第4話 3年後のまたいつか
「彼女。いたんだね。」
とは飯田さん。
「どういう意味っすか」
「モテるもんねー」
とは陣内さん。
「またぁ。からかわないで下さいよ」
「まだ会ったりはしてるの?ほら、今のコ達って、別れたりしても友達としてはまだ繋がっていたりするじゃない?」
とはゆかりさん。
「や、それはない…ですね」
「でも気になるんじゃないの?ホントは。禎君はこっちに引っ越して来ちゃってるわけだし。 ほら、前いた時の高校の友達とか、後輩とか?そのコの事、聞いたりしてないの?」
「はい。そういうのはしないってお互いに約束したんで」
「「「へぇ~そうなんだ~」」」
と、女性3人が揃って言った。
「っていうか、もうこれくらいで勘弁してくださいよー」
「はははは。まぁ、それくらいにしてやりなよ。禎君だって困ってるじゃないか」
と、助け舟を出してくれたのはゆかりさんの旦那さんである山本タカシさん。僕が歩む道を決めるキッカケをくれた人だ。
「え~。だって人の恋バナっておもしろいじゃないですかぁ」
「それなら陣内さんのコイバナでもしてくださいよ。あれだけ口止めしたのに…」
「アハハ。あ~ホントいい天気だわ~」
「どんだけベタな誤魔化し方ですか」
「まぁ、私たちも同罪ね。でも、ホントいい天気。今日の予報も外れて良かったわよね。って言ったら怒られちゃうかしら」
「いや、大丈夫じゃないか?これだけ外しまくってれば予報士の人達も文句は言えないだろ」
タカシさんの言うとおり、本当に今夏の天気予報は外してばかりだった。気象庁が梅雨入り宣言をしてから実際に雨が降ったのはたったの2~3日で、それからと言うもの、晴れの予報では雨、雨の予報では晴れ、といった具合に、打ち上げた人工衛星が壊れてるんじゃないか?と思うほど外しまくっていた。
今年は蚊も少ないそうだが、日本だけではなく、世界のあちこちで異常気象が起こっているらしい。日本から遥かに遠く離れたドイツでの6月は過去最高気温を叩き出し、昨日のニュースではバッタがどこやらの島で大量発生し、あたりを黒い影で埋め尽くしたと言っていた。
これだけ異常だの何だの騒がれていると誰しもが多少の不安を抱えているようで、数日前のゲリラ豪雨の時もかなりデカイ雷鳴がしただけで女性陣はキャーキャー騒いでいた。ああいう姿を見せられると、こう言っては申し訳ないが「やっぱり女なんだなぁ」と、思ってしまう。というか、そう口にしてしまったのだが「「それ、どういう意味!?」」と、ドスの効いた声が揃って僕の方へ襲ってきた時なんてもう、異常気象なんかよりも、もっと身の危険を感じさせられた。
「来週は講習もない連休だし、パーっと海でも行って気分を変えません?」
そう言い出したのは陣内さんだった。
僕はもちろんのこと、スタッフ全員が満場一致だったものの、当日になりお店にみんなが集合し、車で向かうこの道のりも、僕は何かモヤモヤとした気分がしてならず、どうにもテンションが上がらずにいた。
──男の勘?そんなものは聞いたことがないが、こういう時の”モヤっと感”がしたときは、何かがある。
自転車で激しく転んで足の骨にヒビが入った時も、車にハネられた日も。引っ越しをする事になった日もそうだった。考えないように努めれば努めるほど、頭の片隅に砂粒のように小さいものが次第に蓄積され大きくなっていく。
そんな僕を含め、6人が乗る車を快調に走らせているのはタカシさんだ。旅行に行くことになったのはいいが、誰もが運転を嫌がったために有給を取ってまで参加してくれたのだ。ちなみに僕は自動車学校に通っている最中だが、なかなか思うように進んでいない。美容の講習と重なって時間が取れないのもそうだが、いまいち車の運転が好きになれず、自動車学校に行く気がしないのも理由の1つだ。自分は運転に向いていないんじゃないか?と思う。その証拠にまだ仮免さえ取れていない。
そして、それとは関係のない話だが、ついでにもう1つ白状してしまうと、ゆかりさんの旦那さんの名前を知ったのは数時間前に店に集合した時だった。
「いやぁ、何か禎君とは他人のような気がしなくてね」
と、山本さんは相変わらず人の良さそうな笑顔で僕に言った。キョトンとする僕に、
「だって部長の息子さんで、昔とはいえ一緒にキャンプなんかもしたりさ。それに僕の名前ってタカシっていうじゃない?で、タダシ君でしょ?いやぁ、なんか、ねぇ?」
と、僕の肩をポンと叩いた。そこで(タカシさんって名前だったのか…)とまぁ、こんな具合に。
(ふぅ…)
みんなには聞こえないほどの小さな溜息が聞こえてしまったらしく、僕の頭をペシッと叩きつつも、僕の恋バナにも飽きたみんなとの雑談に参加していたのは、隣に座っている聖史だ。僕が正式に入店した4月から2ヶ月遅れで入ってきたから、同じく社会人2年目。人見知りの激しい僕が1週間もかからずに深い友人と思えるほどになったのは、後にも先にも、こいつだけだ。
「おま、そんな溜息ついてたら楽しいもんも楽しめないだろう」
ボソっと言う聖史に、
「出てもうたんはしゃあないやろ」
と、ちょっとだけ声を荒げると「なんだかなー」と1つ前の座席に座っていた陣内さんは、座席のヘッドレストの横から顔を出し、僕に言った。
パーマのかかった髪はゆるくルーズに纏められ、首周りが少し広く開いたチュニックのワンピースを着ている。目のやり場に困る格好だ。
「なんだかなーって何がです?」
言った後、隣の聖史と目を合わせる。
「私のおかげなのにねえ?」
「え?」
「だぁ~かぁ~らっ。あなたの心の扉を開ける手伝いをいたのは、だ・あ・れ?って言ってるんでしょ」
口を尖らせて少しブスっとしている顔を見ていると、ホントに年上か?と疑いたくなる。
実は、僕が本来関西弁っぽい話し方になる事は、ゆかりさんを始め、既にスタッフのみんなが知っている。短い間ではあったが、夏妃と過ごした日々がなければ、それを陣内さんに聞き出されなければ、ひょっとしたら僕は今でも自分を抑えこんでいたんじゃないかと思う。たとえいつか自分で後ろを振り返り見る日があったとしても、こうして今、自分を出せるようになったのは、やはり陣内さんのお陰なのだろう。『変わろうとしないのは、自分自身を信じようとしないこと』と気づかせてくれたからだ。ほんの少しかもしれない進歩は、まだ多くはないが僕の周りの人にだけ、素を出せるようにしてくれた。
「さぁ?誰でしたっけ?」
「あー!恩人に対してそういうこと言うんだぁ?」
「自分で恩人って言わないですよ、フツー」
確かにさっきも言ったように、僕は幾分、ほんの少しだけ、心のドアを開けられるようになったと言える。それに、仕事が仕事だけに人見知りしていては営業にならない。だが、それでもまだ頭の中で言葉を変換してから話してしまうのだ。きっとそれが陣内さんには歯痒いのだろう。
「ま、まぁそのうちに。あっ、それに、それだけ関西弁がスキならそのうち本当に関西弁バリバリの人が入社してくるかもしれないじゃないですか?」
「そんなわけ、あるかいっ」
人のことは言えないが、ヘンな関西弁でツッコむと、陣内さんは前を向き直し、カーステレオから流れるバックミュージック大会に参加した。
この季節が来る度、僕らが別れたあの日に夏妃が言った(またいつか。私たちの好きな夏に…)という言葉。
(もう3年も経つんだな……)
僕がまた溜息を漏らす所へ間髪入れず、聖史が僕の後頭部をはたいた。
沼津インターを降りて国道414号線を南下していく。僕ら6人を乗せた車は、店を出発して4時間半を過ぎた所で目的地の伊豆下田に到着した。
しょっぱなからハイテンションだった陣内さんや、S字カーブが続く道で車酔い気味な飯田さんとゆかりさんも、「やっと着いた~」と、車から降りて背伸びをする。僕はみんなの荷物をトランクから下ろし、「ありがとうございます!運転、お疲れさまでした!」と、タカシさんが運転席から降りるところへ駆け足で通り過ぎながら言い、「先に受付済ませてきますっ」と、走りながらも振り向きつつタカシさんに告げた。
ロビーに皆が集まると、男3、女3に別れて2つ取った部屋の鍵の1つをゆかりさんに渡した。
「えっと、じゃあ荷物などを部屋に置いて、少しゆっくりしてて下さい。30分くらいしたら呼びに行きますので、それから軽く何か食べて、海に行きましょう」
「はーい。りょーかーい」
「ゆかりさん達、車酔いはもう大丈夫ですか?」
「ええ。私も曜子ちゃんも、だいぶ良くなったかな」
曜子っていうのは飯田さんの事だ。スタッフの中で一番上の先輩にあたるのだが、正直つかみにくい人だ。接客している時以外は基本無口で、口を開いても超スローテンポな話し方をする人。低血圧なのかなんなのか、バリバリ関西人のオバチャンとかならば、「もっとハッキリ喋らんかいっ!」って言うはずだ。
とは言え、聞いたことに関しては話してくれるし、冗談を言っても笑って返してくれるけど、彼女の話はどこからどこまでが本気なのか、イマイチわからない。
「それなら良かった」
僕自身、車酔いになったことはないのだが、だいぶ良くなっているという言葉にひと安心すると、いつものごとく陣内さんが言う。
「なんか禎君、添乗員さんみたーい」
「んなこと言われたって」
お約束のやり取りだ。
「そうだよねー。ジャンケンで負けたんだもんねー」
「負けたっていうんですかね?あれって」
そう。幹事を誰にするかを決めたのはジャンケンだった。
言い出しっぺの陣内さんか、オーナーであるゆかりさんがやってくれるんだろうと思っていたとしたら、それは甘い考えなのだろうか?しかも普通、多人数でのジャンケンというのは勝ち抜けで最後まで負け続けた人を選ぶものだが、今回は”勝ち続けた人が負け”という逆ルールだった。こうときに限って勝ち進んでしまうから運というのはホントに厄介だ。ちなみに、一番の勝ち抜け(ということは一番先に負けた人)は聖史だった。
「ははは。まぁ、そのお陰でこんないいホテルを部長が紹介してくれたんだから、結果オーライだね」
と、不戦勝のタカシさんがフォローする。
伊豆まで旅行へ行くことと、幹事になってしまったことを親父に言うと、「おお、そうか。そんならな──」と教えてくれたのがこのホテルだった。聞けば、親父とタカシさんが勤める会社の取引相手の人が設計をしたホテルらしく、このホテルの支配人も親父は顔見知りらしい。まだ完成して数年で、海までは少し遠いが全ての部屋がオーシャンビュー。大人ムード漂う内外観、そして特別価格という配慮付き。もう願ってもない助言だった。
「芸能人とか。も来るみたいよ。」
飯田さんはインターネットでの掲示板に書き込まれているのを見たらしい。彼女に掛かれば多少のパソコントラブルなら任せてしまえる程の”パソコンオタク”だ。
ただ、この”オタク”という言葉が嫌いなご様子で、「せめてパソコンマニア。と言って。」と訂正されるが、僕にしてみればどっちも同じだ。
「じゃあ、誰かに会えるかもねー?あ!私、スティーブン・タイラーに会いたい!」
とアゲアゲな陣内さんに、
「エアロスミスのっすか?っていうか、いるわけないです」
と珍しく聖史がツッコむと、
「そこの添乗員2号っ!ツッコミがヘタ!もっと勉強しなさいっ」
とのご要望。
それに聖史が冷静な口調で応えた。
「その係は禎の役割です」
(コラ待てこのやろう)
陣内さんもそんなに漫談がしたいなら、いっそのこと芸人にでも転職 すればいいのに…なんて、もちろん口に出すことはしない。これでも僕は平和主義だ。
部屋に荷物を置き、それぞれが寛ぎ始めると、隣のテラスから「キャー!すごーい!」と、1つも2つもキーの高いハイテンションな女性達の声がした。ゆかりさんと飯田さんの具合が良くなったのはどうやら間違いないらしい。あれだけ腹から声が出せるのならオペラ歌手にだってなれる。
しかし、よく景色だけでこうも長いこと話が続くなぁと思う。僕らが寛いでいる間中、ずっとテラスで話しこんでいるご様子だ。正直、僕ら男には理解が出来ない。
「じゃ、そろそろ下へ行っておこうか」
両腕を上へ伸びをしながらタカシさんが言った。
「あ、じゃあ隣の女性陣に声をかけてきます」
皆が集まり、予定通りに軽く食事をし、それぞれが海辺で遊び、ホテルに戻って大浴場で疲れを癒す。
こう言うと、「なんて暗いやつだ」と思われるかもしれないが、ここまで楽しい日になるとは正直思ってもみなかった。ジャンケンで幹事になったときから、いや、みんなで旅行に行くことが決まったときからかも知れない。店のみんなとはいえ、僕と聖史以外の3人は先輩だ。しかも女性。相当に気を遣うんじゃないかと思っていたのだ。
しかし実際のところは全くの逆で、上下関係などもなく、完全無礼講な関係が生まれていた。もちろん、先輩方が気を利かしてくれたのだということはわかっている。つくづく僕は人に恵まれていると感じる。
そして、遅めとなってしまった夕食を皆揃って食べている時、タカシさんが「ああ、そういえばさ」と切り出した。
「昼間にここに着いた後、ここの支配人にお礼方々挨拶をしとこうと思って受付に行ったんだよ。そしたらロビー横でお客さん同士が話しているのがチラっとね、耳に入ってきたんだけどさ?えーっと…ハルミ?だったかな。みんな知ってる?」
「ハルミ?何ハルミですか?」
そう聞く僕には心当たりがない。ウチのお客さん?それとも芸能人だろうか?苗字は何だろう、と僕が言うと、
「あー、わかりますよぉ。ね?」
陣内さんが口に詰め込んでいたモノを急いで飲み込んで答えた。
僕ら男性陣をよそに、飯田さんもゆかりさんも知っているようで、陣内さんの目線の頷いて答えた。
「10代の子達に人気で、最近では高校生から若いママ達からも支持率あがってきてるみたいで──」
最初は読者モデルとかだったらしいが、雑誌広告に抜擢されることになってから「このコ、誰?」と噂が広がり人気が出てきたそうだ。harmiという名前と、22歳という年齢以外は素性を明かしていないのが、かえって人気に拍車をかけているんだそうだ。
「でも。ネットの情報で。どこまでがホントかは。」
とは、スロー口調の飯田さんからの情報だ。
「ねぇ、タカシ」ゆかりさんが言った。「それで、その子がどうしたの?」
「ああ、うん。どうやらこのホテルに滞在しているようだよ」
芸能人が来たりするという話も、満更ウソじゃないんだ、と、その人の話題をキッカケに芸能話で盛り上がり、僕らはまたしても女性陣のテンションに呆れ…もとい、圧倒されていた。