四
その日、隆二との飲み会が終わり、四谷の飲み屋を出た後、圭吾はすぐさま田端へと足を運んだ。今度は高校時代の友人との新年会である。ふらつきながら田端の居酒屋に着いた頃には、既に新年会は開始一時間を経過しているところだった。
「圭吾、おせえぞ」
男勝りな口調でそう叫んだのは、浅山邦子だった。
「お前は相変わらず元気が良いな」
圭吾と邦子は、小学生時代からの幼馴染であった。邦子は他の男から見れば容姿端麗であるために、近寄りがたい存在ではあるものの、圭吾からすれば何時まで経っても身体だけ発達した小学生にしか見えなかった。
「お前は何時までたっても気品の欠片も感じさせないな」
「気品ってなんだよ。お前は相変わらずつまんねえ奴だな」
邦子は圭吾と小学二年生の時に知り合い、高校三年まで共に机を並べて勉強してきただけに、圭吾のことをよく知っていた。また、圭吾からしても、邦子の恋愛遍歴から家族の問題まで全てを把握しているほどに密な関係を構築していた。
「お前らって付き合ってんの?」
そう口にしたのは、高橋徹だ。
「こんな女と誰が付き合うかよ」
嘲笑気味に圭吾が返答すると、邦子はそんな圭吾を横目で見ながら少し虚ろな目をした。そして圭吾に同調するように、徹の質問を撥ね退けた。
「圭吾は理屈っぽくて付き合ったら絶対大変」
「たしかに圭吾と付き合ったら多くを求められそうだ」
徹がそう言うと、圭吾はそれに反論するでもなく、同意するでもなく、なんとも言えない表情を浮かべてグラスに手を伸ばした。
それから二十分もすると、圭吾は便意をもよおして席を立った。そうした隙に、その場は圭吾の話で持ちきりになった。
「あいつ相変わらず変わった雰囲気だよな」
圭吾が席を立つのを待ってましたとばかりに、徹がそう言うと、他の者もその発言にぶんぶん首を振りながら同意する。
「圭吾なんて普通な奴だよ。昔からあいつのこと知ってるけど、家も普通だし、そんな言うほど変わってるかな」
そう擁護するのは邦子であった。圭吾は、こうした飲み会には参加するものの、ある一定以上の距離は常に保つ男で、ここにいる面々も圭吾のことをそれほどよく知らないというのが実情であった。そして、邦子はそんな圭吾に惹かれる自分を隠しきれずにいた。
「邦子ってやっぱり圭吾のこと好きなの?」
徹が聞くと、邦子はそれには答えなかった。その代わりに、圭吾について知っていることを話し始めた。
「圭吾っていつも自分のことを話してくれない。それなのに私に何かあるとすぐに察知して相談に乗ってくれるんだよ。だから私は圭吾のことをよく知らないのに、圭吾だけ私のことをよく知ってる」
「そういうところが変わってるって言ってるんだけどな」
邦子は言い返せなかった。たしかに圭吾は変わっている。明らかに他の男とは何かが違う。それは才能なのか、性格なのか。人を寄せ付けないのに惹きつける。そんな特殊な雰囲気を身にまとった男を邦子は他に見たことがない。実際、邦子は圭吾に長い間片思いをしていた。圭吾の持つ不思議な魅力にとりつかれることはや十年。きっかけは何かと問われると、圭吾との思い出の全てがきっかけだった。圭吾の全てが邦子にとって魅力的であり、理想の相手であった。
そして、邦子が圭吾に対して抱く恋愛感情以上に、他の何かを感じていた。それは尊敬の念とも言えるようなもので、通常の恋愛においては必要のない要素であった。それでいながら、邦子が圭吾に対して抱く、この尊敬こそが邦子にとっては最も重要なものであるとも思っていた。邦子は、圭吾の才能に期待していた。
圭吾はいつか大物になる。そんな予感をいつも抱かせる男であった。これは今に始まったことではなく、小学生の時から邦子はそう思い続けてきた。要するに、圭吾は幼少期から突出した才能を隠し持っていた。いや、普通の少女である邦子にも隠しきれないほどの才能がふきこぼれる男であった。