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「ここに置いていただいて構いません。ありがとうございます」
「はっ、失礼いたします」
足音が部屋の前で止まり、部屋の外からユミルの声と、もう一人成人した女性の声が聞こえた。
エイルには聞き覚えのない声の女性は、ユミルに一声かけるとドアの前から去っていったようだ。
「失礼いたします」
さっき部屋を出ていったばかりなのに律儀にも扉をノックし、ユミルは部屋に入ってきた。
その両手には大きな袋が抱えられていた。
「よいしょよいしょ、ふふ、たくさん持ってきてしまいました」
華奢に見える白く細い腕だが、ユミルの上半身を隠してしまうほどの大荷物を危なげなく持ち上げ、
器用に部屋を渡ってくる。
「よいしょっと」
エイルのそばまで近づくとその袋をゆっくりと床におろし、一声あげた。
「ふぅ。あれ、二人ともわたくしが部屋を出て行った時よりも近くにいらっしゃいますね」
ユミルはエイルとフレイアの二人を見るとニコッと微笑みかけそう言った。
「あっ、えっ、そうかな?はははっ」
エイルは苦し紛れにそう答える。
エイルとフレイアは部屋の外から足音が聞こえると急いで身体を離したのだった。
「別に何でもないわ、お姉様。それよりも衣装を見ましょう」
あたふたするエイルとは対照的にフレイアはしれっと何でもないような顔をして話題を逸らす。
「ええ、そうですね。早速エイル様に明日の衣装を選んでいただきましょう」
ユミルも特段追及する様子はなく、衣装が入っているであろう大きな袋へ手を伸ばした。
その後ユミルとフレイアは衣装を次々に取り出し、エイルに感想を聞いてきた。
感想を求められたはいいが、エイルには色が違う以外にはどれも同じ衣装にしか見えず-色が同じやつもあり
まったく同じものにしか見えなかったがどうも違うらしい-どれを出されても「うん、いいね」「いいと思う」「いいんじゃないかな」
とそれぐらいしか言うことできなかった。
元々着る服装には無頓着なエイル、それにパーティードレス、それも女性の、を何が良くて何が悪いかなんてさっぱりわからないのであった。
困り果てたエイルは取りあえず思いつく限りの同意の返事をしていたが、ユミルはそんな語彙の少ない稚拙な感想にもうんうんと真剣に頷き、衣
装を吟味していく。
一方フレイアも衣装を次々に取り出しエイルに感想を求める。その際にエイルの顔をじっと見つめている。どうもエイルの言葉よりも
衣装を出した時のエイルの反応でよりいいものを選ぼうとしているみたいだった。
そんなこんなで数時間、衣装合わせは夕方まで続いた。途中エイルの母親ヘルベティアがお菓子を届けにエイルの部屋に来て、衣装合わせを
している三人を見て嬉々としてそれに加わってきたため、エイルはさらに肩身の狭い思いをしたのだった。
「よし、大体決まったわね」
「ええ。エイル様お付き合いいただきありがとうございました」
姉妹が満足したよう声を上げる。
「う、うん」
エイルは疲れ切った声を上げる。こんなに数時間、睡眠以外で読書と研究以外のことをしているのは久しぶりだったので相当疲れた。
流石に読書を再開するような気力もない。エイルはその場でぐったりしていた。
「お疲れさま。ごめんね、付き合わせちゃって。でもエイルに決めてもらいたかったから……」
フレイアはそう言うとエイルから顔を逸らした。その頬はわずかにピンク色に染まっている。
「あらあらフレイアったら。可愛い!」
そういうやいなやユミルはフレイアに抱き着く。
「わっ、お、お姉様!」
突然のことに驚くフレイア。普段は清楚でおとなしいユミルだったが偶に過剰なスキンシップをとってくることがある。今日はエイルへ自分たち
の自慢のドレスや衣装を見せることができたので、多少ハイになっているようだった。
「ほんっとに可愛いフレイア。私にもエイル様に甘えるように甘えていいんですよ?」
ギュッとフレイアを抱き寄せ、頭を撫でる。
「なっ!お、お姉様!も、もしかして、見てっ」
先ほどのエイルとの逢瀬を見られたと思ったのかフレイアが焦った声を上げる
「あらあら、やっぱり先ほどわたくしが部屋を出て行った時に何かあったのですね?別にお姉様の前でも遠慮せずに甘えて構わないんですよ?」
ユミルはフレイアを抱きしめながらあっちへゴロゴロ、こっちへゴロゴロ転がっていった。
「そ、そんなはしたないこと。できません!きゃあっ、は、離してっ」
ユミルとフレイアが重なり合いながら転がるたびに積み上げた本やガラクタが散乱していった。
その仲睦まじい姉妹のじゃれ合いを見ながら、エイルはそろそろ部屋も片付けようかなと、思うのだった。