだけ言うと、圭吾は開いたランドセルをパタパタと鳴らしながらどこかへ走って消えてしまった。邦子からしてみれば、圭吾のその言葉はありがたいもので、次の日は学校に行こうと心を入れ替えた。


 しかし、次の日の朝、目がさめると邦子はまた憂鬱な気分だった。学校に行けば自尊心を傷つけられると直感している邦子は、どうしても学校に行く気がしなかった。そしてまた母親に今日は休むことを告げた。母親はそんな邦子を心配したが、邦子自身はといえば、学校に行かなくて済むことに安心していた。


 そして夕方になると、また家のインターホンが鳴った。邦子はまさかと思いながら家を出ると、やはりそこには圭吾の姿があった。


「よお」


 昨日と同じように元気な笑顔で邦子に話しかける圭吾。確実に邦子を励ましに家に来ているのだと、幼心に邦子は思った。


 おそらくクラス内でも私が学校を休んでいるのは、いじめが原因だという話になっているのだろうと邦子は気づいた。だからクラスを代表して圭吾が来てくれているのだろう。邦子はそのことに急に恥ずかしさを覚えた。弱い自分を呪った。


 そして次の日、邦子は学校に行くことにした。勇気を奮い立たせて学校に行くと、そこには何でもない景色が広がっていた。


「浅山さん、風邪は治った?」


 担任の先生が邦子の元へ来て、そう聞いた。邦子は少し驚きながら、特に問題がないことを告げた。さらに驚いたことに、これまで邦子を相手にせず、いじめてきた女子生徒たちが邦子の席まで来て、邦子の風邪を心配していた。つまりは、邦子はいじめられてなどいなかったのである。邦子は静かな少女であるために、他の女子生徒たちは邦子と話すタイミングをうかがっていただけだったのだ。また、これは後からわかったことだが、母親は学校を休む際に邦子が風邪をひいたと嘘をついていた。このことによって、邦子の決死の二連休は特に問題なくクラスの記憶から消えていった。


 しかし邦子には一つ疑問が残った。何故圭吾は二日とも家に来たのだろう。その答えは、それから先の圭吾との長い付き合いの中で自然と分かった。要するに、圭吾には特殊な能力があった。うまく説明することができないのが悔やまれるが、他人の感情の機微を細かに把握する。それもかなり全方位的というか、対象を選ばずに場のすべての状況を察知できる能力。圭吾にはそれがあった。十年来の付き合いだからこそ分かる。圭吾は信じられないほどに優秀な男だ。

 

 おそらく近い将来、彼は有名になる。そう予見するのに十分すぎるほどの物語の数々が邦子の記憶にはあった。


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