三
入学して間もない頃、隆二はプレゼンテーション演習を行う授業を受けていた。そこでは毎週受講生が特定のテーマについてプレゼンテーションを行い、他の学生がそのプレゼンテーションに点数を点けるという内容の授業だった。
ある週、隆二が得意分野である歴史をテーマにプレゼンテーションを行うと、それまでの十五人の学生の中で最高評価である八十一点を記録した。どのように評価が決定されるかというと、その日ランダムに選ばれた十人の学生が百点満点で点数をつけ、その平均得点が学生の評価となるシステムだった。
「あいつすごいな。誰?」
「わかんないけど優秀だな」
その授業内において、隆二はヒーローのような扱いを受けた。
「このプレゼンってどれくらい準備したの?」
「え、三時間くらいかけたと思う」
「三時間……。私なんて一週間丸丸かけても四十点だったのに」
「たまたま今回は上手くいっただけだよ」
この日を境に、プレゼンテーションのことなら隆二に聞けという空気が教室中に蔓延した。皆、隆二を慕うようになったし、隆二は、それだけの能力を備えていた。しかし、隆二はこの状態に辟易していた。
「東大に来ればすごい奴がいるんじゃなかったのかよ……」
隆二は優秀さゆえの孤独感を味わっていた。しかし次の週、隆二にとって嬉しい誤算が起きる。
その日のプレゼンテーションは安原圭吾という名の男の番だった。隆二は、なんとなくではあるが、この
安原圭吾に対して並々ならぬオーラのようなものを感じていた。一度も話したことこそ無いが、こいつはかなり優秀だという直感があった。
圭吾のプレゼンテーションが終わると、教授が言った。
「長年この授業を受け持ってるけど、六十点以上の評価を出すのは、年に一人いるかいないかのはずだが、今年は好成績の人が多くて驚いた。安原圭吾くん。九十四点」
クラスがざわつく。隆二も驚きを隠せなかった。たしかに圭吾のプレゼンテーションは聞き取りやすく、機知に富み、それでいて飾り気が無く、すんなり頭に入ってきた。隆二自身百点満点を圭吾につけてしまうほどの出来栄えであった。その日の授業が終わると、隆二は早速圭吾に話しかけた。
「圭吾くんだっけ?」
「圭吾でいいよ」
「うん。圭吾。俺は隆二」
「なに?」
「お前ってすごいね」
「隆二のプレゼンも面白かったよ」
隆二は、その時点で圭吾に対して憧れのような気持ちを抱いていた。また、そんな圭吾に褒められたことが嬉しくて、思わず照れてしまっていた。
「今度こんな機会があったら絶対勝つから」
「おう」
これが隆二と圭吾の出会いだった。
それからというもの、隆二は圭吾に会うたびに話しかけた。自分より優秀な人間と出会えたことの喜びが、隆二を突き動かした。そして圭吾と隆二は、良き友人、良きライバルとしてお互いの地位を確立していった。隆二はそう思っていた。
しかし一年もすると、隆二は真実に気づき始める。圭吾の能力は自分なんかとでは比にならない。あれからというもの、ことあるごとに隆二は圭吾を意識しながら勉学に励んだが、なにをとっても圭吾に歯が立たないのである。最初こそ自分以上かもしれない相手に出会えたことに喜んだ隆二だったが、次第にそれは嫉妬の感情へと変化していった。
ある日、初めて二人が話したあの日の、圭吾のプレゼンテーションを隆二は改めて称賛したことがあった。
「あれはすごかった。こんな奴がいると知って嬉しかった」
「あのプレゼンだけど、実は即興でやったんだよ」
隆二は言葉を失った。いくらなんでも即興ということは無いだろう。そう思ったが、圭吾のぶれることの無い表情を見て、それが本当だということを悟った。
極め付けは卒業論文だった。隆二の卒業論文が所属するゼミで最優秀の評価を受けたことを圭吾に自慢すると、圭吾は、自分の卒業論文が東大の教授たちに絶賛され、大学院へのフリーパスの権利を密かに得たこと隆二に告げた。それも、誇らしそうに言うでもなく、ごく当たり前のことであるかのような口ぶりだった。そして圭吾は学問に対する興味はもう無いという理由でもって、その大学院への道をあっさりと断ってしまうというのだ。
圭吾には一生敵わない。そう思わせるのに十分すぎるほど、持って生まれた能力の違いというものを隆二は思い知らされた。そして、特別だと思っていた自分の能力なんてものはたかが知れていて、世の中にはとんでもない奴がいるという事実を知った隆二は、謙虚な気持ちで民間企業へと就職をした。
そして今日一年ぶりに会った圭吾は、以前と変わらず、いや大学時代以上にオーラを身にまとった人物へと変貌を遂げていた。こいつはいつか凄い奴になる。そんな所感を持って、その日の新年会は幕を閉じた。
「圭吾、これからも頑張れよ」
「お前も頑張れよ。次会う時までに会社からクビを切られないといいな」
「うるせえよ。じゃあな」
圭吾にデリカシーというものは存在しない。言いにくいことを意に介さず口にする。そんな自信こそが彼の能力の裏側にはあるのだろう。隆二はそんな圭吾の個性に嫉妬心を抱きながら、帰路に着いた。